2話 『面接』
気がつくと黒髪リクルートスーツの女性の姿はなく、西洋の鎧を着た、いかにも騎士という格好の貫禄がある50代くらいの男と横長の木で作られた机を挟んで向き合って座っていた。
辺りを見渡すと床も壁も柱も全て大理石で出来ている殺風景な部屋の中。出入口らしい扉もない。俺は一体どうやってここに入ったのだろうか。
かなり動揺していたが、考える時間はあった。恐らくこれは最新型のVRゲームに違いない。あれだけハイテクな技術の求人誌に載るくらいなのだから、それくらい出来ても不思議ではないはず。
とは言っても、この状況は結構気まずい。
机を挟んで向かい合う騎士は、目を泳がせながらテンパる俺の顔をジッと見つめている。女性に見つめられるのは大歓迎なのだが、加齢臭が漂って来そうな初老の男に見つめられるのは勘弁してもらいたい。
互いに見つめ合って、10分くらい経過しただろうか。
何となく、目を逸らしたら負けな気がして見つめ合っていたが、騎士は何の反応も示さず真顔で見続けている。さすがに負けず嫌いな俺でも、これ以上おっさんと二人で見つめ合うことに耐えられそうもない。
苦痛に耐えかねた俺は、騎士に話しかけてみることにした。
「あ、あの……」
「皆そうだ」
「えっ?」
沈黙を保っていた騎士の余りに早い反応に不意を突かれ、一瞬言葉を失った。
多分、騎士も耐え切れなくなったのだろう。
「皆、この場所へ来ると決まって、君のように間抜けな顔をして私を見つめる」
どう考えても、最初に見つめてきたのは騎士の方だ。
色々とツッコミたいところはあったが、ここがゲームの中であれば、ある程度のことは受け入れるしかない。どちらにしても、ここは俺にとってアウェイ。とりあえず、話を合わせておくのが賢明だろう。
「そりゃあ、そうなりますよ! 急に求人誌から手が出てきて中に引きずり込まれたと思ったら、こんな殺風景な部屋であなたと向かい合っているんですよ?」
「それもそうか。驚かせてしまって申し訳ない。して、この世界について何か聞いているか?」
これは多分あれだ。ゲームのチュートリアル的なものだろう。世界について知っていれば、そのままゲームスタート。知らなければチュートリアル開始といったところか。恐らくベータ版のゲームだろうから、チュートリアルを受けた方が良い。
チュートリアルをしないで、チュートリアル後に貰える特典ボーナスをもらい損ねてスタートダッシュを決め損ねた経験があった俺は、同じ轍は二度踏むまいと説明を聞くことにした。
「いえ、聞いてませんけど、どういう世界なんですか?」
「はあ。また説明を忘れおったか。ここへ連れて来る前に説明しろと言っておったのに……。まあいい、いずれ分かる」
騎士は溜息交じりにそう言うと、机の引き出しから銀の万年筆と葉書サイズほどの用紙を取り出し、俺の前に差し出した。
――いずれ分かるとはどういうことですの?
案内役のNPCにしては雑な対応だ。ここ数ヶ月はゲームなんてしてる暇もなかったし、もしかすると、最近のゲームではチュートリアルを省いているのだろうか。
――ん? これがゲームだったら現実の俺は何をしているんだ?
