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第1話

 ある時、世界は絶望に包まれていた。

 異界と呼ばれる人知の及ばぬ異空間、猛威を振るう魔物、進行する異種族。

 人間を脅かす邪悪なる存在の数々に対抗する人々が求められた。

 国家の支援を受け邪悪なる者どもに対抗する探索者たち……。

 そして邪悪なる存在の首魁、それが魔王。


 強大にして残忍、狡猾である。人を狂わせる恐ろしい力を持ち、世界は大混乱へと陥れられた。抗するために立ち上がった者たちもその圧倒的な力の前になすすべもなかった。世界は救いを求めていた、希望の光を、救いの手を、何者かによって差し伸べられるのを。


 人が生き残るために戦った、そんな時代。


 アオイ・グラントも希望になるべくして立ち上がった探索者の一人だった。

 


 大理石の滑らかな材質の床にひかれたカーペットは柔らかい。天井は高く巨大なシャンデリアがあり、緻密な細工のステンドグラスは光を受けて輝いている。魔王の居城に足を踏み入れた青年はまるで神話の時代に迷い込んでしまったように感じたほどだった。


「お前さえ倒せば全てが終わる」


 漆黒の髪と黒の瞳をした青年が言った。180センチ前後の身長は鍛えられてガッシリとして、一見して質素な旅人風の格好をしていた。実用性重視の革靴は土に汚れ、みすぼらしい外套の下には不釣り合いな、耐魔術が施された装備が覗いた。


 青年の名はアオイ・グラント、悪に立ち向かわんとする探索者の一人だ。

 

 アオイの前には黒衣のマントを着用し、同じく漆黒の甲冑を身に纏う戦士がいた。その身から湧き出る威圧感は尋常のものではない。まさにその姿、悪の化身。


「人間ごときが。いくら来ようと我が力にひれ伏すのみだ」 


 魔王は掌から爆発的なエネルギーの光弾を飛ばす。迫りくる巨大な力を前にしてアオイは冷静に剣を走らせた。中空で光は二つに裂かれ、アオイの背後に着弾した。轟音──壁が破砕し崩れ落ち、流れ込んだ風によって服が揺られた。だが視線は逸らさない。


「人間舐めるなよ。魔王」

 

 そして戦いが始まった。



 互いに視力を尽くした戦いは一昼夜もの長きに渡るものだった。


 しかし、やがて終わりが訪れる。


「ま、さか。人間に。この私が」


 どさりと地面に片膝をつくのは魔王。折れた剣で身体を支える魔王にはもはや余力は残っていなかった。アオイもまた満身創痍だったが、気力を振り絞って立っていた。


 勝利を確信したところアオイの身体がぐらりと揺れる。がんがんと頭に激痛が走ったからだ。まるで世界が波打ち揺れている──そんな錯覚に吐き気が襲った。


「ぐ。なんだ、これ」


 違和感に堪えきれず膝から崩れ落ちる。「アオイさんっ」と仲間のウィザードの少女、アリス・ロンドがアオイのもとに駆け寄った。幾度も自分を呼ぶ叫び声が随分と遠くから聞こえた気がした。そしてアオイの意識は……


「アオイさんっ! いつまで寝てるんですかっ!」


 耳を通りぬけた怒声は脳の中でぐわんと響き渡った。ガンガンガンッ。追撃で鳴らされる金物がぶつかり合うけたたましい音を認識してアオイは飛び起きる。瞬時に働き始めた頭で、全身に気を巡らせて周囲を観察する。どうやら直前まで魔王と戦っていた空間とは違う場所にいると認識した。


 それどころかむしろ良く見慣れた、まるで自分の部屋にいるような……ような、ではなくまさにそのもの。すぐ近くにはアリス・ロンドがフライパンとお玉を持ち呆れ顔で佇んでいた。


「あれ……魔王は?」


「何を寝ぼけてるんですか。魔王なんてもうとっくに倒されたじゃないですか」


 言われてようやく事態を飲み込んだ。寝台の傍にある棚には勇者vs魔王という書籍が置いてあった。昨夜寝る前に見ていたものだが、それであんな夢を見てしまったのだろう。現在の場所は間違いなく、なんの変哲もないアオイの部屋だった。


「ほらいい加減に起きてください。そろそろ試験日じゃないですか。勉強してください」


 やれやれという態度でアリスは言った。 


「貴方、派遣なんですから」


 告げられた残酷な現実にアオイは凍りついた。



 世界は救いを求めていた……というのは、魔王が退治される前のお話。


 既に魔王は勇者によって討伐され、世界は平穏を取り戻して久しく、もはやこの世を股にかけるラブロマンスやら大冒険などはすっかり平和になった世界には縁のない話であった。となれば、我こそは魔王を倒さんと立ち上がった大量の探索者たちはどうなるか、平穏が訪れた世界で戦うすべしか知らない者達など穀潰し以外の何者でもなかった。


