4話 『面接結果』
夢か現実か分からない謎の面接をしてから、3日が経った。
あの翌日から2日間は日雇いの仕事を入れていたけど、体調不良で早退したせいで、「頭数が足りないといけないから、他の人に代役を頼んだ」と言われ、仕事の予定がなくなってしまった。急に日雇いの仕事が見つかるはずもなく、家で炊事洗濯をしながら普通の求人誌を読み漁っては、履歴書を書き続けていた。
とりあえず、今日は日雇いの仕事が入ったから、何とか明日までに返済をといけないお金は確保できそうだ。今回の稼ぎだと貯金は出来そうにないけど、とりあえず一安心。
「はあ……いつまでこんな生活続けたら良いのかな」
毎回返済日が近づくと、息が詰まりそうになって溜め息ばかりが出る。
返済生活を初めてもう六年。大学に通っていたときの奨学金から始まり、安易な考えで独立したときに抱えた負債。その頃は聖菜に打ち明けられず、更なる借金を繰り返して騙し騙し生活していた。でも、そんな生活が長続きするはずもなく、多額の借金がある事を聖菜に振られる覚悟で打ち明けることになった。
あの日のことを思い出すと、本当に聖菜で良かったと心から思う。
付き合い始めた時は、「絶対に苦労はしたくない!」と、凄みのある顔をして言っていた聖菜だっただけに、別れ話になると思っていた。いざ話してみると、
「借金? もっと深刻な話かと思った」
とか言われて拍子抜けした覚えがある。しかも、
「借金くらいなら頑張って返していけば良いだけの話だし、大丈夫だよ! 何があっても彩斗を幸せにするって決めているから、一緒に頑張ろう!」
と、可愛らしい顔からは想像がつかないくらい男らしく頼もしいことを言ってくれた時には、正直かなり驚いたし、感動のあまりに泣いてしまった。
俺のことをそこまで想ってくれていたことが本当に嬉しかったし、もう少し早く聖菜のことを信じて、伝えておけば良かったと後悔もした。
同時に、絶対に自分のせいで聖菜に迷惑を掛けられないとも思った。
だから俺は、自分の抱えた借金は自分の手で、頑張って返して結婚資金も貯める。そして、絶対に聖菜と一緒に幸せになると、その時に俺は誓った。
なんてことを聖菜の寝顔を見ながら振り返っていた。
「よし、そろそろ行って来るかな」
今日は遅番で昼から出勤の聖菜が眠っている間に、聖菜の好きな塩味のおにぎりと、大好物であるキュウリの漬物をテーブルに並べて置いた。
「それじゃあ、行ってきます」
気持ちよさそうに眠っている、ぱっつん前髪の聖菜の頬に軽くキスをして、俺は日雇いの仕事に向かった――はずだった。
玄関のドアを開いて外に出たはずだったのに、俺の目の前には最近見た覚えのある騎士の姿があった。ぶっちゃけ、何が起こっているのか分からない。もしかしたら、まだ眠っていて夢でも見ているのだろうか。
頬でも抓って確認してみるか。
「痛っ」
これだけ痛いということは、夢じゃないっぽい。そもそもゲームの中だったとしたら、痛みを感じるはずがない。ということは、少なくともパラレルワールドとか異世界とかそういった類の世界にいるということになる。
とりあえず、合否は3日後に教えるとか言っていたし、早いとこ合否の確認をして日雇いのバイトに向かうことにしよう。
「えっと……」
「皆そうだ」
騎士は、どっかで聞いたようなセリフを口にした。
まあ、ツッコミたいところだけど面接の時と同じになりそうだから、スルーしておくか。
「合格者たちを再びここへ招き入れたら、皆が同じように頬を抓って痛がる。そちらの世界の流行なのか?」
「いや、流行とかじゃなくて、普通に夢か現実か混乱して……って、今そちらの世界って言いました?」
「そうだ。我々のいる世界と君のいる世界は別物だ」
――マジかぁ。やっぱりそういう展開かよ。
何となく予想はしていたけど、異世界に来ているなんて普通に考えられるわけがない。
まあ、最近の小説とかで流行っている異世界転生とか異世界転移とかで言うと、俺は異世界転移させられているわけか。でも本当にそれって現実に有り得るのか。
