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前編

なろうさんとポプラ社さんの、『恋&謎解き学園ショートストーリーコンテスト』応募作品です。

「委員長」

 声をかけられて顔を上げた瞬間、「あ。ヤバいかも」と思った。

 同じクラスの西脇くんが、机の向こうに立ってこちらを見下ろしている。

 な、なんの用かな……? 私の名字の『小嶋』じゃなくて、『委員長』って話しかけられたんだから、クラス委員としての私に用があるのかも。あれだ、業務連絡みたいな。

 そう期待したのもつかの間、とても個人的な質問が飛んできた。

「何読んでんだよ、それ」

「えっ、あっ、これ?」

 私は広げていた文庫本を、しおりも挟まずに反射的に閉じてしまった。

(なんで、私が読んでる本なんか気にするの……?)


 西脇くんと話すのは、これが初めてだ。出身小学校は別で、中学校に入学して同じクラスになった。

 入学式のその日から、彼は浮いていた。

 式、っていう改まった場で、みんなが制服をきちんと着ている中、一人だけ学生服の襟元をくつろげた着崩し方をしていて、下に着た緑色のTシャツが見えていて。

 まるで、私たちと同じ新入生じゃなくて、二年生か三年生みたいな雰囲気だった。

「西脇っていう男子、目立ってたね。緑のシャツの」

 その日の帰り道、小学校からの仲良しのチエミが真っ先に話題にしたのが、西脇くんのことだ。

「ほんとだね。下に着るのは基本的に白、とか聞いたような気がするんだけど」

 私が答えると、チエミはうなずいた。

「そうそう。入学式であの格好って勇気あるよね。先輩に目をつけられそうとか、思わないのかね?」

「さぁ……」

『先輩に目をつけられる』なんて、小学校では考えたこともなかったから、中学ではそんなこともあるのかなぁ……なんて、他人事みたいに感じた。

「まあ、私たちには関係ないよー」

 あはは、と笑って言うと、チエミは呆れた声で答える。

「何言ってんの、アユカはクラス委員になったじゃん。クラスにガラ悪いのがいると、色々と大変らしいよ。お姉ちゃんが言ってたもん」

「えーっ、そういうことは、私が委員になる前に言ってよー」

「だって、アユカが委員やるなんて思わなかったよ!」

 それはそのー、委員決めの時に先生と目が合って「どう?」って言われたから、ついうなずいちゃって。

 しかも、そのままの勢いで、学年のクラス委員会の長にまでなってしまった。

 不安になっていると、チエミは笑い出す。

「でも向いてると思うよ、アユカは責任感あるし。私も手伝うから、何かあったら言ってね」

「うん、ありがとう」

 私はようやくホッとして、新しい生活に胸をふくらませたのだけれど……


 それから一ヶ月ほど経った今、西脇くんはというと、学校でいつも一人だった。

 嫌われているわけではなさそうだったけど、近寄りがたい雰囲気だからか、友達ができにくいみたい。外見もちょっと怖いんだよね、つり目で、髪の毛がツンツン立っていて。

 そして、噂話が耳に入ってきた。

 まず、彼はどうやら怖い先輩とつながりがあるらしい、という噂。カラーシャツを下に着るのを貫き通していて、それでも先輩に目をつけられないということは、そういう先輩と仲良しなんじゃないか……というわけだ。

 次に、部活に入っていない、いわゆる帰宅部の彼は、放課後に何をしているのかという噂。私は吹奏楽部に入ったんだけど、同じ部員の子からその噂を聞いた。

 部活がない日に買い物に行ったら、西脇くんが私服姿で駅ナカの商店街にいるのを見かけたらしい。

「ほら、ちょっと電車で行ったところにさ、私立の小学校があるじゃん。そこの制服着た男の子から、お金取ってんの見ちゃった」

「えっ!? 無理矢理?」

「そう。男の子が嫌そうにお札を出したのを、パッてひったくって歩いていったんだ」

 その子がパッと右手を振ると、聞いていた部員たちが「えーっ」「怖っ」と声を上げる。

 私も、その場面を想像してみた。

 あの私立小学校だと、制服は黒の詰め襟に半ズボン、帽子。賢そうな小学生男子が、ぶるぶる震えながらお金を西脇くんに差し出して……

 部員たちは「先生に言った方が良くない?」とか、「なんかの間違いだったら逆に恨まれるよ」とかザワザワしていたけれど、練習が始まったのでその話は何となく立ち消えになった。


