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忍者、異世界に行く  作者: 和尚
忍者、出会う
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忍者、落ち込む

 目を覚ましたとき、部屋の中はまだほの暗かった。腹の空き具合からして、早朝五時といったところだろう。

 一階に下りてタライを借りて共用の井戸から汲み上げた水を注ぎ、持ってきていた綺麗な布を湿らせて体全体を拭く。拭き終わったらその布と昨日着ていた服をタライの中に入れ洗濯をする。その後きつく絞り庭に干させてもらう。外に干すと盗まれる可能性があるため普通はしないらしいが、宿屋の息子さん(八歳)の物かもしれない子供服を盗るやつはいないだろう。

 すでに起きていた宿屋の女将さんに頼んでいた朝食をいただくと、仕事のため兵士の屯所に向かう。

 異世界初労働だ。気張りますか。

 


 迷宮。

 その定義は、通常より豊富に魔力が満ちている場所を指す。

 では魔力とはいったい何だろうか?

「魔力っていうのは、生物の意思に沿ってあらゆる現象を引き起こすための素材であり、燃料に当たるわ」

 そういって俺の疑問に答えてくれたのは、今回一緒に迷宮に潜ることになった魔術師のユナだ。兵士四人が基本パーティとして構成されていて、ほかに戦士のジェロームと狩人のアラン、戦士の特化(ジョブ)である槍術家のジントレール、通称ジンさんがいる。兵士という定職についてるためか全員二十歳は超えていて、その中でもジンさんは四十代半ばらしい。

 今回俺たちが来ている場所は『フィルスの森』と呼ばれる迷宮だ。森を囲むように5m程の高さの壁を築いており、簡単には迷宮に入れないようになっている。ちなみにフィルスとはこの壁を作った当時のお偉いさんの名前らしい。


 ユナの話を詳しく聞くと、魔力は生物なら大半が所有している魔臓という臓器から生成されている。魔臓は生成器官だけでなく、体全体に魔力を送る心臓のような働きもしているとのこと。

 言われたとおり右胸をおさえると、心臓とは別の拍動を感じた。これが魔臓が動いている証明らしい。魔臓は心臓とは反対に位置しているようだ。こちらでは完全に左胸に位置しているが、元の世界の心臓はほぼ中央に位置している。これマメな。

「その魔力を用いて魔術式を作成し、その式に魔力を通すことにより、世界に魔術という現象を引き起こすのよ。こんな風にね」

 ユナが右手を挙げて指を突き出すと、その先端から紫の靄のようなものが伸びて文字列を作っていく。これが魔術式なのだろう。

 書き込みが終わると同時に、魔術式が頭のほうから消えていく。それが完全に消えるとユナの指先には水が現れ、完璧な球を形成した。ユナが近くの木に指先を向けると、水の玉が加速して木にぶつかり木の一部がささくれていた。球の速さは盗賊が使ったのと一緒といったところか。

「空気中の魔力が薄いせいで、外に出した魔力は拡散しやすいの。だから式は作成だけではなく維持にも魔力を割かなければならないわ。だから魔術師には簡潔かつ迅速に式を作る能力が求められるというわけ。はい、今までわからなかったことや疑問に思ったことはない? 質問はどんどん受け付けるわよ」

 ユナは教えたがりというか、先生とか委員長向きの気質なのかな。

 口を開く前に斥候のアランがこちらを振り向き、ッシっと警告音を出してきた。

「おしゃべり中止。東北方向から魔物。準備して」

「数はなんぼじゃ思う?」

「足音から判断すると、二匹は確定」

「ならお前らだけで対処せえ。指揮はジェロームに任せるぞ」

「はっ、お任せください。ユナは魔法の準備。アランは弓で援護を頼む。エイナはジンさんの傍から離れるなよ」

「は~い」

「了解」

「わかりました。皆さん気を付けてください」

 足音は間違いなく二匹だが、僅かながら空気を裂く音が聞こえる。もう一匹空を飛んでいる魔物が居るな。指示通り下がったところで、この世界の兵士のお手並み、拝見させていただきましょうか。


 視線の先にはちょっとした林があり、その木々の間から魔物が現れた。フォルムは体高四十cmの犬と同じような四足歩行。ただ目に当たる部位にも口があり、牙をのぞかせている。

