タロウ
「いらっしゃいまし」
ドアは、開いていません。入って来たお客様は、タロウ様。ブタの幽霊でございます。
「マ〜ス〜タ〜。酒〜」 「かしこまりました。それと、タロウ様」
「何〜?」
「無理して幽霊らしさを出さないで下さい。『〜』をいちいち入れなくて結構ですよ」
タロウ様は、トンカツとして美味しく頂かれてしまった後、幽霊になったブタです。とても恐ろしい未練が出来てしまったのです。
「じゃあ、酒下さいよマスター。そして、アレ。アレが喰いたいなあ〜」
「『幽霊は、メシ食われへん』と以前おっしゃいませんでしたか?」
酒は、霊酒を飲めるのです。この店は用意していますが、無い店がほとんどでしょう。……幽霊のお客様が『酒下さいよ』と言う店も、あまり無いでしょうが。
「マスター、俺がアレを喰いたくて幽霊になったのは知ってるでしょ?」
「で、ですが材料もありませんし……」
ああ、恐ろしい。わたしの鼻から衝撃波を出す技も、幽霊には無効。
じーー。
タロウ様が、とても嫌な目でわたしを見ている。
「材料なら、あるじゃないですかマスター。ブヒヒ」
「タロウ様、なぜわたしを見ながらヨダレをたらしているんですか?」
「ブヒヒ、俺はねえ。トンカツが喰いたいんだよう!材料なら、マスターの肉があるだろう?!さあ!さあ!」
そう、タロウ様はニンゲンがトンカツを食べる姿を霊体の状態で見たのです。
ニンゲンが「美味しい美味しい」と言いながら、タロウ様の肉で作ったトンカツを食べるのを、見てしまったのです。
タロウ様は、トンカツが喰いたいという未練により、幽霊になってしまいました。
この日は、ゴッド様が店に来てくださったので助かりました。流石、ブタ族の神様です。ツケを帳消しにされましたが、命には代えられません。
「ぶふぃ!同族喰いは、許さん!あと、俺様の酒代のために、消えろ」
「ブヒャー!」
うん。神様の攻撃は、幽霊にも効きます。
……危なかった。
「ぶふぃ、マスターすまねぇ」
「え?」
「やつの未練は、強すぎる。神である俺ですら、しばらく消すのがせいぜいだ。つまり……タロウはまた来るぜ」
「ええ?」
ゴッド様に、御札を書いてもらいました。