1話 『異世界求人』
「はあ、また不採用か」
雲一つない晴れ晴れとした気持ちの良い夏空の下、面接後に届いた不採用通知を眺めながら落胆している彼の名は、静波 彩斗。26歳の年齢的には立派な成人男性である。
6年間連れ添った彼女との結婚を目前にして会社都合により強制解雇、いわゆるリストラされ、3ヶ月ほど前から定職についていない。
当然のことながら結婚は延期になり、路頭に迷う日々を送ることになってしまった。
不幸中の幸いとでも言おうか。理解ある彼女は「ほんと運がないよねえ」の一言だけで、別れ話に発展することはなかった。
彼女と一日でも早く結婚するために毎日面接の予定を入れ、就職活動に勤しんでいるが、結婚への焦りが面接官に伝わってしまったのか、この3ヶ月で面接を受けた会社100社以上が全滅。日雇いの仕事で食い繋いではいるが、先の見えない生活を送っている。
彼女はいつものように「本当に幸薄いよね」と笑い飛ばしてくれるが、このままの状態が続けば、愛想尽かされて捨てられるのも時間の問題。そんなプレッシャーを毎日のように感じながらの就職活動は、ストレス以外の何物でもない。
高卒の大学中退で26歳という中途半端な年齢、自分の意思とは関係なく会社の倒産や業績不振によるリストラを立て続けに経験し、履歴書上では職を転々として来た『不真面目な人材』というレッテルを貼られている彩斗を採用してくれるお優しい企業が簡単に見つかる筈もなく、無情にも時間だけが過ぎていった。
そんな連敗続きのある日、土木建築系の日雇いバイトをしていた彩斗が休憩時間に立ち寄ったコンビニで、求人誌を立ち読みしていた時のこと。
毎回読んでいる求人誌の中に紛れて、一冊だけ見慣れない求人誌を発見した。
「異世界求人ニーチュ?」
ニートと厨二を掛けたようなネーミングセンスのかけらも感じない求人誌は、厨二病患者限定の求人誌らしく、すべての求人が正規雇用のみを募集していた。
結婚を視野に入れて就職活動を行っていた彩斗にとって、正規雇用での採用が絶対条件。
正直言って、厨二病患者限定という胡散臭く、【異世界求人ニーチュ】とかいうダサい名前の付いた求人誌に載っている仕事なんて、たかが知れていると思いつつも、背に腹はかえられない状況だった彩斗は、とりあえず目を通してみる。
NO.1
職種:勇者
給与:完全歩合制 ※モンスター討伐一体につき、1万ギル
資格:経験者優遇 ※ソードスキルレベル5以上あれば尚良し
勤務地:ダンジョンにより異なる
休日:不定期
待遇:ダンジョンのレベルに応じて追加報酬有、危険手当有
賞与:ボス討伐で100万ギル
1ページ目から職種が勇者というのはどうなのだろうか。やはり、厨二病患者限定の求人誌なだけあって、こういう内容の求人がメインになるのかもしれない。
本来ならばこの時点で求人誌を閉じ、ちゃんとした職を探すというのが正しい判断だろうが、乗り掛かった舟という言葉もあるくらいだ。珍しい求人誌だし、最後まで目を通しても問題はないだろう。
最近では、プロのゲーマーとして生計を立てている人がいるということを知っていたこともあり、この求人誌にはその類の募集が掲載されているのだと彩斗なりに解釈していた。
元々、お金と時間さえあれば一日中家に引きこもってゲーム三昧の日々を送りたいと思っていたので、願ったり叶ったりの求人だ。
しかし、このページに記載されている募集要項に関しては不安要素がいくつかあった。
それは“経験者優遇”という点。
オンラインゲームで攻撃特化型のジョブを選択した際、戦闘時に何の考えもなしに特攻を試みるため、パーティーメンバーとの連携が上手くいかず、気がついたらパーティーメンバーから除名されている。結果、面白くなくなってログインしなくなるので、ソードスキルもレベル5以上に上げた試しがない。そのせいで勇者の経験が圧倒的に少ない。
仮に採用されて働くことになった場合の給与面はどうだろうか。
ギルという通貨の単位が日本円換算した場合の記載が一切されていない点が怪しすぎる。もし、1ギル=1円換算なのだとしたら申し分ないが、蓋を開けて見なければ分からないようでは安心できない。
この募集は不安要素以外にも“給与面”に不確定要素を含んでいるため却下。
NO.2
職種:傭兵
給与:時給3,000ガロン(日本円で300円) ※傭兵訓練中は時給1,000ガロン
資格:不要
勤務地:王宮
勤務時間:24時間
休日:なし ※睡眠、食事、入浴の時間は時給が発生しません。
待遇:なし
賞与:なし
特記:長期出来る方、歓迎
この募集は資格不要。運転免許以外、何の資格も持っていない彩斗にとって、かなり有り難い内容。だが、最低賃金に満たない時給にもかかわらず、24時間体制の休みなしで働けというのはあまりに過酷すぎる。これでは奴隷と同じだ。この条件で働くくらいだったら、普通にバイトをした方が稼げる。
労働基準的なことを踏まえても、完全にブラックな匂いしかしない。体力面を考えても長期的に働くことができないと判断し却下。
NO.3
職種:クレリック
給与:日給2万クロナ
勤務時間:防衛線の進行状況により異なる
休日:週休二日制
賞与:戦闘一回につき、10万クロナ ※入団時祝金20万クロナ支給(日本円等価)
資格:不問
特記:初心者大歓迎!
