忍者、出会う
この街に訪れて一か月が経過した。
一か月も過ごせば、多少なりとも交流が生まれる人もいる。宿屋の女将さんやバーグさん、ジンさん一行をはじめ、行きつけの屋台の兄ちゃん、薬屋のおばあちゃん、雑貨屋のお姉さんや他のギルド職員の方などなど。
迷宮都市の特性上、資源や仕事を求め多くの人が出入りしているため、排他的な雰囲気なども存在しない。検閲をしているから、ならず者たちが入ってくることも少ないので、街の中に居る人は安全という感覚もあるのだろう。身寄りもいないし養ってくれる人もおらず、よって引きこもることもできない俺にはありがたい街と言える。
図書館や人々のおかげで知識も増え、仕事もあり蓄えもできてきた。この世界でも生きていける手ごたえは感じている。
迷宮で働いた当日の夜、生きている充実感を感じながら、いつもと同じように街を出て迷宮に向かう途中。川のせせらぎや虫たちの鳴き声に紛れて、草叢が不意に蠢いた。普通なら風が吹いたと思うのだろうが、強化されてる俺の五感はそうじゃないと訴える。
「おい、そこで何してんだ」
声をかけると草叢の動きが大きくなったが、それ以上のアクションは起きなかったので、こちらから近づいていくと、草叢から影が飛び出し、俺に飛びかかってくる。
「ほい」
その影が伸ばしてきた腕を取り、背中から地へと投げ飛ばす。
「うぎっ」
「兄さん!」
草叢から隠れていたもう一人がたまらず声を上げた。月が二人の顔を照らしていく。二人はまだ幼く、今の俺と同じぐらいの年頃だ。だからこそ草叢に隠れようと思ったのだろう。兄という発言から兄妹なのだろう。両者ともに整った顔立ちをしており、なるほど兄妹だと思える程度には似通っていた。
「さっさと兄さんから離れろ! さも--」
「ほいほい、っと」
「--ない、と?」
言われたとおり兄と呼ばれた少年から手を離し、両手を挙げて離れていく。少女は肩すかしを食らったようで一瞬茫然としていたが、すぐさま兄の傍へ寄り強打した背中をさすっている。
動きが洗練されてないし、魔術がつかえても、この間合いなら魔術式を書いてる途中で潰せるため、さほど脅威には感じない。
「お前らなんで隠れてたんだよ。盗みでもしたのか?」
「誰がするか! 私たちは追われてるんだ!」
「やっぱりそうか。いかんぞ盗みは。やるならばれない様に音を立てず速やかに」
「違うと言ってるだろ! というか何のアドバイスだそれは!?」
「おいおい、追われてるのにそんな大声出したらいかんだろ。的を射たアドバイスだろ?」
「お前のせいだろうが!」
「冷静に冷静に。ビークールだ」
妹のほうが突っかかってくる。お茶目な冗談だというのに。
「落ち着くんだ。ベル」
その妹を兄が宥めていく。そこまで強く叩き付けなかったから再起も早かったな。
兄が俺のほうに視線を向けてくる。
「君に頼みがあるんだが」
「なんだ?」
「僕たちを助けてくれないか?」
「うん嫌だ、断る」
当然の即答に少したじろいでいる。
「な、何故だ?」
「いきなり殴りかかってきた奴に雇われるバカが、お前の知り合いに居るのか?」
だったらすぐに縁を切ったほうがいい。何かよからぬことを考えているかもしれないぞ。
「そ、それはすまない。少し焦っていたんだ。謝罪もするし謝礼も後日払わせていただく。だから頼む」
「追われてるのなら兵のとこにでも行けよ。迷宮のほうでも街のほうでも兵士はいるぞ。なんなら屯所に駆け込めばいい。場所なら知ってるから案内ぐらいはしてやるよ」
「それはできない。兵士は頼れないんだ」
「はぁ~? 頼れないって、お前らいったい何したのよ?」
兵士はこの世界では警察と同じ役目を持っている。そこを頼れないというのは何か悪事を働きましたと言ってるようなものだ。あまり関わるべきではないな。
「た、頼む! 僕たちにはもう頼れるものが居ないのだ」
「だからといって、無関係な少年Bたる俺を巻き込もうとするな」
そういって俺は溜め息を吐き、腰に差した剣の柄尻に手を置いた。それを見て少年はさらに一歩引き身構えたが、別にお前に対して威嚇したわけじゃない。もう手遅れだと気付いただけだ。
「あ、あんた後ろ--」
「分かってる」
「--から、って、え?」
さっきも同じようなやりとりをしたな、なんて思いつつ、俺の背後から迫る襲撃者のナイフによる刺突を半歩横に動くことで躱し、そこから腰の捻りと柄に置いた手で背を向けたまま、鞘をそいつの腹にねじ込んだ。
「ぐふぅっ」
