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Time is over  作者: 十色市
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第2話〜約束〜

「いらっしゃい。相棒はもう来ているよ」

仕事帰りに旧友の経営している居酒屋に足を運ぶと、

なかなかさまになっているエプロンをした店長から声を掛けられた。

水曜日だっていうのに空席が見当たらないほど人がいる。

サラリーマン生活が板についてきた僕としては、

繁盛している店を見ると羨ましさと憧れを抱く。

「お前も後で顔だせよな」

「店長が店の運営を放棄するわけにもいかないだろう」

「そりゃそうだな」

彼と簡単な会話を交わし、僕は待ち合わせをしたもう一人の旧友の座っている席へと向かう。

「おっす。久しぶり」

「久しぶりってほどでもないだろう」

「小柳の結婚式依頼だから1ヶ月ぶりくらいじゃね?」

「そのくらいだな。1ヶ月ぶりなら久しぶりってことはない。ごく普通だ」

昔と変わらないやりとりをしながら、僕と金井はビールを2つ注文し乾杯する。


「どうだ?小柳が結婚してようやく諦めがついたか?」

「諦め?諦めもなにも俺達の関係はとっくの昔に終わっているだろう」

「建前上はな。でもお前は心の奥では未だに忘れられないでいる」

「まさか」

少し塩味の強いこの店名物の塩辛を食べながら僕は金井の意見を真っ向から否定した。

「だったらなんで有里と別れてから、新しい彼女も作らないまま、ずっと一人でいるんだ?」

「そんなに深い理由なんてない。偶々いい出会いがなかっただけで、お前の考えすぎだよ」

僕が更に彼の言い分を否定すると彼は一つため息を吐き、

「お前ら二人は似合っていると思っていたんだけどな。俺の勘違いかね」

と言う。

人と人の相性なんて実際のところ良く分からないものだと思う。

確かに目の前の金井のようにかれこれ10年以上の付き合いをしている友人もいれば、

同じクラスにいながら1度も会話したことのない人もいた。

ゆっくりと関係を深めていき、強い絆が出来るパターンもあれば、

ちょっとしたキッカケから話してみたら意外と気があうことを知り、

急速に仲が深まるような場合もあったりする。

彼女もその1人だった。



「同級生と合コンってなんか嫌にドキドキするな」

そう言いながら手鏡で髪をいじっている杉山。

「そうか?寧ろワクワク感がなくってすでに冷めているんだが」

「そりゃ金井君。君は幹事なんだから仕方がない。僕らの為にありがとう。持つべきものは友だね」

「で、来るメンバーのカタログは?」

「本日は3組女子メンバーのコース料理となります」

3組と聞いて僕は内心穏やかでなくなった。

小柳と同じクラスじゃないか。

傘を返すだけとはいえど、小柳に傘を返す僕の姿を3組のメンバーは見ている。

ひょんとした事からそういうことを探られるのは苦手だし、

小柳に僕らの合コン話が流れるのもなんだか嫌な気分だ。

「ではでは、カタログのメニューをお願いします」

「前菜に宮本明美、メインディッシュに長野愛、デザートに小柳有里って奴らだ」

「ん?なんだと?小柳だって?」

僕は耳を疑う。

「ああ、そうだけど?知り合いか?」

「知り合いってほどでもないけど知っている人物だ」

「なんだよー、怪しいな。元カノとかじゃねえだろうな。そうだったら今日の俺楽しくなっちゃうよ」

「んなわけあるか」

僕をからかう杉山に突っ込みを入れたものの、僕は平静を装うのに必死だった。

まさか小柳がこの合コンに参加しているとは。

それにしても…彼女も僕のことを合コンばかりしている軽い男なんて言ったくせに、

自分だって合コンに参加しているじゃないか。

なんだか知らないが、少しイラ立つ。