 ゆえに魔王討伐後に国は一転して増えすぎた探索者の人口に大きく制限をかけるようになる。そして生まれたのが、その名も国家探索者資格制度である。そうして、この資格なしに古代遺跡の探索を行うことができないと国家によって定められた。


 探索者の世界は変わった。資格を持つ者のみが活動を行えるようにと。

 しかし未だに無資格者のアオイも探索者家業を続けていた。

 

 それを助けたのは一つの要因だ。ペーパーテスト重視の試験が導入された結果、なんと正規探索者がほとんど素人探索者ばかりになってしまったのだ。


 そこで設けられたのが、とある規定だ。『無資格者も正規の国家探索者の監督の下に探索に参加することができる』というもの。正規が依頼を受託し、それを非正規たちに降ろす。そして達成報酬のうちの一部を給料として渡す。いわゆる探索者事業が生まれ、中抜きの構造ができあがったのである。

 

 こうしてなんとか無資格の探索者も生き残ったが、報酬は以前と比べれば雀の涙ほどで、危険な任務をこなしてようやく日銭を稼ぐ状況に陥っていた。このような環境下で資格を持たない非正規の探索者たちは、使いっ走りと揶揄され『派遣探索者』と呼ばれた。


 アオイ・グラントもまさしくそんな派遣の一人なのであった。 




 真っ暗闇の空間に一条の光が差し込んだ。

 光源は壁に生まれた穴からだった。がつん、と鈍い音が響いて穴が広がった。何度も何度も音が響いて、とうとう大きく壁が崩れて空間が顕になった。


「隠し部屋だ」


 ピッケルを抱えた作業員の間で喚声が起った。彼らは古代遺跡の調査を行う探索者であった。全部で5人の男たちが長らく閉ざされていた室内へと足を踏み入れた。彼らの持つ松明の明りも暗闇全てを払うほどではなかった。


「明りを」


「了解」


 指示を受けてアオイは短く答えた。

 精神を統一して、とある魔法言語を口にすると、眩い光が天井付近から部屋を照らした。


 アオイは魔術士として男たちに雇われ、全面的な護衛やサポートを任されていた。正規の国家探索者の4人に派遣が1人という非常に珍しい組み合わせだ。その理由は単純だ、彼らは正規ではあるが全員知り合いで駆け出し探索者、ちょっとした宝探しのお遊び気分でもあるのだ。比較的、危険度の少ない遺跡で隠し部屋らしき構造を見つけたらしく、その調査の護衛が依頼だった。


 時の流れは早いもので既に探索者試験導入から4年近くが経過し、体制改革による大きな混乱も落ち着きを見せ始めていた。かつての探索者たちの反発はかなりのものだったが、貴族と民衆の両方から抑え込まれることになった。そこで元探索者たちが答えを何に求めたか、それは当然、働きながらなんとか資格試験に合格することであった。

 そして今日もまたアオイはやりたくもない仕事に取り組んでいた。


「あれは」


 顕になった空間の一点を男が指差した。


「宝箱だ!」


「おお!」


 沸き立つ面々、笑顔が弾け、喚声をあげる。

 そして──みなが探り合うような沈黙が舞い降りた。


「誰か開けていいぞ」


「……いや、ここは年長者に譲るわ」 


 古代遺跡の隠し部屋に不自然に鎮座する宝箱、誰もがそのきな臭さを感じ取っていた。実際、大切なものを宝箱に入れるやつなんて見たことがない。金庫にでもしまっておけという話だ。

 全員の視線がアオイに集まった。その次の台詞は予測できる。

 

「派遣。行ってこいよ」


「絶対に嫌だ」


 アオイは断固拒否の姿勢を示した。


「間違いなく罠だ。賭けてもいい」


「いやいける。絶対大丈夫だから」


 アオイは本当に嫌々ながら宝箱の前に立つ。じゃあいくぞと他の面々に視線を送ると、彼らは部屋の出口にまで移動していた。


「なんでそんな端っこに?」


「いいから、いいから」


 文句も言いたくもなる、しかし立場上は従う必要があった。


「ええい。男は度胸!」


 宝箱の蓋に手をかけて一気に開ける、その瞬間、カチンと音がした。

それはまるで何かのスイッチになっているような。


「!」


 肌に触れる砂塵、ぱらぱらと砂埃が天井から降っていた。

 ガコン! と嫌な音がした。不思議とスローモーションに見える。

 石の天井のつなぎ目が広がって、その重量を支えられなくなり。


「どうぇあああああああああああああああああ!」


 アオイの行動は迅速だった、異変を察知した刹那、奇声を発しながら出口に駆けて行った。頭にかかる謎の影、ひやりとしてスライディングの要領で出口に滑り込んだ。


 ズシン! ズシン! と何度も落石の音が鳴り続けた。もうもうと砂塵が巻き上がり、部屋の中はすっかり巨石の固まりに埋め尽くされていた。


「し、死ぬかと思った」

 

