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Time is over  作者: 十色市
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第1話〜記憶〜

時の流れというのは残酷で、つい最近のように思っていた出来事が、

いつの間にか遠い過去の思い出になっている。

小学生の頃が懐かしいと語っていた中学生。

それから歳を重ね、中学生の頃が懐かしいと言い出していた自分がいて、

今の僕は大学生の頃のことですら遠い過去の思い出になっている。

自分の歴史書の表紙をめくると、

産まれた時のことは真っ白いページに誰かが書いた僕のことが書かれていて、

幼稚園に入った頃からようやく自分の記憶として薄っすらと文字が刻まれている。

古ければ古いものほど、刻まれた文字は曖昧で薄い文字となっていて、

新しいものほど濃く鮮明に刻まれた文字。

だけどその文字の中にには例外もあって、

小さい頃に一度だけ連れて行ってもらった思い出の場所とか、

古くても未だに鮮明にハッキリと書かれている思い出もある。

そんな中の一つに何度も繰り返し消そうとして記憶の隅に追いやろうとしても、

消すことが出来ずに未だに僕の心に深く刻まれた文字がある。


「それじゃあ、私達が30歳になってお互いに相手がいなかったら、その時は結婚しようね」


朝、目が覚めて現実に戻される。

また同じ夢か…。


時計に目をやると7時25分。

30分にセットしていた目覚まし時計のアラーム機能を解除して、

乱れた髪に手をやりながら、冷蔵庫の麦茶に手を伸ばす。

昨日、旧友と遅くまで飲み明かしたせいか、まだ少し酒が残っていて気分がよくない。

朝食を冷蔵庫の残り物で済ませて手早く着替え電車に揺られながら会社へと向かう。

我が家から会社へと運んでくれる電車の窓から外にふと目をやると、

先月に結婚したばかりの友人の住まいが見えた。

ウェディングドレスを身に纏い、僕らの祝福の言葉に笑顔で応えた彼女は本当にキレイで、

いつも僕らに見せていた彼女とは違うその表情に、思わずたじろいでしまうほどだった。

満面の笑顔で来賓の人に祝福されて、彼女も満面の笑顔で応える。

結婚式というのは本当に幸せに溢れているものなんだとつくづつ実感した。


「本当におめでとう。末永くお幸せに」

「ありがとう。淳もいい相手を見つけて。そのときは結婚式に呼んでね」

披露宴が始まってから一度も話すことが出来なかった彼女との帰り際の会話。

僕は心の底から彼女の幸せを願っているけれど、

目の前にいる彼女と自分の現状を比べるとなんともいえない虚しさが込み上げて来る。

10年以上昔の口約束を彼女が覚えているかどうかは知らないし、

覚えていたところで本当に結婚しようとなんて思っていない。

だけど、事あるごとにその約束が心の奥から出てきては僕の胸を掴んで離そうとしない。

彼女の言葉に何か一言返そうかと思ったけれど、

適当な言葉が見つからずに、

「それじゃあまた後で」

と言うことしか出来なかった。

そして、僕は同じ夢を繰り返し見るようになった。

それは僕と彼女がまだ、高校生だった頃の夢。



「お前はどの子が好みだったんだ?」

「どの子が好み?どれもダメだな。顔はタイプじゃないし、頭も悪そうな連中しかいなかった」

「相変わらず口が悪いねぇ。ま、今回は俺もほとんど同意見だけどな」

休み時間の間に交わされる僕らの話題は昨日行われた近くの女子高との合コン話。

お嬢様が通う高校として巷では有名な学校であったものの、

結果は会話の内容の通り期待はずれ。

メールアドレスに女の名前が3名追加されたこと以外に収穫らしい収穫はなく、

ファミレスとカラオケに使った分だけ財布の中身が軽くなった。

「で、次は誰の紹介で何処の学校が相手なんだ?」

僕はペットボトルのコーラを片手に友人の金井に話しかける。

「偶にはお前が紹介しろよ。一度もお前が幹事をやったことがないだろう」

少し不満そうな顔で僕に言う。

彼の言い分は分からなくはないが、専ら僕は参加者であって開催者にはなりえない人種だ。

「やりたいのは山々なんだけど…俺に紹介出来る女なんていないよ」

僕は適当にその場を誤魔化そうとする。

「ほう。それなら携帯電話を見せてみろよ」

「残念ながら、それは無理だ」

いいからよこせとしつこく迫る金井を僕があしらっていると、

教師が教室へと入ってきて授業が始まり僕らの会話が一旦途切れる。