※一から学べるクレリックスキル!
※防衛戦において、回復役としてサポートをするお仕事です!
※短期も可能!
1クロナ=1円換算で日給2万クロナはかなり魅力的だ。資格も不要で初心者大歓迎はかなり難易度が低い。週休二日制というところも高ポイントだ。仕事内容も回復役としてサポートするだけならば、特攻癖も出ることはないし、パーティーメンバーに迷惑をかけることもない。
結納から挙式、披露宴までにかかる費用が約400万円。彼女をこれ以上待たせないように、短期間で資金を貯めるには最高の条件だ。他の求人にも目を通してみたが、この条件より良い募集は特に見当たらない。彩斗はこの求人に応募することにした。
しかし、ページには勤務先の住所はおろか、電話番号すら載っていない。せっかく良い仕事を見つけたというのに応募できないなら意味がない。
冷静になって考えてみれば、こんなふざけた求人雑誌があるはずがない。今になって気づいた自分に嫌悪感を抱きながらも、悪戯にしては手の込んだ悪戯を考える奴がいたものだと感心もしていた。
「ん? エントリー?」
少しは良い夢が見られたとページを閉じようとした時、ページの右下の角辺りに【Entry】と書かれたプッシュボタンが、ぷっくりと浮かび上がっていることに気づいた。
――ここを押せば良いのかな……。
物は試しと、【Entry】の文字を人差し指で押し込んだ。
すると、どういうカラクリなのかパラパラとページが捲れ始め、A~Zまでのアルファベット26文字が並んでいるページで止まった。
『エントリーを確認、キャラクター名を入力してください』
「し、喋った!?」
ただでさえ、勝手にページが捲れたことに驚いていたのに、まさかのボイス機能付き。もはや驚きを通り越して、そのハイテクな機能を搭載している求人雑誌に感動していた。
『キャラクター名を入力してください』
ページ上には【51、50、49】とカウントダウンが表示されている。『キャラクター名を入力してください』と、繰り返し流れるボイスに急かされた彩斗は、慌ててキャラクター名を記入しようとするが、突然のことで良い名前が浮かばない。
「そんな急かされたら、思い浮かばないって! ったく、面倒だしこれでいいか」
彩斗は【Ayato】と、自分の名前を入力した。
『キャラクター名【Ayato】は、既に他のユーザーが使用しています』
「そのパターンね」
こういったことはゲーム開始時には良くあることだ。人名や有名なキャラクター名なら大抵はじかれる。
刻々とカウントダウンが進んでいくが、他の名前が思いつかない。焦った彩斗が近くの本に目をやると【世界の偉大な英雄たち】というタイトルが目に入る。
特に英雄に興味があるわけではなかったが、こういう時は適当に開いたページに書かれている名前にするのが手っ取り早い。早速、その本を手に取りページを開いてみる。すると、無作為に開いたページには【長剣使いの英雄エルシド・ア・ドール】と、見慣れない英雄の名前が書かれていた。
「長剣使いの英雄ねえ。クレリックとは全然関係ないけど、一先ずこれで……」
時間の余裕がなかったこともあり、かなり適当に決めた名前を入力して確定ボタンを押した。
『キャラクター名、【Elcid】使用可能を確認。受付完了。これより面接会場へご案内致します』
「えっ?」
文字が消え、白紙になったページから女性のものであろう華奢な手が現れると、彩斗の腕を掴み有無も言わさず、雑誌の中に引きずり込んだ。何が起こったのか理解する間もなく、リクルートスーツを着た黒髪の女性に手を引かれるまま、真っ白い空間を進んでゆく。
今思えば、この瞬間が彩斗の――つまり、俺の人生が大きく変わった瞬間だった。