 はあと荒い息を吐き出す。


「やっぱ罠じゃねえかよおおおお!!!」


「まあな。でもみんな無事だったんだ。人を責めるより喜びを分かち合おう」


 そんなに怒るなよとアオイを宥めようとするが、いけしゃあしゃあとよくぞ言えたものだとしか思えない。


 そんな時のことだ、重量感のある大きな物音が断続的に響いてきた。


「なんだ?」


 そして音の主が姿を見せた。その正体は鼠色の岩石でできた身の丈3メートルほどの巨人だ。顔のところには目をかたどった文様が一つだけ刻まれている。騒ぎを聞きつけてやって来たのだろう。


「ゴーレムか」


 巨人の威圧感に押されてアオイの他の面々は総攻撃を開始した。


「お、おい。全然きかないぞ!」


 とある一人が絶望をにじませて叫ぶ。

 ゴーレムには痛覚などもない、攻撃を意にも介さず突っ込んできた。


「駄目だ! 逃げろ!」


 ゴーレムを前にして正規探索者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。

 その惨状に頭を抱えたくもなる。


「おいお前ら! 逃げるなって! はぐれたら死ぬぞ!」


 との心配は杞憂だった。


 もう一体現れたゴーレムを前にして逃げて行った彼らは泡を食って戻ってきた。


「お前らそんなんでよく探索者やろうと思ったな」


 さすがにアオイも呆れて口にする。


「おい後ろ!」

 

 そんなアオイの背後には拳を振りかぶる巨体の姿が。それをわずかに背後を振り返って捉えると。たん──と大地を蹴って宙に舞う。


 着地したのは何もない空間に振りぬかれたゴーレムの腕の上。岩の塊をつなぎあわせたような腕部を一気にかけあがるとゴーレムの顔、一つ目の部分に短剣を突き刺した。


 すると、ゴーレムがぶるりと震えて岩石の巨体がバラバラに崩れ落ちていった。その途中でアオイは身体を蹴って地面に着地する。


「ゴーレムの弱点は目の模様がある場所だ。そこ以外はきかないから覚えておきな」


 講釈を語り、さあ一緒に倒そうぜと話を繋げようとしたのだが。


「こっちも何とかしてくれ!」


 彼らは口々に喚き始めた。

 仕方なしに手に持っていた短剣を悠然と歩み寄るゴーレムに向かって投擲する。


 ゴーレムは反応すらできずにその目の中心に刃が突き立ち、もとの石榑へと戻っていった。助かった──と正規探索者たちは肩で息をして地面に座り込んでいた。


「いや。やるじゃないかお前」


 小休止も終わり彼らもようやく立ち上がり始めた。 


「よし。そろそろ行こう。派遣君、頼む」


 そう指示を出されてもアオイは動かなかった。


「派遣野郎。どうした、先頭はお前だろ。しっかり罠除けしろよ」


 とうとうアオイは切れた。さすがのアオイもプッツーンときていた。


「ふざけんじゃねえ! いい加減にしろ! 俺は魔術師だぞ! なんで一番前に出て先導しなきゃならんのだ! 戦闘まで全部やらせやがって」


 アオイは短剣さばきだって別に苦手とはしてないため前衛もこなせる。しかし魔術が使える人間という募集で入ったものにやらせる仕事ではないことは確かだ。


「他に罠除けの技術あるやつがいないしな」


「お前ら何考えてんだよ。最低限の罠除けもできないで遺跡に来るんじゃねえって。自殺志願者か?」

 

 頭痛を感じて頭を押さえる。彼らは貴族の坊ちゃんがたであるとはいえ、仮にも探索者と名乗るなら普通にその程度の技術を求めるのは当然のことだろう。


「だいたいな、いないなら雇えって!」


「駄目だ。専門の罠師を雇うと高い。分け前が減るだろ」


 比較的温和な男がそう答え、また別の男が荒っぽく口にする。


「うるせえぞ。お前は言うこと聞いてればいいんだよ!」


「お断りだ、くそ野郎! 俺はもう辞める! こんな仕事やってられるか!」


 アオイはもう付き合っていられないと踵を返した。


「おい待て! 任務中だぞ。戻れ!」


「ふざけんな! 何度目だこのバックレ野郎!」


 口々に罵倒が飛んだ。だがもはやそんな言葉で止まる気は微塵もなかった。


「ルミナス様のご命令がなければお前なんかもうとっくに首だぞ!」


「知るか!」


 他の者だけで進むこともできずに、探索はやむなく終了となる。

 ぶつくさ文句を言い合いながら帰宅を果した、その当日のうちにアオイのもとに届いたものがあった。それは大貴族カルディア家の長女、ルミナス・カルディアからの呼び出し命令であった。


お読みいただきましてありがとうございます。

もしよろしければブクマ、感想、ポイント等いただけると嬉しいです。

作者は泣いて喜びます。

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