忍者、就活する
説明回です。
日が赤く染まったころ、カレスの街に到着した。
街は3メートル程の高さの壁に囲まれていて、門の前には検閲のための列が作られていたため、素直に最後尾に並ぶ。
壁を乗り越えてやり過ごすことも出来たが、日の入り前ということもあってか列に並んでいる人も少なかったので、一度この世界の検査というものを受けることにした。
検閲自体はステータスで名前と年齢、職を表示し簡単な質問に答えさえすればよかった。正直子供一人で通過できるのかと心配したが杞憂だったが、この世界には年齢が二桁になると一人前と認められて旅立たせる部族などもあるらしく、さほど問題とはならずに済んだ。
むしろ問題となったのは年齢ではなく職の方である。俺の職が『学徒』であったことを知らせると大変驚かれてしまい、俺の年齢なら他の職に就くことができるのだから変えなさい、と白髪が目立ってきている衛兵の方に叱られてしまった。
そんなこんなで少々のトラブルはあったものの、無事に街のなかに入ることが出来たとさ。
木材が豊富なのか、街の中には木造建築の家屋が多く、高層建てが殆どなのは壁に囲まれていて面積が限られているからだろう。
それらの家々の間は紐で繋がれており、そこに吊るされた洗濯物が夕日を受け止めて赤く染まっている。
大通りには屋台が多く開かれていて、そこから食欲をくすぐる匂いが漂ってきて、腹を空かした人々を捕まえていく。仕事帰りのおっさんだけでなく遊び疲れた子供たちが気軽に買っていくところをみると、値段もお手頃なのだろう。無論回りの家からも夕飯の香りが届いてきており、空腹感を一層強くしている。俺も近くの屋台に入り軽く腹ごしらえをした。
購入した何かの串焼きをいただきながら、目的地に向かって人の波の隙間を縫うように進んでいく。先ほど年配の衛兵に聞いた通りの道を歩むとそれが見えてきた。看板を見て再度確認したあと、その建物へと入っていく。
さて、突然だが人が生きるために必要なものとは何か、と聞かれればなんと答えるだろうか? それ即ち衣食住である、と俺なら言うだろう。
ではその衣食住を揃えるために必要なものとは? そう聞かれたら大半の人はこう答えるのではないだろうか。それ即ちお金である、と。
そう、お金、銭、金子、先立つもの。呼び方の多さはそれの必要性を示している。
ゆえに今、俺はここに来ているのだ。
「エイナさんは現在、見聞を広めるため旅をしている、と」
「はい、幸い僕の部族では年齢が十になると一人前と認められるため、それを機に様々な場所を巡って経験を積もうと思っています」
先ほど衛兵の爺さんから聞いたものを使わせていただきました。ありがとう爺さん。
「なるほど、素晴らしいお考えですね。旅はどのような感じで?」
「人の縁にも恵まれまして、戦い方や料理、裁縫、算術などを身に付けることができました」
当然これらは前世(?)で身に付けたもので、この世界とは全く関係ありません。忍びの嗜みの一つだろう。
「ほう、算術までも……。それは随分と努力なされました。一人旅などなされていますし失礼ながら、かなりしっかりされたお方ですね。私の息子はそろそろ二十になるのですが、未だフラフラしていまして、エイナさんを見習わせたいものです」
受付のおっさんがそういって微笑む。頭を見ると苦労しているのがはっきりわかる。詳しくは言うまい。
俺が現在居るのは、衛兵の爺さんに勧められた場所、『ギルド』である。異世界ものならほぼ百パー存在している、と言っても過言じゃないあの『ギルド』である。しかしこちらの世界のギルドは俺が想像しているものとはかなり違う。前世(?)のもので例えると、ハローワークが一番合致しているだろう。こちらのギルドというのは町人や旅の人に仕事を紹介する斡旋所なのだ。街単位の行政が設立しているものなので、世界レベルのギルドや冒険者組合なんてものもなく、二つ隣の街のギルドとなると関わりがほぼなくなる。共通点も殆どない。お決まりの冒険者や探索者などという奴らも存在していない。迷宮はあるらしいがな。
