6話 『上司の鏡』
「ちょっとええか?」
「って、急に関西弁かい!」
まさかの関西弁に思わず声に出してツッコんでしまったが、聞いた感じだと普段耳にするような関西弁のイントネーションじゃない気がするし、もしかすると怒ったら似非関西弁が出るタイプの人なのかもしれない。
かなり怒っていることを考えると、怒り心頭中の2人に対して火に油を注ぐ展開にならなければいいけど。
「ああ?」
心配した通り大男が、かなりお怒り気味で睨みつけているじゃないですか。爽やか残念イケメン君は「やれやれ」といった感じで涼しい顔をしているけど、一触即発とはこのことだ。
「あんたらが、試験官やろ? こちとら半年前からこの日を待ってたんや! あんたらのくだらん茶番を見に来たわけやない!」
もう火に油どころじゃない。大炎上しているところにガソリンをぶちまけているようなもんだ。初対面の相手に対して、ここまではっきり言いたいことを言えるのは、尊敬するところだけど、この雰囲気は不味すぎる。
「そうだ、そうだ! 俺たちはこんなことのために集められたんじゃない!」
ほらほら、他の人も釣られて怒り全開になっているじゃないですか。
――サラリーマンよ、あなたの勇姿はこの場いる全員が忘れません。どうぞ、安らかにお眠りください。
サラリーマンの人生はここで終わりだと思った俺は、胸の前で手を合わせて安らかに逝けるようにと願った。するとどうだ、大男が怒り狂って殴り掛かると思っていたのに、爽やか残念イケメン君が腕を組みながら、サラリーマンに詰め寄っているではないか。
これは俺が思っている以上の展開になるのか。俺の心は妙に高ぶっていた。
「あなたの仰る通りです。誠に申し訳ございません」
あっさり謝罪しちゃったよ。いや、別に良いけどさ。むしろ、その方が話は早いし皆も納得してくれると思う。だけど、野球とかでも乱闘になると盛り上がったりするだろう。もちろん暴力はいけないことだけど、ここまで来たら、ちょっとは期待しちゃうじゃないですか。
変な期待をしていた俺をよそに、周囲の人たちはやっと話が進むと、ホッとしているようだ。イベント前の余興だと思えば、悪いものではない。
「わかればええんや。はよ話を進めたってくれ」
もう上から目線で話している。人間観察で極めた観察眼を持つ俺からしてみると、このサラリーマンは職場で我慢をしているタイプに違いない。
今の行動だけを見れば、自分の意見ははっきりと言わなければ気が済まないようにも思えるが、ある程度様子を見た後に行動したところを見ると、雰囲気に合わせて多数派について行動しているような気がする。
「ふう」
特に決められた場所ではなかったのに、サラリーマンは一仕事終えたような溜め息を吐きながら、俺の横へと戻って来た。
「お疲れ様です。なんかスカッとしちゃいましたよ」
「いえ、当然のことをしただけです」
とか言っているけど、結構な優越感に浸っているではないですか。まあ、他の人がしなかったことをしてくれたことには感謝するとしよう。
しっかし、周りにいる人たちをよくよく観察してみると、隣の男のようなスーツ姿のサラリーマン風の男以外にも、如何にも大学生といった感じのパリピ系のうぇい集団や、髪の毛ボサボサで、青白い不健康そうな顔色をしているインドア系の元祖引きこもりオタクっぽいのとか、多種多様の男たちが居るみたいだ。
だが、俺には分かっている。あの異世界求人を手にした時点で、この場にいる全員がアニメ、ゲーム好きの更にその中でも重度な中二病だということを。
俺が重度な中二病を隠しているから、そう見えているだけかもしれないが。
その点を除けば、ここに来た人たちも自分の生活があるし、俺のような日雇いで食いつないでいる人もいれば、アルバイトや安月給の中小企業、人を働くロボットのように扱うブラック企業などで歯を食いしばりながら一生懸命働き、根気強くこの日を待ち続けたが大半だろう。
まさか、異世界に就職するとは夢にも思っていなかったはずだが、少なからず自分の人生を賭けている人が多いに違いない。
にしても、まだ始まる気配がない。あの3人は本当に試験官で始める気があるのだろうか。待ち人を5時間以上待ち続ける忍耐を持ち合わせている俺でも、後に控えている仕事のことを考えると焦りを覚える。
「まだ始まっていないのか」
後方から聞き慣れた声が聞こえて来たと思えば、面接を担当していた騎士が、呆れ顔で歩いて来るではないか。