 そのうち一匹に向けて水の玉が発射された。ユナが魔術を放ったのだ。犬の魔物は大きく飛び跳ねその攻撃をかわした。

 その着地点、そこを予測してアランが正確に弓を放つ。その一矢は魔物の体に突き刺さったが、筋肉で止められたせいか、深くは入り込まなかった。

 しかしそれで十分に二匹の距離は開いた。ユナに向かって走りこんでいた残りの一匹を、ジェロームが持っていた盾で吹き飛ばす。

 体勢を崩したその魔物に近寄りジェロームが剣を振り下ろした。筋肉が薄い首筋を一閃。切り離された頭が地面を転がった。

 仲間がやられたのを見て逃げようとした魔物だったが、頭が銃に撃たれたように弾け飛ぶ。ユナの水の玉が撃ち抜いたのだ。

 そのユナに上空から近づく影がある。接近に気づいていたアランが影に向かって矢を放つ。矢は影を貫き木に貼り付けにされた。



 見事な連携、と言っていいかもな。

 ジェロームの剣とユナの魔術、その戦闘力は確かなものだった。アランとしても魔物の接近を知らせ、斥候として充分な仕事を果たしている。空を飛ぶ魔物にも最終的には気づいていたし。

 戦闘にも慣れているようで、談笑しながら反省会をしているところを見ると、まだまだ余裕がありそうだな。


「みなさん、凄いですね。あっさり倒しちゃいました」

「そりゃそうよ坊主。あいつらも伊達に兵士してねぇかんな。まだまだ鍛える余地はあるけどよ」

 それはわかる。ジェロームがシールドバッシュをした時に剣で首を落とすこともできるだろうし、アランは最初、飛行した魔物の接敵に気づけなかったのは問題だな。警報機なら敵を漏らさず報告する必要がある。魔術に関しては殆ど知らんから何とも言えないが、ベテランのジンさんから見たら改善の余地が見受けられるのだろう。

 まあそんなことより先に仕事だな。とりあえず魔物の死体を回収しなきゃな。


「お待たせしました。魔物の回収終わりました」

「大丈夫エイナ君? 重くない?」

「ええ。まだ全然余裕ですよ」

「ほう、やるのう坊主」

「エイナ、力持ち」

「子供と言えど、やはり獣人なだけありますね」

 などなど様々なお言葉を頂いた。

 実際この身体のポテンシャルは相当なものだ。碌な訓練をしたわけでもないのに、前世の身体に匹敵する身体能力。前世と同様に鍛えたら鍛えたらどれほどのものになるのだろうか?

 そして元の世界にはなかったもの、魔術という存在も大変興味深い。是非とも修得したい。

 そうすれば俺にもアレが……そう『忍術』が使える!


 何を隠そう、俺は子供のころから『忍術』に憧れていた。

 いや勿論前の世界に忍術と呼ばれるものがなかったわけではない。だがそれは名前だけで、その内容は周囲の環境を使った隠形や環境利用闘法、梶原柳〇流でお馴染みの心理術などといった実用的ながら少々、いやかなり地味なものだ。間違っても地を割ったり水を吹きだしたり炎を生み出すという派手なものではない。断じてない!

 まあ忍者が派手なものを使う必要はないし、地味ながら効果的なものだというのも分かる。地を割るのは難しいが、火も水も放射器で十分であるというのも理解できる。

 だが、俺の少年の時の心情も同時に理解してもらいたい。

 一般常識の勉強として大人たちはテレビや本、ゲームやマンガなども子供たちに与えていた。そう、ゲームやマンガを、である。

 それらのなかでは、忍者は『忍術』を使っている。忍ぶという行為に真っ向から喧嘩を売ったような派手な技だったが、幼い俺には憧れてやまないものだった。

 だってそうだろう? 俺は忍者として育てられてきて、作中の忍者が当然のように『忍術』を使っていたのだから。

 ヤサイの人が龍玉を読んだ場合、自分はスーパーな人になれると思ってしまうはずだ。そこまではいかなくとも手から波的な何かを出すことはできると思うはず。俺なら間違いなくそう思う。

 なのに、実はそれらはフィクションなので君にはできません、と言われてみろ。そのショックは一入ってもんだ。それと同じ気持ちを味わったんだ。言われたときの記憶は未だ残っている。

 その時の記憶のせいだろうか、忍術を身に付けた後にも未だ『忍術』には未練が残っていた。死んでも残っていたのには正直驚きだが。

 しかし、死んでから来たこの世界で『忍術』が使えるかもしれないとは、人生何が起こるか分からない

とはこのことか。

 だから俺は是非とも、いや絶対に魔術を修得する。そして念願の『忍術』を使うのだ!


「エイナ君大丈夫? やっぱり重かった?」

「あ、いえ、大丈夫です。ちょっと魔術について聞きたいことを考えていまして」

 やばいやばい、ちょっと自己の世界に埋没していた。ちょっと反省。よし終了。

「勉強熱心で大変よろしい。質問に答えてあげましょう」

 先生とでも呼んでやろうか。うん、どうでもいいな。

「先ほど空気中の魔力が少ないと仰っていましたが、それは迷宮中でも変わりないのですか? 迷宮は魔力を生み出す場所と聞いていたのですが」

「うんうん、いい質問ね。確かに外に比べれば迷宮内の空気中の魔力量は濃いけども、それでも活用できるほどではないのよ。せいぜいが体内に取り込む魔力量が僅かに増える程度よ。まあこの恩恵だけでも相当なものだけどね。外よりマシと言っても、やっぱり魔力の拡散は防げないの」