何とか異世界というものを受け入れようと頑張っていると、何となく嫌なことを思いついてしまった。
「あの……。ここが違う世界って言うことは、元の世界に戻れないとか……では、ないですよね?」
こればっかりは、絶対に確認しないといけない。
騎士は、合格者だけにトラ何とかっていう扉が開いて、この世界に招かれると言っていた。もしも、このまま本採用ということになれば、この世界で働かないといけない。そうなれば、ここから出られる保障はない。
俺は固唾を飲んで騎士の返答を待った。
「皆そうだ」
「はい?」
「口を開けば、元の世界に戻れるのかと聞いて来る。これもそちらの世界の流行なのか?」
「んな、訳あるか! 元の世界の戻れないなら働く意味がないでしょうが!」
思わずツッコミを入れてしまった。ラーメンを食べている子供から、皿を取り上げようとする店主にツッコミを入れるように。
「皆そうだ、同じような口調で」
「流行じゃねぇよ! いや、これも流行じゃないです! 結局、俺は元の世界に戻れるんですか?」
危ない、危ない。あまりに同じボケをかましてくるから、思わずムキになってツッコミを入れてしまった。せっかく面接をパスしたのに、台無しにするわけにはいかない。
初老のおじさんが相手だし、もしかしたら俺の上司になる人かもしれない。今のうちから、ちゃんと気に入られるようにしないと、働き始めから目の敵にされそうだしな。
聖菜の顔色を窺うように、騎士の顔色を恐る恐る窺ってみる。
「何も心配はいらん。トラペジアの扉を使えば、元の世界へ帰れる」
「良かった。ちなみに仕事が終わり次第、帰れるってことで良いんですかね?」
「無論、その日の仕事が終われば帰ってよい。ただ、仕事の内容によっては泊まり込みもある」
「帰れるなら、泊まり込み大丈夫です!」
本当に良かった。このまま帰れなくなったら、どうしようかと思ったぜ。
だけど、ちょっと複雑な気もする。普通、異世界に行ったら、そのまま帰って来られないとか、帰るための方法を必死こいて探すとかが定番のはずなのに、毎日行き来できるというのは、イージーモードでゲームをしているようなものじゃないか。
大抵のゲームをーハードモードで始める俺にとっては、ちょっとばかり物足りない気もするけど、愛する聖菜のために働くわけだから、ラッキーと言えばラッキーか。
「とりあえず、面接を合格したエルシド君には次の試験を受けてもらう」
面接さえも難関と言える俺にとって、次の試験というのが問題だ。筆記テストか、クレリックとしての実技テストか、それとも適性試験か。筆記試験以外なら何とかなりそうだけど、運悪く筆記試験なら間違いなく不合格だろう。
ここが正念場だと、俺は覚悟を決めて試験内容を確認することにした。
「その次の試験って言うのは、どんなことをするんですか?」
「試験内容については、試験会場へ行けば分かる」
また雑な対応かよ。と、心の中でツッコミを入れつつ、試験会場へ行けば分かるってことは、見れば分かるってことだからと予想を立ててみた。
試験会場。机が並んでいる。机の絵には紙が置かれている。見れば分かる。
――ちょい待ち! もしかして、筆記試験じゃないか?!
そう思った瞬間、本採用を諦めた。
【幸薄男】と言われる俺が最後のエントリーを運良く手にした上に、面接まで合格するという奇跡を起こしてしまったのだから、これ以上の奇跡が起こるはずがない。
意気消沈して肩を落としていると、
「そちらの世界では、100回耳で聞くよりは一度見たほうが納得すると言うらしいじゃないか」
「百聞は一見に如かず。って、やつですね」
「確か、そう言っていたな。と、いう訳だから回れ右をして」
俺は人生の半分以上を過ごした学生時代に教え込まれた「回れ右」という言葉に、自然と体が動き、回れ右をして後ろを向いた。
「さあ、試験会場へ行くがいい」
「え?」
騎士に力強く背中を押された俺は、いつの間にか背後に置かれていた神々しい光り輝きを放つ扉の向こう側へと、飛び込んでしまった。