第4話〜前兆〜
「やっほー、元気にしてた?」
「おっす。俺は相変わらずだよ」
「なんだ?宮本も来ることになっていたのか」
僕の予測していなかったことで少し驚いた。
「ちょっと、ちょっと。来たら迷惑みたいな言い方で言わないでよ」
「悪い、悪い。そんなことはない」
僕と金井が横に座り、金井の正面に宮本が座る。
なんだか懐かしい風景だけど、僕の正面に座っているはずの人はいない。
「有里の結婚式以来か。久しぶりってほどでもないし、ってくらい?」
「そうだな。あいつは元気なのか?」
「結婚したと言っても、普通に働いているし、新婚旅行もまだなんだってさ。だから同棲し始めた以外では特に変化はないって言っていたよ」
「そっか」
小柳の結婚話をしつつ、宮本のドリンクに僕と金井のビールの追加を店員に頼むと、
店長自ら僕らに飲み物を運んできた。
「おう、懐かしいメンバーが揃っているねー」
「杉山。お前も働くのはバイトに任せて混ざれよ」
これで杉山まで僕らに混ざると、同窓会でも開こうかという雰囲気になる。
「いやいや、そういうわけにはいかんよ。営業時間が終了したら混ぜさせてもらうわ」
「それじゃあ、店長の代わりに店長のオススメでも持ってきてくれ」
「あいよ」
彼は威勢のいい声を返し、厨房へと消えていった。
彼が経営することの店に僕らは何度、お世話になったことか。
同級生が経営する店があるというのは本当にいいものだとつくづく思う。
「なあ、小柳は呼べないのか?」
少し酔ってきた金井が宮本に言う。
「新婚生活が始まったばかりの奴を呼ぶのはまずいんじゃないか?」
金井の提案に僕は反対した。
「そこまで気を使うことないだろ?高校時代の仲間で集まるだけだぜ」
「そうだね。ちょっと電話してみようか?旦那もあまり束縛するタイプじゃないみたいだし、仕事とかでなければ大丈夫だと思うけど…」
最後は少し言葉を濁し、僕をチラリと見る宮本。
僕に気を使っているのだろうか?
「ま、俺はどっちでもいいよ」
僕がそう言うと、
「よし、それじゃあ決まりだね。声を掛けてみるよ」
宮本がそう言い、電話をする。
僕らと杉山の店で飲んでいること、
来れるようなら来ないかという2点を手短に小柳に伝えると、
返事は30分後くらいにいけるという回答だった。
「松山と有里が会うのって結婚式以来?」
宮本が僕に尋ねる。
「そうだけど」
「ああ、そっか」
そこで会話が途切れる。
彼女なりに僕と小柳の関係に気を使っているようではあるが、
それにしては随分とぶっきら棒な質問を投げかけてきたものだと思う。
「宮本って今、彼氏いないだっけ?」
「うん。松山だっていないんでしょう。どのくらいの間いないんだっけ?」
「かれこれ10年近くだな…」
高校3年から逆算すると30手前の僕は10年ほどの年月が経っている。
「こいつ、有里と別れてからずっと一人身だからな」
横から金井が口を出してきた。
余計なことを言いやがって、小柳が来てから気まずくなるだろう。
「一人は一人で楽しいもんだよ。何にも束縛されないし、自由でいられるメリットがある」
僕なりに独身生活の楽しさアピール。
「でもさ、疲れたりしたとき寂しくならない?」
「まあ、なくはないけど…。相手がいるっていうのはメリットもあるけれども、デメリットもあるってことだな」
この言葉は正直な言葉で、僕は今の生活に満足はしちゃいないが特別不満もない。
そろそろ歳も30になりそうになって、
親からの結婚に対するプレッシャーも強くなってきているけれど、
それでも僕は未だに自分自身が誰かと結婚して一緒に暮らす姿を想像することが出来ない。
「私の勝手な思い込みだけど、私達の中では松山が最初に結婚すると思っていたよ」
宮本が思わぬことを口にする。
「俺が?なんで俺だと思ったんだ?」
「松山ってチャラチャラしてるし割には意外と人生設計とかシッカリしてそうじゃない?」
「人生設計していなくはないけど、その設計図に結婚という単語は含まれていないな」
「それじゃあ、ずっと独身のままでいるつもり?」
「そんなことはないが…。誰かいい人と巡り会えたらって感じ。結婚願望みたいなものはないな」
「有里を超える相手を見つけるのは難しいんじゃない?」
宮本までこんなことを言い出す。
僕は少しウンザリする。
確かに小柳は出来た女性だとは思う。
僕らが高校生だった頃から、彼女は自分の将来について考えていたし、
その自らの描いたプランを達成する為に何をすべきかをわきまえて、しっかりと行っていた。
対して、あの頃の僕は先のことなんて考えずに、
遊び回って受験勉強なんてロクにしていなかった。
「そもそも、俺が人生プランどころか大学受験のことすら考えずに遊んでいたからフラれんだぜ?そんな俺が人生プランを組んでいると思うのはおかしいだろ」
僕が吐き捨てるように言うと、宮本が神妙な顔で言う。
「知っている?有里は松山と別れたつもりはなかったんだってさ。だけど松山がフラれたと思い込んで、どうしようもなくなったんだってさ」
「どういうことだ?」
宮本が口にしたことは僕が知らなかった話で、
ホロ酔い気分の僕の酔いを醒ますには充分すぎる内容だ。
「じゃあ聞くけどさ、有里はあなたに別れましょうって言った?大学受験で勉強に集中したいから、お互い暫く遊んだりするのをやめようって言ったんじゃなかったっけ?」
「大体そんな感じだ」
なんでお前はそんなに詳しいんだ?