 そんな話をした翌日、今この昼休みに、西脇くんに声をかけられたのだ。「何読んでんだよ」って。

 一瞬、これってインネンつけられてるのかな? と思っちゃったけど、ちょっと落ち着こう。クラスメイトとして、ものすごく普通の質問なんだから。

「えっと、小説だけど」

 口ごもりながら、ちらりと教室を見回す。チエミは日直の仕事でいないし、ほとんどのクラスメイトたちは次の授業のため理科室に移動していて、男子が数人しか残っていなかった。

 うう、誰か、もう一人くらい会話に加わってくれないかなー。ガチは辛い。

 すると、彼は言った。

「それ貸せよ」

「えっ」

 貸せよ、って……

 小学生男子がお金を取られるシーンが、頭の中にパッと浮かぶ。

「ど、どうぞ……」

 私は恐る恐る、紙のカバーのかかった本を差し出した。西脇くんの眉が上がる。

「読み終わったらでいいに決まってんだろ」

「ええと、あの、何度か読んだやつだから」

 そろそろシリーズの新刊が出るから、第一巻を読み返してただけで。

「ふーん。じゃ、借りとくわ」

 西脇くんは、私の手からひょいっと文庫本を取った。そして、後ろの方にある彼の机の中に入れると、教室を出ていく。

 私は何となくポカーンとしながら、その姿を見送った。

 ……あの本、本当に読むのかな?