今いるのがゲームの中で、意識だけをこの世界に飛ばしているのだとしたら、コンビニにいる俺の体はどうなっているのだろうか。
そう考えると少し不安になった。
「まずは、ここに名前と希望職種を書いてくれ」
不安を抱きつつ、騎士の指示通り、その紙に名前と希望職種をお世辞にも上手いとは言えない字で書いた。希望職種はもちろん、求人誌に記載されていた【クレリック】。
騎士は用紙を受け取るや否や顎鬚を右手で触り、難しい顔をしてその用紙を眺めると、何やら数字を書き足し始めた。そして、数字を書き終えると無言でその紙を俺に差し出す。
「NO.20000?」
「この番号は我々の騎士団に入団するための試験を受ける際に使用するものだ」
「あの、もしかして2万人もエントリーしてるってことですか?」
「そうだ。丁度、君が最後の入団志願者になる」
騎士は、汚い字で書かれた用紙を見て難しい顔をしていた訳ではないらしい。単に2万人という膨大な人数のエントリーがようやく終わったと、肩の荷が下りただけのようだ。
それにしてもエントリー人数が2万人というのは、絶望的な数字過ぎる。
俺が最後のエントリーだとしたら、さすがに採用者が決まっていても不思議じゃない。
今まで面接を受けた企業も、既に採用者が決まっているのに表面上は求人募集を継続していて、面接の約束を取り付けてしまったから、形だけの面接を行うなんてことは日常的に行われていたからだ。
――念のため、採用人数だけでも知っておいた方が良いよな。
そう思った俺は、面接のモチベーションを保つために、ダメもとで採用人数を訊いてみることにした。
「ちなみに何人を採用する予定なんですか?」
「今考えているのは、20人だ」
倍率1000倍。どう考えたって無理に決まっている。希望を持つどころか、絶望を与えられた気分だ。
残り物には福があるとも言うが、ただでさえ、“幸が薄い男”として定評のある自分が最後のエントリーという時点で運を使い果たしている気がする。
お得意のネガティヴ思考全開で目の前が真っ暗になった。
「早速だが、面接を始めても良いかな?」
「どうぞ……」
内心、終わったも同然だと諦めてしまっていたものだから、さっさと面接を済ませて帰ろうと思っていた。
この場で辞退しても良かったのだが、せっかく使い果たしてしまったであろう運で掴み取ったチャンスを無駄に出来るほど、俺の人生に幸運ばかりが転がっているわけではない。
ネガティヴなりに、やるだけやって面接をパスできればラッキー。そうすれば、自分に運が向いてきていると思えるんじゃないかという気持ちもあった。
「君はどうして、聖十字騎士団に入団しようと思ったのかね?」
聖十字騎士団が何なのか知らない俺は、当然のごとく返答に困った。どんな会社だろうとそこで働く以上、その会社についてある程度は知っていなくてはならない。この場合は、ゲームについて色々と調べておく必要があったということになる。
企業の面接であれば、それを大前提に面接は進んでいく。つまり、やる気があるのかどうか試されているという訳だ。
もし答えられなければ、人員不足でない限り、九割九部九厘不採用になるのが関の山だ。
しかし、ここで知ったかぶりをしても簡単に見抜かれてしまう。そうなれば、嘘をつく人間として信用がないと判断され、どちらにしても不採用が確定する。
そう考えた俺は、全て正直に話そうと決めた。嘘つきと思われるよりは正直者な馬鹿だと思われる方がマシだと思ったからだ。
「申し訳ございません。大変恐縮ではありますが、聖十字騎士団については何も知りません」
「そうか。それは残念だ」
「……はい」
どうやら予想は的中してしまったようだ。「残念」というワードが出た時点で「不採用」の三文字も騎士もとい、運営側の脳裏に浮かんでいることだろう。
これは経験上知っていたいたことなのだが、初っ端から不採用確定の雰囲気を出されると、さすがに気が滅入る。やっぱり早く面接を終わらせて帰ったほうが良さそうだ。
「ここへ来るものは皆そうだ。知らなくて当然なのだからな」
「そ、そうなんですか!?」
これは朗報だ。全員知らないというのであれば、条件は一緒ということ。つまり、俺にもまだチャンスが残されている。崖から転落して死ぬかと思ったら、巨大なトランポリンで上空高く跳ね上げられた気分だ。
そうなると、このゲームは誰にも認知されていなかったという事になる。
つまり、これはゲーム導入前の事前登録。
――段々話が読めてきたぞ。
