第5話〜再会〜
待ち合わせの場所は初めて二人で行った公園。
あれからも何度か二人で行って語りあったりした、僕らにとっては馴染みの場所だ。
「悪いな。待った?」
僕が到着するより先に彼女が丘の上で僕が来るのを待っていた。
遠くに広がる夜景をぼんやりと眺めている彼女が神秘的に見えて、
僕とは遥か遠くにいる存在のように感じた。
彼女からのメールが来たときと同じ嫌な感覚がより鮮明に感じるようになる。
「待ったと言っても10分程度だよ。それに私から呼び出したわけだしね。突然呼び出しちゃったけど大丈夫だった?」
「ああ、特別に用があるわけではないからな」
「そっか」
そこまで話すと僕も彼女と同じように目の前に広がる夜景を見る。
僕らの関係に歪みが出来たところで、この夜景のキレイさは相変わらずだ。
それから暫く経っても何も話そうとしない彼女を見て、
僕から何か話しかけようかと思ったけれども、
話しかけたらこの時間が終わってしまいそうで、
僕から話しかけることはとてもじゃないが出来そうにない。
この時になってようやく僕は彼女から切り出されるであろう言葉を伝えられるのが、
僕は嫌なんだということを知り、僕は彼女のことが好きなんだと改めて感じた。
でも、それに気付くのが少し遅すぎて…。
「ねえ、淳。初めてここに二人で来たのってどのくらい前だっけ?」
重い空気を切り裂くように彼女が僕に話しかける。
「1年ちょいくらいかな?」
「そっか、もうそんなに経つんだね。あの頃は大学受験の事なんて全然考えてなかったな」
僕は彼女の言葉に対して何も返すことをしなかった。
今でもろくに大学受験の事なんて考えていないでいるのに、
あの頃は考えていなくても、今は考えている彼女との違いを突きつけられた気分だ。
「不思議だよね。あの時はまだ私は松山の事が好きになるなんて思っていなかった。でも、いつの間にか好きになっていってさ」
「俺はあの日から意識するようになったけどな」
「そうなの?初めて聞いたよ。意外だなー」
「最初に傘貸してくれたときは驚いたし、その後の合コンでまさか出くわすとも思っていなかったし…。あの合コンで有里の姿を見つけたときは驚いたよ」
「あー、私はあの時は淳が来るって明美から聞いていたからね。それに合コンばかりしているって噂あったしさ」
「あれは誤解だよ。誤解。合コンをしていることは真実だけど軽い男っていうのは誤解だ」
「そうかな?」
いたずらっぽい笑みを浮かべてそう言う彼女。
なんだか手玉にとられているようで少し悔しい。
「そうだよ。俺は有里と付き合ってから浮気したことねーもん」
「そういう形式的なところはしっかりしているんだよね」
「なんだか嫌味な言い方だな」
「褒めたつもりなんだけどね」
「どうだか」
どのくらいぶりだろうか?
