ハナコさん
いつものブタ酒場とは、だいぶ違う感じになってしまいました。
「いらっしゃいまし」
店のドアが、軽やかに開かれました。
「マスター、お久しぶり」
「お久しぶりです、ハナコさん」
ハナコさんは、歌手です。ブタで歌姫なので、ブタ姫と呼ばれています。代表曲は「養豚場エレジー」、「牧場の恋豚」、「プリンセスピッグ」などです。
……私も、ファンです。
ゴッド様は、化粧が濃いだの、リボンが年齢に合わないだのと言いたい放題ですが、ハナコさんのレコードは全部持っています。
「マスター、林檎のお酒を頂戴」
「かしこまりました」
この店のお客様は、いつも同じ酒を飲まれる方がほとんどです。しかし、ハナコさんは、いつも一杯目は違う酒を飲まれます。
「ブフゥ、おいしいわ」
「ありがとうございます」
「マスター、わたしが神聖肉食美食教会に拐われた時に助けてくれたの、マスターでしょ?」
「いいえ。ブタ違いですよ」
「嘘。みんな言ってるわ、マスターは伝説の豚だって」
ハナコさんには、血なまぐさい過去を知られたくないのです。
「それより、もう一杯いかがですか?」
「……ブフゥ。ま、いいわ。マスターのオススメを頂戴」
ハナコさんのために仕入れた酒を、ゆっくりと注ぎます。
「マスター。マスターも飲みましょ」
「……一杯だけ、頂きます」
いつもいらっしゃるゴッド様は、今夜はいらっしゃいませんでした。一度ドアが開きかけましたがね。
あの方は、我々ブタ族の幸せを守って下さる神様ですが、時々変に気を遣われます。
久しぶりに、お客様……ハナコさんと飲んだ酒は、とてもおいしく感じました。