「じゃあ、迷宮で生み出される魔力はどこに?」

「鉱物なんかの資源中。魔導具作りに重要」

「ちょっとアラン! 横から口挟まないでよ。あなたは偵察をしとけばいいの」

「視界良好。やることない。だから暇」

 たしかに視界が広いため見落とすことはないかもしれないが、地中から接敵する可能性があるんだから耳の方に集中しろよ。気配はないからいいけど職務怠慢だぞ。

「先に言われちゃったけど、残りの魔力は鉱物に含まれているわ。魔力を蓄えた鉱物なんかは魔術式を書き込むのに使われているの。書き込まれたものは魔導具って呼ばれてる。勿論それでも魔術を生み出すことができるけど、当然魔力を通さないと発現しないし、魔力を含んでいるといっても元はただの物だから、普通のより魔力の通りが悪いせいで、その分だけ余計に魔力を使っちゃうのよ」

「へぇ。便利なものですね」

 ほうほう、つまり迷宮から発掘したものを使えば、巻物や札も作れるというわけか。

 いいねぇいいねぇ! 俺が憧れたあれやこれも作り放題だぜ!


「エイナ、ニヤニヤしてる。大丈夫?」

「あ、すいません。問題ないですよ」

 いかんいかん、顔に出ていたか。異世界に来たからといって少し浮かれすぎたな。喝。

「あ、でも何故迷宮では魔力が豊富なのですか?」

「うーん、実はそれがまだ判明してないのよ。魔力が流されて溜まった結果できたものか、たくさんの魔物から出される魔力によって迷宮が作られているのか、はたまた迷宮そのものが実は巨大な魔物で、そこから魔力が滲み出ているのか。結論は未だでてないわけ」

「まだ分かってないんですね。興味深いですね」

「エイナ、調べてみる?」

「いえいえ、そこまでやるつもりはありませんよ」

 今最も興味を惹かれている事柄はそれではない。ないんだよアラン。


「ユナさん、ちょっとお願いがあるんですが!」

「う、うん? 何かな? 出来ることならしてあげるよ」

 しまった、勢い余りまくってしまったか。だが仕方あるまい。長年の俺の夢を今叶えようとしているのだからな。

 そう、今俺が最も惹かれているのはな……

「じゃあ、僕に魔術を教えてください!」

 魔術! そしていずれは忍術をこの手に!

「あー、だからさっきから熱心に聞いてたんだね。そうねぇ、教えてはあげたいんだけど……」

 なんだ? やけに歯切れが悪いじゃないか。一体どうしたと--

「--エイナ、多分それ無理」

「--そりゃ無理な相談だろ坊主」

「--それは少し厳しいと思うぞ」

 話に加わってなかったジェロームやジンさんも含んだ三者同時のツッコミを食らった。

 え? いや、ちょっと待って。何でそんな否定的なの? やってみなきゃ分からないでしょ。

「あのね、エイナ君。君は獣人だよね。楽しみにしてたところすっごく言いにくいんだけど、獣人は、その、魔術に向いてないって言うか、体を動かす方が向いているっていうか……」

「獣人、魔術、使えない」

 ……パードゥン?

「それは少々言い過ぎだが、獣人は体力面に優れているのが、魔力に乏しい。魔術を使うのが難しいほどにな」

「お前初めて(ジョブ)変更したときに、魔術師っつー(ジョブ)が出なかっただろ? それはつまり適性がねぇってことだ。訓練か体質かは知らんが、どっかの部族の獣人は魔術も使えるらしいな。だが坊主はそこの出身じゃねえんだろ?」

 ま、待ってよ。それじゃあ魔術は? 忍術は?

「いや、でも魔術は使えなくても知識があれば魔導具を作る魔導師にはなれるから魔術の勉強は決して無駄にはならないわ安心してエイナ君!」

 慰めてくれているのだろう。かなりの早口になっているが。

 そ、そうだよな。忍術が使えなくても忍具使いのスペシャリストになればいいんだ。

 ふう、魔術が使えないからって動揺しすぎ……ちょっと待てよ? 

「あの、俺、魔力が少ないから使えないんですよね?」

「そ、そうよ。レベルが上がっても使える人は少ないと聞くわ。でも獣人は器用だから魔導師になる人も少なくないのよ」

「でも、魔導具は使うのに魔術より多く魔力を使うんですよね? ということは、俺には、魔導具すら、使えないんじゃ、ない、ですか?」

「そ……そうね」

 目を逸らしながら、ユナはそう呟いた。

「そうかぁ。使えないんだ、魔術も、魔導具も」

 は、ははっ。……さらば俺の忍術。




 

 その後も仕事は続いたが、魔術が使えない事実が終始メソメソしていたら、ジンさんに叱られた。

 ちくしょう。

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