こうして彼女と冗談を言い合ったのが、なんだか遠い昔のように感じた。
少し前までは当たり前だったことが最近では当たり前じゃなくなっていた。
楽しかった昔の二人が少しずつ戻ってくるようで僕はうれしくなって、
僕の不安は思い過ごしだったのかもしれないな。
なんて思い始める。
「よし。充電完了!!ここに来るのは今日で一回終わりにしよう」
有里が何か吹っ切れたような声でそう言う。
「どうしたんだ急に?」
「今日から私は大学合格を目指す受験生として、勉学に努めます」
突然の彼女からの表明。
僕はなんだかおかしくって笑った。
「淳もしっかり勉強しなよ」
夜景を背にし、僕の目をしっかりと見据えて彼女が言う。
何か強い意志を感じるその雰囲気に違和感をおぼえる。
「本当にどうしたんだ?」
ついさきほど言ったときとは違い、不安を感じながら言った。
「私さ、どうしても薬剤師になりたいんだ。でも私立だと物凄いお金が掛かるから…。国立の大学に合格しなくっちゃならない。だから一生懸命やらないと」
「勉強するのは大切だけど、息抜きだって大切だぜ」
「分かっている。だけど、区切りをつけないと私は駄目なの。私は遊びと勉強を両立したり出来るような器用なタイプじゃない」
「そうか…」
会話が途切れ、また重苦しい空気が僕らの間に流れる。
僕はどうしていいか分からずに、遠くの夜景に視線を向けた。
「ねえ、淳。私のワガママなんだけど、大学受験が終わるまで二人で会うのはやめない?」
彼女の口から出た言葉は僕の胸にあった不安を現実にした言葉だった。
言われる予感を感じながら、何もしなかった僕。
それでも、話しているうちに不安は思い過ごしだなんて考え始めていたけれど、
やっぱり思い過ごしなんかではなかった。
「分かった」
口から出た言葉は僕の思いとは裏腹なもので、
僕のちっぽけなプライドが自分の感情を打ち消した。
「ごめん…」
僕が顔を上げると、泣きそうな有里の顔が見える。
泣きたいのはこっちだって同じだけれども、ここで涙を見せるわけにはいかない。
「寒くなってきたし、そろそろ帰ろうぜ」
僕の口から出た精一杯の言葉だった。
それから二人並んで帰り、いつもの交差点でお互いにバイバイと手を振る。
その光景はいつもと何一つ変わらないものだったけれど、
この光景はこれが最後なんだと実感する。
有里の姿が僕の目から見えなくなると、今まで抑えてきたものを堪えきれなくなった。
「大学受験が終わったら元に戻るつもりだなんてうわ言だろう。大体、受験が終わった頃にはお互い冷めていただろうに…」
彼女が本気でそう思っていたのなら、僕によりを戻そうと言ってきたはずだ。
「もう時効だろうから言っちゃうけどさ、受験の直前とかだって有里は松山の話をよくしていたし、大学合格が決まった後もこれで遊べるって言っていたんだけどね」
宮本が僕に呆れたといった表情で言う。
宮本の言うことが事実で、
もし本当に小柳が僕と別れるつもりでなく、
より戻すつもりだったんだったら…。
僕は一体何をしていたのだろう?
別れることになって初めて彼女のことを自分がいかに大切に想っていたか知った。
もしもやり直すことが出来るのであれば、僕は彼女を無碍にはしないし、
きっとうまくやれるはずだと思っていた。
いや、今だってそうだ。
僕は10年近くたった今でも、彼女の幻想を追いかけたまま、
新しい一歩を踏み出すことが出来ないでいる。
「どうした?やっぱりお前は小柳のことが大好きだったんだろう」
金井が僕に話しかけてくる。
僕は否定もせず、肯定もせずに黙って酒を口に運ぶ。
「なあ、松山。これはあくまでも俺の推測の域に過ぎないんだけど…。お前は小柳と別れてから、ずっと時計の針が止まったままなんじゃないのか?細かいことは良く分からないけど、昔の想い出に縛られて、今の人生の足を引っ張られているじゃあもったいないぞ。過去の想い出を清算しろよ」
「考えすぎだよ。そんなに大袈裟なものじゃあない」
僕は金井の意見を口では否定したものの、
内心では彼の言っていることが正しいような気がした。
別に彼女と今でも付き合いたいと思っているわけでもなければ、
彼女が良く出来た人すぎて、
彼女より上の人でないと付き合う気にならないとかそんなわけでもない。
だけど僕は心の何処かで、
あのとき僕がこうしていたらもっと違う結果があったんじゃないかと、
自分の中で決着をつけることが出来ないままでいる。
過去の想い出と決着をつけよう。
僕がそう誓うと、
「やっほー、みんな元気」
小柳が10年前と変わらない笑顔で僕の目の前に現われた。