まだ二度しか顔を合わせていないが、この場で唯一知っている顔に、少しだけホッとしている俺がいた。
騎士に気づいていない様子の3人は、未だに何か揉めているようだ。
「いいですか? 君はこれ以上何も言わずに、彼らに危険が及ばないようにしてください」
「へいへい、分かったよ」
胡座をかき、耳の穴をほじくりながら面倒くさそうにしている大男。あれが試験官で、これから上司になる人間だとすると不安以外にない。
その一方で、3人の下へ歩みを進める騎士からは、異様な迫力が伝わって来た。年齢的にも、恐らくあの3人の上司なのだろう。少なからず、人の上に立つ役職を経験したことがある俺からすれば、問題児の部下を持つ辛さはよく分かる。バイトリーダーしか経験ないけど。
「貴様ら……」
ほれ見たことか。ちゃんと仕事をしないから逆鱗に触れるんだよ。
「「「か、カルディオ大十字騎士長!?」」」
3人は、じっとりと変な汗を流しながら口を揃えて言った。
大十字騎士長っていうのが、どれほどの地位なのか知らないけど、さすがに上司の前を前にすると頭が上がらないようだ。
「「き、貴様ら頭が高いぞ!」」
「ぷっ、あいつら面白いな」
さっきまで言い争いをしていたとは思えないくらい、息の合った二人に思わず笑ってしまった。かなり焦っているみたいだけど、自業自得だし同情の余地はないな。
3人は、慌てて片膝を突いて騎士に頭を垂れている。しかし、誰かに頭を垂れる習慣がない俺たちは、その様子を見ているだけ。ぶっちゃけそんなことよりも、早く採用試験を始めてもらいたい。
「皆の者は、何もしなくて良い」
そう言うと騎士は、一歩下がり俺たちに向かって片膝を突くと逆に頭を垂れた。さすがに面接をしてくれた人が突然頭を下げてくると、動揺してしまうが、部下の失態を潔く頭を下げてくれるところを見ると、上司の鏡としか言いようがない。
どうせ働くなら、こういう上司の下で働きたいものだ。
「なっ、何をしているのですか!?」
「おやめください、カルディオ大十字騎士長!」
「そ、そうだ、やめてくれ!」
騎士の予期せぬ行動に3人は取り乱しているが、騎士は頭を下げたまま動こうとはしなかった。
「此度は、国王直属の我が騎士団で共に戦う仲間を探すために、君たちの世界へとクレリック志願者を募った結果、各々が強い決意を持ち、この地に集まってくれたこと、心より感謝を申し上げる。そして、誠に申し訳ない。わたしの部下たちがご迷惑をお掛けした。本当に申し訳ない」
――この人、結構好きかもしれない。
よくテレビのニュースとかで謝罪会見を見る機会が多いけど、ここまで誠意のこもった謝罪を見たのは生まれて初めてだった。今まで働いてきた会社でも、俺の上司になる人は大抵自分の保身のために、問題があればすべて部下に押し付ける人ばかりで、最悪な場合は手柄を全部持って行かれて、お払い箱というのが普通。
そういう会社にしか務められなかった俺の仕事運の無さかもしれないが、もしここで働くことができたら、俺の人生の中で仕事に関してかなりの幸運だと言えるだろう。
ちょっとだけではあったが、結婚資金を貯める以外に働きたいと思える動機ができた。
その場にいた全員が、一言も声を出さずにその様子を見ていると、騎士が立ち上がった。
「これ以上、皆を待たせるわけにはいかない。此度の無礼を許し、まだ我らと共に戦いたいという者がいれば、ここに残ってもらいたい。それ以外の者は、君たちの後ろに設けてある出口から帰っていただいて構わない。恐らく、君たちの人生を左右する決断になるだろう。心して選んでほしい」
人生を左右するとは、かなりのプレッシャーを与えてくれるものだ。さっきの大男が脅してきたよりも、よっぽど重要じゃないか。確かに、俺は聖菜と結婚するという人生の中でも、3大イベントの一つに数えられる重大イベントが控えている。
年内に結婚資金を貯めて、来年の春には挙式と披露宴をする。それを考えると、宝くじを当てるか、ここで採用を勝ち取るしかない。つまり、宝くじを当てるよりも確率の高そうなこの採用試験に賭けるしかない。
動かざること山の如し。俺はその場に仁王立ちして、異世界お仕事争奪戦のライバルたちが尻尾を巻いて逃げ出してくれることを願いつつ、採用試験の時を待つ。
「へ、へ、へくそいっ!」
うん。知ってるよ。俺は何をしても格好がつかないことくらい。