恐らく事前登録者を20名に絞り、そのプレイヤーに多額の報酬を与えて、長時間ゲームをさせながらバグの発見や難易度の設定など、ベータ版テスターとしての役割を担うための面接。それなら色々と合点がいく。
全員が対等な条件ならば、俺にもまだ可能性がある。そう思った途端、背中に羽でも生えたように気が楽になった。
「では、君がクレリックとして入団しようと思った理由を教えてくれるかね?」
「はいっ! 私は戦闘経験が少なく戦いには不向きだと思い、サポート役であるクレリックに志願致しました!」
「ふむ。クレリックとは何か知っているのかね?」
「はいっ! クレリックは主に回復役として戦闘を優位に進めるために必要不可欠な存在です。また、味方の回復に努めることで被害を最小限に抑えることができます!」
「ほう。クレリックについてはある程度知っているようだな」
クレリックというジョブに関しては、多少なりとも知識があった。ゲーム名は忘れてしまったが、高校生の時にガラケーで遊んでいたゲームのジョブの一つにそれはあった。何気にゲーム三昧だった日々も無駄にはならなかったわけだ。
「では、最後に何か質問はあるかね?」
「はいっ! 質問は――」
咄嗟に返事をしたものの、何一つ質問を考えていない。質問をするとしないとでは、この仕事に対して意欲があるのかどうかという大きな差が出る。全員が同じ条件下にあるなら、ここで差をつけるしかない。
100社以上の面接を受けて来たからこそわかる、この最後の質問の重要性。何気ないように感じられるこの質問は最後の大勝負、詰めの一手。
何か言わなければと頭の中から何とか捻り出し、千載一遇のチャンスをものにするための一手を繰り出す。
「あ、あの、面接後の試験を通過するために必要なもの、求められるものは何ですか?」
大した質問ではないが、試験を通過するために必要な事を聞き出し、試験内容を予想することで次の試験を通過する可能性を高くしようと考えた。それと同時にどうしても採用されたいというアピールも兼ねている。一石二鳥の質問という訳だ。
すると、騎士は俺の思惑通り「良くぞ訊いてくれた」と言わんばかりの表情をして答え始めた。
「全ての試験において必要なのは、『想う気持ち』だ」
「想う気持ち……ですか?」
「そうだ。何かを成し遂げるためには、“想う気持ち”。つまり、心に一本の強い芯が必要不可欠。特にサポーターであるクレリックを志望した君は、誰よりも死んではいけないポジションだ。この意味が分かるかい?」
「えーっと……、生きたいと強く想う気持ちが必要不可欠、ということですか?」
「その通りだ! 君は誰よりも生き抜く必要がある。そのためには、君が生きたいと強く想う理由が必要だ」
「生きる理由……」
その時、俺の脳裏に浮かんだのは婚約者の【聖菜】の顔だった。
成り行きとは言え、俺が今ここにいる理由は聖菜と結婚するため。生涯をかけて幸せにすると誓った愛する人を笑顔にするため。それ以外に生きる理由はない。
「俺は婚約者を笑顔にするために生きています!」
何の迷いもなく、ただ真っ直ぐに騎士の目を見て、恥ずかしげもなく言った。すると、騎士は微笑みながら二度頷いた。
「良い答えだ。想いの強さがこの世界においての強さとなることを覚えておきなさい」
「はいっ!」
かなりの手ごたえを感じた俺は、何のために頑張って生きるのかを再確認をすることもできたし、不思議と心地良い気持ちで満たされていた。
「さあ、面接はこれにて終了とする。合否は三日後の正午、合格した場合のみ“トラペジアの扉”が開かれ君を再びこの世界へと招き入れる」
「ありがとうございました」
面接が終わるとすぐに『お疲れ様でした』と、ここへ来た時と同じようにリクルートスーツを着た黒髪の女性が現れ、腕を引かれるまま白い光の中へと引きずり込まれた。
その直後、見覚えのある光景が広がっていた。そこは立ち読みをしていたコンビニの中。手元を見ると、さっきまで読んでいたはずの異世界求人はなく、普通の雑誌を手にしている。休憩時間に立ち読みをしていたので、ついでに時計を確認してみると、ここへ来てまだ1、2分程度しか経っていない。
――もしかして、夢でも見てたのか……?
毎日のように朝から晩まで日雇いの仕事をしていたこともあり、寝不足が続いていた。多分、立ちながら眠ってしまっていたのだろう。さっきのも、面接続きの毎日で変な夢を見ていたに違いない。
「帰って寝よう」
聖菜に捨てられないかという不安とプレッシャーから、都合の良い夢でも見ていたのだと思った俺は、その日仕事を体調不良ということで早退し家路についた。