柄に手を添えたまま振り返ると、呻き声を上げながら尚もこちらとする黒尽くめの襲撃者、というより暗殺者がいた。俺を睨み付けてはいるが、意識は俺じゃなくこの兄妹、いや兄の方に向いている。別のところに隠れている間から、ずっとこの二人が隠れている茂みに意識を飛ばしていたし、やっぱり狙いはそっちだったか。
「こいつに追われてんの? お前ら」
「う、うん。いや、あいつだけじゃなくて、ええと、その」
「そいつに追われていたのは確かだが、一人だけではなく、五、六人ほどの集団だった」
「なるほど、じゃあこいつらで全員か」
「え? なに言って……っ」
後ろから妹の息を飲む音が、そして周囲から茂みを掻き分ける音が聞こえた。素早く視線を巡らせると、先ほど襲い掛かってた奴同様、同じ武器に同じ姿をしていて個々の特徴を殺している。
合わせて六人の暗殺者が俺たちを囲っていた。
仲間が近づいてるのを気づき、自分の優位を確信したから襲われたって感じだな、俺。
「に、兄さん……」
「いいか、僕から離れるなベル」
「それだけじゃ足りんな。お前ら互いに抱きしめあえ」
「「え?」」
「いいから早く」
話している間にも動こうとしている暗殺者が居れば、その都度殺気を放って出鼻を挫き、場を膠着させた。
相手の気配に敏感という点では優秀だが、気配だけで足止めできる分だけ楽だ。それに暗殺者としては二流だな。目的が俺じゃなくこの兄妹、といより兄なんだから三、四人が命を捨てて俺の足止めをすれば、残った奴らが目標を達成できるというのに。それを理解できてるのは見たところ二人だけか。こいつらだけはギリ一流半だな。でもその程度じゃタコセンセーは殺せんな。当然、俺も。
「言われたとおりにしたぞ。ここからどうすれば?」
「よし! ちゃんとしがみついとけよ!」
俺は暗殺者全員に殺気を放ち硬直させ、全身の力という力を使い、強く抱き合ってる兄妹ごとお姫様のように持ち上げる。
「「え?」」
そして、その力の限りを込めて。
「だらっしゃああぁぁーーっ!!」
投げた。
「ええぇえぇーー!?」「うおぉおぉーー!?」
暗殺者の頭上を越えるように投げ上げられた二人は、この世界では味わえないだろう絶叫系の乗り物に乗ったような声を出していた。
その声に引かれるように、飛んでいく兄妹に視線を取られ立ち止まっているのが四人。視線を向けつつ兄妹に近づこうとしているのが一人。そしてそれを無視し、俺に剣を向けてくるのが一人。俺と兄妹の距離が開いたから、一流半の二人は兄妹の追跡と俺の足止めに役目を分けたらしい。好都合。
「うおおぉーーっ!」
俺、そして茫然としていた四人の意識を向けさせるべく、暗殺者らしからぬ大声を上げて俺に接近してくる。それに釣られて他の四人も遅ればせながら俺に近づく。
大声を上げた男が突いてくる。返す刀で切り伏せられることを前提とした踏み込み。俺に斬られて足止めし、目標を達成する気だろう。
だが悪いな。その覚悟を、勢いを、利用させてもらうぞ。
突いてきた剣を潜り、伸ばした腕と襟ぐりを掴み、沈めた体を起こすと同時に相手を持ち上げ、力強く投げ飛ばす。
「ぐおっ」
柔道でいうところの一本背負い。異なるのは相手を地に叩き付けるのではなく、遠くに投げ飛ばす点。方向を僅かに修正し、逆方向から兄妹を追っていた暗殺者にぶつける。これであの兄妹は問題なし。
その間に四人が近づいてきた。横薙ぎの剣を躱し、飛び蹴りで顔面を潰す。それを足場に宙を舞い、抜刀。近づいてきた二人の首を切り捨てた。着地したところを狙おうとした最後の一人の顔に、黒く染まったナイフが突き刺さる。ディークさんのところで買い求めた量産品のナイフを黒く染めたものだ。十本セットで安く頂けました。
ナイフを引き抜き、残りの二人に近づいていく。吹き飛ばされた衝撃で動けなくなってた二人の首を跳ね飛ばす。
これでいったん落ち着いたかな。遺体の処理は後回しで、とりあえず兄妹を回収してちゃんと事情を聞きだすか。なし崩しに巻き込まれてしまったからな。もう無関係者ですとは通じない可能性あるしな。暗殺者を駆り出されるとか、何者だよあの二人。
結構遠くまで投げ飛ばしてしまったが、大丈夫かなあの二人。一応川の方に狙いをつけて投げ飛ばしたけど。まあ最悪死んでたときは、暗殺者の近くに死体置いとこう。頑張って相討ちに持ち込みましたって図の完成だな。
「げほっ、げほっ。は、鼻に水が」
川に近づくと子供特有の高い声が聞こえてきた。
「おっ、生きてたか。いやー良かった良かった」
「なにが良いのよ! なにが!」
「君らは生きてる。俺も生きてる。これ以上良い結果はないと思うけど?」
