2話目 俺の嫁
「なー、佳代聞いてくれ。のーいぐで飛んだ世界で新しい俺の嫁を見つけたんだ」
「えーと、これで20人目くらい………?ちなみに、今回はなんの小説?」
「勇者は君だ!みたいな題名だった気がする………」
正直、表紙の絵柄だけで本を買う悠太は題名まではっきりと記憶していない。
「勇者、勇者ね………あっ、あれじゃない?桜坂桜の新作"勇者様はあなただけ!"でしょ!」
(そんな笑顔で言われても分かんねーよ!)
題名を言われてもあまりピンとこない悠太だが、とりあえず頷いておく。今の悠太にとって小説の題名より、今後の皐月との関係が大事なのだ。
「"勇あな"は私も読んだよ。ヒロインの皐月は結構可愛いよね。胸がペチャンコだった印象が………別に私と競ってる訳じゃないけど」
と言いながら佳代は自身の膨らみのない胸をチラッと見る。そして一つため息をつく。
「ん?とにかく皐月の胸は今のままがベストなんだ。皐月のあのすらっとした体型に凸があったら不安定すぎる。佳代も嫌だろ?俺は嫌だ。そんなおっぱいだけ大っきい女の子は嫌だ!」
一気に喋った悠太はゼイゼイと息を整える。
「はぁはぁ………どにがく。とにかく、おっぱいはあればいいってものじゃない!」
最後に大きな声で叫んだ悠太。突然道の真ん中で叫びだした悠太に視線は集まる。しかし彼はそんな視線を気にも留めない。佳代は周りの目線が気になるが、いつもの事だと肩を落とした。
「で、結局悠太は皐月に惚れたと」
「いーや、違う!名誉ある元恋人という位置についているのだ!惚れただけじゃない、想いが通い合っているんだ!」
「"通い合っていた"の間違いじゃない?」
佳代の鋭いツッコミの刃が悠太の心にグサグサと突き刺さる。
「というか目が覚めちゃったんだから、またのーいぐ使っても設定が最初からになるし、自分の立ち位置も変わるんでしょ?ならもうこれ以上夢の中の皐月を追いかけても何も得れないよ」
「もう少しくらい夢の余韻に浸らせろよ」
悠太はブサイクに顔を膨らます。
「ぷっ………その顔ぶっさいく」
もう一度のーいぐを使ってあの世界に行ったとしても、元恋人同士という設定は消える。そのくらい悠太も知っている。しかし、のーいぐを使う度に悠太はこの様な日々を繰り返している。
「あー、そういやあの紫のおっぱいでかい奴出てくるじゃん。あいつってどんな奴なの?」
悠太はふと思い出した、皐月の友人である美香の事を。全く印象にないのだ。しかし、悠太はなぜあそこで美香が助け舟を出してくれたのかがイマイチ理解できなかったのだ。
「誰、紫の人って」
「えーと、美香とかいう名前だったけな。なんか紫髮で下でゆるく二つくくり。で、おっぱいが大っきい」
「あー、はいはい。………というか美香なんて子出てこないけど」
(ん?どうゆうことだ?………まあ、いっか)
「ん、俺の勘違いかも」
悠太は美香の存在をあっさり忘れ、皐月についてまた語り出した。佳代は少し引っかかりを覚えつつも、悠太が気にしないならと考えるのをやめた。
「じゃあね〜!頑張って友達作ってね、ぼっちさん」
「余計なお世話だ!」
佳代はひらひらと手を振りながら3年5組のプレートのかかった教室に入る。
非常に残念なことに悠太は佳代以外の友達がいないのだ。しかも佳代は一つ上の学年だからどちみち同じクラスにはなれない。
静かな性格で休み時間はひたすら本を読む、そんな悠太に話しかける人なんていない。顔面が特別良いとかめちゃめちゃ運動神経が良いとか、なにかズバ抜けて凄いものがあるわけでもない。いたって平凡な男子高校生である。
「はぁ………今年は2組だっけ」
悠太はぽつぽつと一人歩きながら、教室に向かう。ドアの前に立って実感するクラスの騒がしい雰囲気。
(今年も馴染めそうにないな)
黒板に貼ってある席順を見て、自分の席に座る。
さっそく夢の余韻が消える前にと小説を読み出した。未開封だった本のビニールを取って、自前のブックカバーをつける。最後に手汗防止の為に白い手袋をはめたら完成だ。彼自身は何も気にしていないが、周りからすると少し異様な光景である。佳代友達がいないのは、そのような行動のせいでもあるだろう。
悠太は夢中になって読んでいた。挿絵の皐月がとにかく可愛いのだ。そんな悠太は栞を落としたことさえ気がつかなった。
「あの、栞落としましたよ」
隣から可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。小説に読みふけていた悠太は栞を落としたことに気がつかなかったらしい。
彼女と目は合わせずに、お礼を言って受け取る。コミュ障気味の悠太にとって、クラスメイトとの会話なんて苦しいほかない。
「えーと、あなたもその小説好きなんですか?」
「うん。とにかく皐月が可愛いと思う」
(あっ、やべ。いつものペースで答えちゃった)
悠太は突然のクラスメイトからの質問に反射的に答える。もちろん、女の子の方に目を向けず、返答は真顔である。
「皐月ちゃんですか。私はなんと言っても主人公の誠くんがタイプで」
(しかし、誠がタイプなら好都合だ。この女にあのうざったい主人公を、俺に皐月を!)
この妄想を伝えなければと思い、悠太はバット顔を上げた。
「じゃあ皐月は俺のもので、お前に………ん?」
悠太の目に映るのは、夢の中で見た紫色の髪の毛。そして特徴的な凸凹体型。
「………紫のおっぱい!」
「え?はい!?ストーカー男!?」