そして先ほども言ったがこちらではギルド=ハロワである。ここまで言えば俺が何しにここに来たかがわかるだろう。
金を得るには働かなければならない。仕事がなければ働けない。つまり仕事を得るということは金を得るということだ。社会人なら知っている三段論法だ(俺が勝手に作ったものなので、あしからず)。
しかし仕事がないと金が手に入らないのは純然たる事実。今すぐ金がなくなるわけではない。盗賊のオッサンたちは現金を持ち歩く主義だったらしく、大金貨二枚、金貨五枚、大銀貨八枚、銀貨十七枚、銅貨三十八枚の、計259,738イルでござい。馬車には金目のものは宝石しかなく、足がつく可能性があったため、食糧のみ頂いていた。
しばらくは凌げるかもしれないが、何時かは底をつく。余裕があるうちに仕事を探して資金を貯めておこう。使うときはとことん使ってしまうものだからな。
というわけで、ギルドで働き口を探しているのだ。
ちなみにエイナというのは、俺の前世(もう前世ということにしとこう)の名前をもじってつけた名前である。語呂が悪いとか言うなよ。
「そうですね。エイナさんは獣人ということで力もあるでしょうから、それらを加味するとお勧めできるのは、森林の木材の運搬、商家の荷卸し、農作業の手伝い、あまりおすすめできないのですが迷宮内での物資回収、商隊の護衛、下水でのドブさらいなどもありま--」
「あー、すいませんちょっといいですか。先ほど迷宮のお仕事がある、と言いましたか? 迷宮には兵士の方しか入れないと聞いていたのですが」
迷宮はあるにはあるが、そのほとんどは国で管理しており国軍兵士ぐらいしか入れないようになっているらしい。パンピー共が勝手に入れないようになっているため、冒険者などの仕事が一般的ではないのだ。
「はい、仰るように、基本的に迷宮は国の管理下にあります。迷宮は兵士の訓練場として使われているためです。その訓練の最中に出てくる魔物の遺体などは重要な物資ともなるのですが、小隊規模の場合回収していたら本来の目的が果たせなくなります」
「なるほど。つまりその部隊にくっついて、それらを回収するのが仕事になるのですね」
「その通りです」
納得した。大規模な訓練であれば兵站・輜重などを扱う部隊が回収すればいいが、小規模ならかさばってしまうのだろう。だからといって捨てるのは勿体ないから、外部から人を招き入れているのか。
迷宮には入ってみたかったからな。ちょうどいいや
「では、迷宮での物資回収の仕事でお願いします」
「大丈夫ですか? 戦闘などは兵士の方がやってくれますが、迷宮に居る以上もしかしたら巻き込まれるかもしれませんが」
「はい。問題ありません」
「……かしこまりました。ではその様に手続きさせていただきます。明日の朝、三の鐘が鳴る前に兵士の駐屯所の方を訪ねてください。場所は街の北の方になります」
「ありがとうございます。それともう一つ」
爺さんがここを紹介してくれたのは、何も仕事を見つけるためではない。ある意味同じなといえるかもしれないが。
「職の変更をお願いします」
どこのギルドに行っても、これだけは絶対に存在するものがある。
それが職変更器、通称『変更盤』と呼ばれるものである。
これは国がギルドに貸与している物で、他にあるとしたら領主の館やら王宮くらいなものだろう。そのため人里離れた部族の者であっても一回はギルドを訪れるとのこと。実際、春ごろは地方からギルドを訪ねる親子連れが多いらしい。今は秋だからそこまでではないとのこと。
「お待たせしました」
奥に入っていった受付さんが戻ってきた。その手に握られている板みたいなものが変更盤だろう。
「職の変更には100,000イル、大金貨一枚掛かりますがよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
意外と高くね? 子供の職変更とか親御さん大変だろ。足元見やがって。暴利だ暴利。
板を俺の目の前に置いて、そしてしばらく見つめあう。説明は?