「事前に伝えることはできないことは分かっているが、いきなり投げ飛ばされたこちらの身にもなって欲しいものだがな」
兄妹は川の水でずぶ濡れだったが、幸いにも外傷はないようだし、何の問題もないと言ってもいいんだがな。文句の多い兄妹だこと。
「そういえば、あの暗殺者たちは? どうしたのよ?」
「あそこで野宿してる。どうやって処理をしようか考え中」
「処理って……うぇっ」
暗殺者の死体に近づくと、妹の方が口元を押さえた。普通の子供には刺激が強すぎたか。それでも兄の方は顔を青ざめ手を震えさせながらも、逸らすでもなく直視して受け止めていた。
「僕が君に頼んだから、彼らはこうなったのか」
視線を固定したまま、兄は口を開いた。
「んー、そうとは言えんがね。依頼を了承していたわけではなかったし、襲い掛かってきたのはこいつらが先だ。それにもし俺が居なかったり、万が一負けたりしてたら、こうなってたのはお前らの方なんだから、気に病む必要はないとは思うが?」
結局殺しているのは俺だし。
「そ、そいつの言うとおりだよ兄さん。こいつらは私たちを殺そうとしたんだよ」
「そうかもしれないが、この状況を招いたのは間違いなくこの僕だ。ならば僕は彼らの死を受け止めなければならないし、君が彼らを殺した責は、僕が背負わなければならない」
……背負う、か。
前世の俺が死ぬまで出来なかったものを、こいつには出来るっていうのか。
青ざめてるくせに、震えているくせに。
自分を殺そうとした奴のことなんて忘れても、誰も文句言わないってのに。
まだ子供のこいつは、自分の足で、意思で歩いているっていうのか。
「分かった。お前がこいつらの死を受け止めるというのは構わない。だが殺した責任まで背負われるのは困る。それは間違いなく俺のものだ。誰にもやらねぇ」
それはなんか悔しいし、かっこ悪いから、言ってやる。これは俺が背負うもんだと。お前が背負うべきものじゃないと。
二人は何か驚いたような顔をしていたが、少しすると笑みをこぼした。
「そうか、じゃあ貰うわけにはいかんな……ありがとう」
「礼を言う必要はねえぞ。所有権を主張しただけだからな」
「ああ、分かったよ」
「あんた、ちょっと変な奴ね」
「そうか? まあ常識知らずだからな、俺」
「そういうことじゃないと思うんだけどね」
--そんな感じで、満喫しているとも拍子抜けしているともいえる異世界生活を送っていた最中、俺はこいつらに出会った。
「それで、この、死体、は、どうするの?」
「そうだな。川に流すか、土に埋めるか。もしくは火で焼くってのもあるけどな」
「その前に聞きたいのだが、君はこの後も僕らに付き合ってくれるのか?」
「まあな。乗りかかった船だしな」
「そうか。ならば、このまま放置しよう」
「は?」「え?」
いやいやいや、今こいつらの死を受け止めるとか言ってたじゃん。なんなのそれ?
「申し訳ないとは思うが、それらについても受け止めるから許してほしいとも思っている」
「あの、兄さん、なぜ放置しようと?」
「軍部を掌握していようとも、あまり大々的に兵力を揮うことができない向こう側が、僕たちを仕留めるために雇った暗殺者を、逆に仕留める戦力がこちらにあるということを示すためだ。そうなると向こうは下手な戦力を送り込むこともなくなるだろうから、その分だけこちらに余裕が生まれるはずだ」
「お、おおぅ」
なるほどね、示威行為として死体を晒すわけか。いかにも暗殺者って感じの様相だから、その軍部からそのことは必ず伝わるだろう。こちらの戦力は俺だけだが、向こうからしたらどれだけ戦力があるかわからないわけだし。こちらを把握していない限り下手なことはされないってことか。
なかなか理に適ってるんじゃないか。ある種の晒し首だ。
「そういうことなら、放置していくか。迷宮にはいけないし、とりあえず街に行くか?」
「こんな時間だけど、街に行っても大丈夫なのかな?」
「最悪、最悪の宿屋があるから、最悪大丈夫だろ」
「最悪が三つも付くような宿なのか。少し、いやかなり不安なのだが」
そういって街へと案内していく。
そうだ、まず聞いとかなきゃいけないことがあった。
「なぁ。なんでお前ら、っつーか兄貴の方か。狙われてんの?」
「ふむ、そうだな。船に乗せてしまったし、見せる必要があるな」
そう言って俺にステータスを見せてきた。夜であってもはっきり読めるんだなステータス。
えーとなになに?
※※※※※※※※※※
名:リューク・アクロイド
種:人
歳:10
出身:ウデン
固有職:王位継承権保有者(2)
※※※※※※※※※※
Oh,no.
王位継承権保有者とか、マジですか?