それから暫く僕らが他愛のない会話を続けながら歩いていると、

集合場所のファミレスへとたどり着く。

僕らに限らず、同じ高校の制服がチラホラ見える店内の様子を見て、

尚更、新鮮味に欠けるなと思う。

「先に入って待っていよう」

金井を先頭に僕らは店内へと足を運ぶと、

「いらっしゃいませー」

店員の明るい声が僕らを迎える。

すると、すぐさまその声の横から

「こっち、こっち」

と言う声も聞こえてきた。

視線を声の聞こえるほうへと向けると見慣れた制服を着た女性が3人。

僕らが先に入って待つどころか、今日のお相手はすでに準備万全のようだ。

僕らに声を掛けてきた女にその横で僕らをチラ見してきた小柳、

その横で携帯を弄っていたのがもう一人と、顔を吟味すると中々レベルは高い。

「あれ?もうすでに着いていたのか」

「ってか2分遅刻だよ。遅刻」

「悪い悪い、取りあえず座らせてくれ」

席に座り、お互いに簡単な自己紹介を済ませる。

僕のポジションは前に小柳、横に金井という席。

ここでも、正面に彼女がいるとは…。

小柳とは変な縁を感じるな。

自己紹介を終えた頃に折りよく、メニューが僕らの元に運ばれていた。

メニュー見るや否や、すぐさま注文を決める僕と金井。

一方、杉山と女性陣はあれこれ悩みながらかれこれ2、3分メニューと格闘中。

「うーん、お腹が空いているから軽く食べたいんだけど、カロリーがねぇ…」

そう呟く小柳。

「へえ、カロリーなんて見ている人いるんだな」

僕は悩む彼女が手に持つメニューを覗き込むようにしながら言う。

「気になるものだよ。こういう風に○○カロリーなんて書いてあると特にね」

「そういうものか」

「そういうものだよ」

僕は自分の手元に置いたメニューを手に取り、カロリーの低そうなものを探す。

「うどんなんかどうなの?カロリーも低いし小腹が空いているなら丁度いいんじゃない?」

「うどんねぇ…。軽くでいいから1人前はちょっと…」

「注文するなら半分、俺が食べるよ」

「いや、いいよいいよ。食べ物はやめて飲み物だけにしておく」

彼女がそう言い、メニューを閉じると、

人見知りしなさそうな宮本がウェイターに声を掛け、それぞれ自分の注文をたのんだ。


「1組と3組ってあんまり絡みないよね」

僕が話題の種を探し、あれこれ考えていると、すぐに宮本が話しを振り出した。

彼女の雰囲気や話し方をみると、随分と場慣れしているように感じる。

「確かに3組に誰がいるとかあんまり知らないな」

「私も1組の人ってあんまり知らない」

「逆に知っている奴って誰がいるんだ?」

誰に聞くわけでもなく言う。

「んー、影山とか?」

僕の質問に答えたのは宮本。

「ああ、あいつか。あんまり目立つタイプには見えないけどな。なんであいつのことを知っているんだ?」

「中学が同じだからねー。ま、全然仲良くないけどさ」

「それではこれを期に1組と3組の交流を深めましょうということでカンパーイ!!」

杉山が強引に乾杯に持ち込む。

まだ水しか出てないのに、早い乾杯だなと思いながらも僕は彼の乾杯に付き合った。


乾杯して間もなく、僕が頼んだアイスコーヒーが手元に運ばれる。

アイスコーヒーを飲む僕を見ながら小柳が不思議そうな顔で言う。

「コーヒーをブラックで飲む人って本当にいるんだねー」

「そりゃいるからブラックが存在しているんだろう」

ブラックのコーヒーを都市伝説か何かだと思っていたのか、それとも相当頭の悪い子なのか。

「こいつ変に気取っているだけだから気にしないで」

僕と小柳の会話に金井が横から口を出してくる。

「気取ってなんていないさ。純粋にアイスコーヒーが好きなだけだよ」

「なんだか面白い人だね松山って」

今度はまた小柳が言う。

「俺が?俺より杉山とかのがお笑い系だと思うけどな」

「いやいや、そういう意味で言ったのではないんだけど。変わった人だって思っただけ」

変わった人?