「これは一体どう使えばいいのですか?」
仕方がないのでこちらから切り出すことにした。
「え? こちらの部分に指をつけて頂ければよいのですが」
何でそんなキョトンとした顔しているんだよ。
まあいい。言われたとおりの場所に指を乗せる。すると
※※※※※※※※※※
現在の職:学徒(3)
転職可能職:戦士・狩人・商人・農民・傭兵
※※※※※※※※※※
という内容が板の上に表示されていた。想像していたより少ないな。五つって。
「え!?」
目の前のおっちゃんも驚いている。やっぱり少ないのか?
「驚いておられますが、転職可能なものが五つというのは少ないのですか?」
「い、いえ。獣人の基本職はその五つとなりますので、多い少ないということではございません」
そうか。じゃあ何で驚いたんだこの〇ゲは
「し、失礼しました。学徒とは思っておらず、つい」
あ、そこですかホントすみません。
「一人旅と聞いていましたが、その、色々と、大丈夫だったのですか?」
気使わせてすいません。ハ〇とかいってマジごめんなさい。
「心配には及びません。自分は獣人ですから」
「は、はぁ」
ここでは獣人のゴリ押しで通させてもらおう。衛兵の人たちにも驚かれていたのを忘れていたしな。
でもまぁ、これでさっきまでの反応に納得がいった。まさか向こうも一人旅をしておいて、職が学徒とは思っていなかったんだろう。一度は利用したことがあると考えたから、説明もしなかったんだ。少し考えれば気づきそうなものだったのに、ちょっと浮かれてたかな。
まあいい。気を取り直して質問していくか。
「戦士と傭兵と職がありますが、これらの違いというのはなんですか?
「傭兵はレベルによる恩恵が戦士より高いです。低レベル帯なら差は僅かですが、高くなるほどその差は顕著になります。レベルの上昇も戦士より早いため、すぐに強くなりたい方などはこちらを選ばれます。
ですが傭兵には特化職がないため、いくらレベルを上げても傭兵止まりとなってしまいます。戦士の場合は個人差はあれど、レベルを上げていけば特化職への道が開け、より強い職に就くことができます」
ふむ。手っ取り早く強くなりたいなら傭兵。時間をかけてもいいなら戦士。って感じか。
「他の職にも特化職が?」
「ございます。狩人なら斥候、農民なら酪農家、商人なら鍛冶屋などがございます」
傭兵は先細りっぽいし、俺の固有職のことも考えると……。
よし、決めたぞ!
「狩人にしようと思います」
「では、その様に念じてください」
言われた通り、狩人になる、と念を込めると。
※※※※※※※※※※
現在の職:狩人(1)
転職可能職:戦士・商人・農民・傭兵
※※※※※※※※※※
と変化した。学徒には戻れないのね。
こういうののお決まりなのは、最初の職を鍛えればめちゃ強い職に就けるというものなんだがな。
「はい、変更が完了しました。お疲れ様です。大金貨一枚と申し上げましたが、初回変更手続きでしたので、銀貨一枚となります。申し訳ありません」
めちゃ良心価格じゃねぇか。いやもうホントにすみませんでした。
「朝と夜にご飯つきで一泊5,000イル、大銀貨五枚になるよ」
ここはバークさん--ギルドの受付のおっちゃん--が、大金貨一枚払える余裕があるならと紹介してくれた宿だ。この街に三つある宿屋のうち、庶民向けで飯が美味いらしい。
「十泊するからさ、割引きとかしてくれない?」
「ほう、生意気なガキが来たもんだね。ここが嫌なら別の所に行けばいいじゃないか。そこならここよりだいぶ安いよ。馬とも一緒に寝れるしね」
残りの二つの宿屋のうち、一つは貴族などの富裕層向け。もう一つはメシマズボロ宿マル貧御用達だ。寝床はほぼ馬小屋と言っていいぐらいの。
「頼むよ~。即金で払うからさ~」
「ほう、何もせずに値切ろうとは思ってないようだね。そこまで言うならいいだろう。十泊するなら48,000イルで勘弁してあげる。ただし即金だよ」