と突っ込みたい気持ちもあったが、話が長くなりそうなのでやめておいた。
そんなことよりも今は話の続きが気になる。
「有里は別れるつもりで言ったんじゃなくて、大学受験が終わったら、また元に戻したかったんだってさ。そしたら松山が一方的に二人で会うのを拒否しはじめたらしいじゃん」
別れるつもりじゃなかった?
僕が一方的に勘違いして?
そんなバカな話があるのだろうか。
あの時、僕は彼女にフラれるという感覚を持っていて、
その僕の予想通りの言葉を彼女は口にしたというのに…。
僕が彼女とのすれ違いを感じ初めて半年ほど経った頃。
クラスは進学組と就職組に分かれ、僕の友人は大方が進学組へと進み、
放課後居残りで勉強するもの、図書館で勉強するもの、塾へ通うものもいれば、
中には家庭教師を家へ招くものもいた。
僕は何か学びたいものがあるわけでもないけれど、
来年、働いている自分の姿を想像することが出来ずに、
友達が進学希望だったことや親の勧めもあり、
なんとなく進学組に入った。
そんな適当な考えが影響してか、大学受験に向けて勉強する気にもなれず、
クラスメイトと違い、危機感のない日々を送っていた。
「淳、今日はどうするの?」
放課後の帰り際、これから塾の予定がある有里が僕に尋ねてきた。
「どうするって?」
「居残り勉強とかしないで大丈夫なの?このところ成績かなり落ちてるじゃない」
彼女の言うとおり、去年の今頃は上位グループに入っていたはずの成績が、
今では下から数えたほうが早いくらいまで落ちている。
親からも指摘され、教師からも指摘され、目の前で彼女がそれを口にする。
僕はその苛立ちを強い口調で彼女にぶつけた。
「成績が落ちようがなんだろうが、お前には関係ないだろう。いつから俺の教育係になったんだよ」
「あっそ。それなら好きにしたら。私はこれから塾だからバイバイ」
確かに僕が悪いのだけれども…。
余りにもそっけない彼女の態度に、
僕は自分の怒りを何処に向けていいのか分からなくなった。
気持ちのすれ違いをお互い感じ始めてから、
いよいよそれが表面化してきて、二人の間に気まずい空気を作り出す。
このまま終わりなのかもしれないな…。
そんなことを考えながら僕はカバンを肩にかけ、
一人で帰ろうとすると、後ろのほうから僕を呼び止める声があった。
「おい、松山。今日は一人で帰るのか?」
「金井、お前は帰らないのか?」
「ちょうど帰ろうと思っていたところだ。ちょっと待っててくれよ」
彼は僕にそう言うと、教室からカバンを持ってきて、僕に言う。
「小柳は?」
「あいつは先に帰ったよ。塾があるからって」
「おいおい、大丈夫なのかよ。小柳は人気があるからお前がしっかりしないとフラれちまうぞ」
有里がクラスの男子から人気があるのは僕も知っている。
中には僕と彼女の関係を知りながらもアタックしている奴もいて、
僕はそういう連中に怒りや嫉妬と同時に哀れみすら抱いていた。
「それは気をつけないといけないな」
僕は彼のアドバイスに適当な返事をした。
「随分と投げやりな言い方だな。せっかく人が心配してやっているのに」
「どうだっていいんだよ、そんなことは。どうでもね…」
本心から出た言葉だった。
僕の中で彼女に対する何かが冷めてきてしまっていたのか、
あるいはさきほどのちょっとしたやり取りでの一時的なものなのか。
「やれやれ、自信があるんだかなんだか知らないけど大切にしろよな」
僕の言葉の意味を履き違えたらしく、
金井は僕にそう言うと、話題を昨日のバラエティー番組に切り替えた。
どうやら彼も僕と同じで家に帰って勉強しているわけでもなく、
テレビを見たり、ネットサーフィンで時間を潰す日々を送っているようだ。
その日の夜、僕は夕飯を食べ終えて、自分の部屋で勉強するでもなく、
テレビドラマを見ていると有里からメールが入った。
−今から公園で会えない?
なんとなく、嫌な予感がした。