「本を貸したぁ?」

 吹奏楽部の練習の時、チエミに今日あったことを話すと、彼女は目も口も丸くした。

 私は首から下げたストラップにサックスを着けながら、うなずく。

「めっちゃ少女小説で、ファンタジーでさ。町の普通の女の子が、王子様と恋に落ちるシンデレラストーリーなんだよ。あんまり西脇くんのイメージじゃないよね」 

「何のんびりしたこと言ってんの。それ、返ってこないかもよ!?」

「えっ」

「アユカから本を取りたかっただけかもしれないじゃん。読んで『面白かったよ、ありがとう』なんて返すタイプ!?」

「う、うーん」

 どうだろう。返ってこなかったら悲しいなぁ……お気に入りなのに。

「アユカって、もしイジメに遭っても気がつかないタイプだよね、たぶん。そういうとこ心配」

 しっかり者のチエミは、いつも私の事を心配してくれる大事な友達だ。

 私は笑って見せた。

「とりあえず、待ってみるよ。返ってこないって決まったわけじゃないし」

「気をつけなよ?」

 チエミは眉を八の字にする。

 何に気をつけるのかよくわからなかったけど、私は「うん」とうなずいた。


 次の日の朝。

 登校して鞄の中身を机に移したところで、不意に机に一冊の本が置かれた。

「ん」

 短いうなり声。

 ギョッとして顔を上げると、西脇くんだ。今日は襟元から紫のカラーシャツを覗かせている。

「結構、面白かった」

「え」

 読んだの!? と半信半疑で見ていると、彼は続ける。

「伏線が良かった。あの、父親の肩に入れ墨があったところとか」

「だよねだよね、お父さんがまさか王家の密偵だったなんて! あのね、その関係でヒロインは子供の頃に王子と」

 うっかり第二巻のネタバレをしそうになった私は、あわてて口をつぐむ。ちらりと教室を見回すと、チエミがびっくりした顔でこっちを見ていた。

 固まっているうちに、西脇くんはさらりと言う。

「続きも貸せよ。あと、他に委員長が好きなやつも。じゃあな」

 私が返事をする前に、彼は廊下に出て行った。

 入れ替わるように、チエミが駆け寄ってくる。

「なんの話してたの? 入れ墨とか怖いこと言ってなかった?」

「お、お話の中のことだよー。この本、読んだって」

「まじでか」

 チエミは拍子抜けしたような顔になったけれど、また「とにかく気をつけなよ」と眉を寄せる。

「何をどう気をつけたらいいわけ?」

 頬を膨らませてみると、チエミはちょっと考えてから言った。

「……巻き込まれないように、かな。西脇くんの噂に」

 なんじゃそりゃ。

 とにかく、そんな風にチエミが心配するので、言えなかったけど――

 私は少し、ワクワクしていたのだ。

 趣味の合う友達、見つけた! って。


 翌日、私は西脇くんが読んだ本の第二巻と、妖怪が出てくる和風ファンタジーを一冊、学校に持ってきた。

 直接渡そうと思っていたけど、教室に入って、まだ誰も来ていないのがわかったとたん、気が変わった。

 チエミの「気をつけなよ」が頭に浮かんだのだ。

 西脇くんは、貸した本をちゃんと返してくれる人だ。色々と噂はあるけど、私はなんにも迷惑をかけられていないので、彼を避ける理由がない。

 でも、噂が本当だったら、と気にする人がいるのもわかる。

 それなら、本の貸し借りのことは、他の人に知られないようにしよう。そうすれば、心配されることもないよね。

 私は本を、西脇君の机にこっそり入れておいた。


 やがて次々とクラスメイトが登校してきて、チャイムぎりぎりに西脇くんもやってきた。

 彼はすぐに机の中に気づき、私をちらっと見る。

 へへっ、と笑ってみせると、西脇くんは小さくうなずいた。

 二人だけの秘密の合図みたいで、ちょっとドキドキした。

 

 その時に貸した本は、数日後に私の机の中に入っていた。

 そこで、私はまたシリーズの続きを持ってきて、西脇くんの机に入れ――

 そんなやりとりが何度か繰り返されるうちに、やがて梅雨の季節になった。


 部活が休みの水曜日、私は一度家に帰ってから買い物に出かけた。

 行き先は、商店街にある書店だ。

「出たー!」

 ライトノベルコーナーの台に、待ちかねていた新刊が山積みになっている。

 私は一冊取って、ウキウキしながらレジに持って行った。

「ありがとうございましたー」

 店員さんの声に送られて、書店を出る。雨が降っているので、駅ナカの通路を歩いて帰ることにした。

 この雨さえ、家でゆっくり読書するための素敵な設定みたい。今日のこれからの時間は、楽しいものになること確実だ。

 改札から降りてくる階段の前にさしかかった時、黒い制服姿が目に飛び込んできた。

 私立小学校の子だ。

 黒い帽子に黒の制服、黒のランドセル。手に紺色の傘を持った男の子が、私の前を長靴で歩いている。 

 私立小学校の子って、この辺ではあまり見かけないし。西脇くんがお金を取ったとすれば、この子のことかなぁ……

 そう思いながら、方向が一緒なので後をついて行く。

 まだ小学校の二、三年生くらいかな、背が私より頭二つ分くらい小さい。

 やがて商店街が途切れ、男の子は傘を差して道路に出た。私も傘を差して、後に続く。

 男の子の紺色の傘は、彼には少し大きい。後ろにいる私からは、膝から下だけが元気に動いているのが見えた。

 ……って、私の家、こっちじゃないのに! 何でついて来ちゃったんだろう。

 男の子の傘をじっと見ていたら、つい同じ方向へ歩いちゃったんだよね。人通りが多かったのもあって、何となくそのまま……

 あたりが住宅街っぽくなってくると、人が少なくなってきたので、さすがに足を止める。このまま後をつけていたら、ただの不審者だ。

 帰ろう。

 立ち止まって、回れ右。

 駅の方へ戻りかけたところで、後ろからカランカラン、という音がした。牧場の牛がつけている、カウベルみたいな音だ。

 もう一度、振り向く。十字路まで出て見回してみたけれど、男の子の姿はなかった。

 今の音、なんだったんだろう?

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