ちっ。このババア商売人だな。子供の外見に惑わされてねぇ。これ以上粘ったら無駄そうだな。
「わかりました。48,000ですね」
「ああ、あと馬の世話と餌の代金として2,000イルだね」
鬼か。
「わーったよ! ほら大金貨だお釣り寄越せよこの野郎!」
「毎度ありがとうございます。こちらがお釣りの金貨五枚と部屋の鍵になります。お部屋は四階の突当りにございます。夕飯はお食べになりましたか?」
言葉使いまで変えやがった。
ババアの旦那さんが作った料理を受け取って席につく。献立はパンが二つにサラダとスープ、メインはフィルティッシュのソテーというものだった。
一階は宿の受付だけではなく食堂も兼ねており、外からの客も来ているようだ。かなり繁盛しているようで、テーブルを相席させてもらった。
食事を頂いたが、これは確かにうまい。パンは柔らかく、シャキシャキな野菜に掛かっているドレッシングはピリ辛で食欲を強める。スープも出汁がよく取れている。サラダとは別に、山盛りの千切りキャベツが炒められたものがあるが、これがフィルティッシュのソテーというものだ。フィルティッシュというのは、見た目に反して味は鶏肉に近く、歯ごたえも野菜ではなくスジ肉といったものだった。香辛料は軽く使われているのみだが、それが食材の旨みを引き出している。
食事をしながらも、周囲の音に耳を傾ける。世間話というのも馬鹿にはならないからな。決して話し相手がいないからというわけではない。決して。
『がけ崩れが起きちゃって向こう側に行けなくなっちまったよ』『山道には山賊が出るしな。じっとするしかねぇべ』『最近ヒカの国が傭兵を沢山集めているらしいな』『戦争でもおっぱじめようってのか? そっちのほうが稼げそうだし俺たちも行くか?』『テンスイの方で魔物が凄い暴れてるらしいわ。また魔王が現れたんじゃないかって』『十年くらいまえに勇者様が斃したばかりだろ。いくらなんでも早すぎるって』『王都の方ではソート将軍が投獄されたってフェイラさんが言ってたぜ』『王様もなんかやばいらしいし、政争にでも巻き込まれたのかも』『今年は麦も米も豊作らしいな『ねぇ、あそこに座っている男の子。よくない?』『ホント可愛らしいわぁ。食べちゃいたい』などという声が聞こえてきた。
どうやらこの国の情勢はやばそうだな。王位継承争いなぞ亀裂と遺恨しか生まないぞ。っつか魔王とかもいるんだな。すっごいファンタジー。そして最後のオカマコンビ。その視線はなぜこちらを向いているのかね?
食べ終わると、その視線から逃げるように、いや逃げるために四階の自室へと入り鍵をかけた。
室内には机とベッド、クローゼットがあった。ギルドから宿に行く途中で買った服をそのなかに入れていく。服一式買うのに金貨五枚も掛かっちまった。
残りの荷物を机の上に置き、部屋の空けた場所に立つ。
両足を肩幅に開き、一つ息を吐き、四肢からは力を抜いていく。
脱力から一転。素早く踏み込み右の正拳突き。フットワークも駆使した五連のコンビネーションブロー。高く飛び上がり横回転の胴回し蹴りを放つ。着地。
一連の過程では足音を一切立てていない。うん、上出来だな。
違和感なく動かせるといっても、前世の俺の身体とはやはり違うわけで、もしかしたらどこかに齟齬が生まれている可能性がある。もしそれが戦闘中に発覚したら目も当てられない。余裕があるときに確認する必要がある。
わかっていたことではあるが、とにかくリーチが短くなっている。距離感を間違えないようにしないと。持久力は分からないが運動能力は大したもので、体術といった技の再現も可能だった。他の技術もおおよそ使えるはずだ。
まだ詳しくは分からないが、現状問題は見つからなかった。今日はとりあえずこれでいいだろう。
明日の朝も早いし、そろそろ眠りますか。
もしオカマが襲ってきたら徹底的にしばくことを決めて、その日は眠りについた。