確かにそうかもしれない。

でも、普通と言われるより変わりものくらいのほうが個性があっていい。

「松山が変人だからって1組がみんな変人の集まりだなんて思わないでね」

「金井、余計なお世話だ。俺は変わった人、お前が変人だ」

「どっちも一緒じゃねえか」

「いや、大分違う」

「どう違うんだ?」

「変わった人は個性的な人だけど、変人はただの変態だ」

「そりゃ偏見だろう。大体、変態は変態、変人は変人だ」

「んじゃあ不完全変態な金井ということで。まるでカマキリだな」

「なんだそれ?」

「小学校のとき習っただろう。完全変態がカブトムシ、不完全変態がカマキリ」

「それじゃあ、お前は完全な変態だからカブトムシ野郎だ」

「カブトムシでもバッタでもなんでもいいから、もうやめたら?」

僕らの口論に冷めた口調で冷静なツッコミを入れる小柳。

しまった。

女性の前で彼女をおいて口論するのはマイナスイメージだったな。


「昆虫と言えば…小学校の頃とかに『ファーブル昆虫記』って本を読んだことないか?」

話題を切り替えようと思い、少し論点をズラす。

「読んだことはないけど知っているね」

小柳が僕の話にのってくれた。

「ファーブルって人は昆虫の研究者であったと同時に作曲家でもあったんだよ」

「へえ、それは知らなかった」

ここまでは僕の目論見通りだったのだけれども…。

「それで、どんな曲を作っていたの?」

「さあ?俺もそこまでは知らないな」

とっさの思いつきで繋いだ話題では、彼女の質問に答えることが出来ない。

「ふーん」

その一言から会話が続かずにまたも重い空気に変わる。

そんな中でうまいことフォローしたのは、さきほどまで僕と言い合っていた金井だった。

「やっぱり昆虫関係の歌なのかな?」

「ブンブンブン蜂が飛ぶ〜とかそんなのだったりして?」

「懐かしいな、その歌。他になんかあるか?虫が出てくる歌って?」

「なんだろうな?森のくまさんとか?」

「森のくまさんって昆虫出てこなくね?」

「くまと女の子が一緒に踊って終わりだったような…」

「みんな適当だねぇー」

話の内容はともかく、ようやく言葉のキャッチボールが再開された。


「肩に力を入れて真面目にお互いの意見を言い合って討論することなんて、学者や政治家がやればいい。俺達には俺達の話し合いってのがあっていいんじゃないの?」

「なんだか嫌に説得力があるようでない言葉だね」

僕の言葉に少し棘のある言い方でそう言う小柳。

「どの辺が?」

「だって今、私達がいるのは大学講堂でもなければ国会議事堂でもないでしょう」

僕は彼女の言葉に少し笑ってしまった。

「その通りだね。だからこそ適当にラフな話でちょうどいい」

それからというもの、僕らは明日になれば忘れてしまいそうな会話を小一時間ほど続けた。

いつからか最初に会ったばかりのお互いを警戒するような雰囲気はなくなり、

まともに話して1時間程度しか経っていない仲とは思えないほど会話は弾む。

その後、ファミレスからゲームセンターへと場所を変えても雰囲気は相変わらずいい感じ。

大人数で楽しむことが出来る対戦ゲームをやり終えると空はすでに暗くなっていたので、

最後にプリクラをみんなで撮って解散することになった。


「それじゃあまたねー」

「次に会うのは…学校でかな?」

「かもね。それじゃあまた」

皆それぞれ、家の方向へ散り散りに進んでいく。

僕が彼らを見送ると、僕の横に小柳が残っているのに気付いた。

「そういや、小柳の家ってこっちの方向だったな」

「そうだよ」

「何町に住んでいるんだ?」

「茅ヶ崎町」

「どうりで近いわけだ」

彼女の口から出た町は僕の住んでいる町の隣。

帰り道は会話は途切れ途切れだったけれど、

1回目の同じ状況のときよりも少しだけお互いの歩く距離が縮まっていた。

「この近くに高い丘がある公園あるでしょ?あそこから街を眺めると結構キレイなんだよね」

「どこどこ?私知らないんだけど?」

僕の何気ない一言に興味津々といった顔で反応する彼女。

「え?あそこだよ。名前は出てこないけど…ここからそこの道を歩いて5分くらいの所」

「全く分からないよ。今から時間ある?」

「あるけど?」

「今から連れて行ってよ」

「いいけど、それじゃあついてきて」

突然の展開に僕は少しドギマギしながら彼女を公園へと案内することになった。


歩くこと5分ほどで、目的の公園の入り口に到着。

丘に登るのに、急な上り坂を登山電車のように左右に方向を変えながら歩いていく。

「もう暗くなっているから、結構いい感じかも」

星が見え始めた空を見上げて言う。

「ここだったんだね。知っていることは知っていたけど夜に上ったこと一度もないや、って」

そこまで言うと彼女は突然足を止めた。

ケガでもしたのかと思い、僕は少し慌てて彼女の元に駆け寄ると、

彼女の視線の先に白い猫が警戒した目で僕らを見ているに気付いた。

彼女と白い猫の睨めっこは暫く続いたものの、

白猫のほうから彼女の視線を逸らし遠くへといってしまった。

「ゲームセンターとかカラオケとかも嫌いじゃないけどさ、こういうのっていいなって思うんだよねー」

「確かに。身近なところにこういう場所があるのにあんまり行こうとしなくなってきているなあ」

「彼氏とデートって遊園地とか映画館とか、そういうマニュアルデートみたいのじゃなくて、

鎌倉にアジサイを見に行ったり、それこそ鎌倉にアジサイとかじゃなくてもこういう公園で、

散歩したりとかそういうほうが私は好きだ」

自分の胸の奥が暑くなるのを感じた。

彼女が口にしたこういう公園でデートという言葉が、

僕が意識していなかった部分を意識させたのかもしれない。


それから話らしい話しはせずに丘の頂上まで足を進め、

頂上に到着すると僕が彼女をガイドするように言う。

「どう?観覧車からの夜景とまではいかなくてもそれなりでしょ?」

「うわーっ、凄いキレイだね。近くにこんな場所があったなんて…」

感嘆した様子であたりを見渡す小柳。

僕はそんな夜景よりも彼女の横顔を見ていた。

「どうしてこんな所知っていたの?」

「どうしてって…。家の近くだぜ?知らないほうが珍しいんじゃないの?」

「えーっ。私はここは知っていたけど、夜景がこんなにキレイだなんて知らなかったよ。金井とかも知っているの?」

「いやー、あいつらは知らないと思うけど…」

「よし。それじゃあここは私と松山の二人だけの秘密の場所にしよう」

イタズラな笑顔でそう提案する彼女。

僕は照れくさくなって思わず目を逸らす。

「二人だけって言っても知っている人は結構いると思うけど…近所のおばさんとか」

「そういう現実的なことは言わないの。ロマンチックな雰囲気が台無しだよ。これから松山は私以外の人をここに連れてくるのは無しだよ」

彼女は楽しそうに目を輝かせながら、続けて言った。

「それじゃあ、指キリ」

僕が彼女と最初にした約束。

そしてこのとき、僕は彼女に恋をした。

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