「いっそのこと、うちの学校の女子とやったらどうだ?」

授業の半ばに金井が思わぬ提案をしてきた。

珍しく黙って授業を聞いていた彼を見て、

授業に集中しているように思っていたのは僕の勘違いで、

彼は週末のことで頭がいっぱいで考え込んでいるように見えていただけのようだ。

「うちの学校の連中じゃあ新鮮味もないし、合コンっていうより一緒に遊びに行くだけって感じじゃね?」

それに同じ学校が相手となると下手なことをしたときに噂が広まるのも早そうで少し厄介だ。

「偶にはそういうのもいいじゃないか」

「ま、俺は楽しめれば正直なんでもいいから反対はしないよ」

「よし、それじゃあ決まりだな。となると問題はどうやってメンバーを集めるかだけど…誰かの伝手を探すしかないだろうな」

「期待してますよお兄さん」

「過度な期待はやめてくれよ。俺の持っているカタログに載っている可愛い子はほとんど出尽くしてしまっているからな」


その日の学校帰り。

突然の雨に見舞われて、傘のない僕は一人下駄箱で立ち尽くしていた。

朝の天気予報では一日晴れだと言っていたのに、

やっぱり天気予報と政治家の言うことは当てにならないな、

なんて考えながら、当分は止みそうにない空を見上げていると、

僕の横に肩を並べて空を見上げる女性が僕を見ているのに気がつく。

誰だったかな…。

見たことのある顔だが名前が出てこない。

そのくらい希薄な関係の人間であることは間違いない人だ。


「傘持っていないんでしょう。これ貸してあげる」

その人は僕にそう言うと、カバンから取り出した折り畳み傘を僕に差し出してきた。

「なっ。大丈夫です。家までそんなに距離ないですから」

同じ学校に通う者同士といえど、見ず知らずの女性から突然傘を渡されて僕はたじろぎ、

思わず敬語で返答してしまった。

「私は2本持っているから遠慮しないで、ほら」

名前も知らない女性から物を借りることに抵抗のある僕をよそに、

傘を僕の手にやるなり、自分の傘を広げる彼女。

その強引ともいえるやり方に躊躇しながらも僕は借りた傘を広げる。

正直、花柄だったらどうしようかと思っていたけれど無地なもので安心した。


「それじゃあ借りていくよ。ありがとう」

「今度返してね。ああ、そうそう私は3組の小柳だから」

名前を聞いてもピンとこない。

「俺は…」

「1組の松山でしょ」

僕が自分の名前を告げるより先に彼女が言った。

「俺のことを知っているんだな」

「だって同級生だよ?知らないほうがおかしいよ」

少し笑いながら小柳が言う。

ごもっともな意見だ。


「結構有名人だよ君って」

「へえ、それは意外だな。知らなかった」

「悪い意味でね」

「悪い意味?」

「他の学校の女子達と合コンばかりしているんでしょう?それで有名なんだよ」

彼女の歯に者を着せぬ言い方に僕は思わず苦笑いをしてしまった。

なんだか彼女のペースで物事が進んでいき、

僕がその流れに引き寄せられていくような雰囲気になっていて、

初対面とは思えないくらい、不思議と会話が続く。

「合コンをすることは悪いことなのかね?」

「改めてそう言われると悪いこととは言えないかもね。でも、"合コンばかりしている男"なんて軽い男に思えるし、いいイメージは持てないよ」

「至極、正当な意見だ」

「どうも」

そこまで話すと会話が途切れ、僕らは節度のある距離を保ちながら歩いていく。

暫く歩いたところで大通りにぶつかる交差点に出ると、

僕らはそれぞれ別々の方向へと足を進めることになった。

「それじゃあ、明日必ず返すよ」

「そんなに慌てなくてもいいよ。それじゃあバイバイ」

別れ際に小さく手を振る彼女。

その日、僕は家に帰り夕飯を食べているときも、

入浴中も寝ている間もずっと彼女のことが頭から離れなかった。


次の日の朝。

窓ガラスから外を眺めると。外は10月とは思えないくらい強い日差しが照り付けている。

僕は部屋の隅に置かれたまだ湿っている傘をチラリと見て、

昨日の出来事が現実であったことを再確認する。

「3組の小柳か…」

僕の彼女に対する第一印象は変わった人だと思った。

まともに話したことのない人に傘を貸したり、

そうかと思えば歯に者を着せぬ言い方で、人の心に踏み込んでくるようなことを言う。

僕は制服に着替え、傘をキレイに折り畳みカバンに入れる。

教室で彼女に渡すときにどんな顔で会おうか?

そんなことを考えながら学校へ向かった。

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