忍者、追悼する
--雨が強く家を叩いている。風が隙間を通り音を立てている。家全体が太鼓となり笛となった。
--その音を飲み込むように、遠くから低い唸り声が聞こえてきた。
--小さいその音は徐々に徐々に大きくなっていった。
--音に気付いたお母さんは僕の手を引き家を飛び出す。
--豪雨の中、音が近づいてきた。それは風雨だけではなく家を飲み込み、そして僕たちすら飲み込もうと迫ってくる。
--一瞬の浮遊感、宙を舞う体、下を見るとこちらを見る母さんの顔。
--『生きてね』 笑顔のまま土の中に消えていった。
目が覚めたとき、俺の頬は濡れていた。
朝、起きて馬車から降り、馬と俺の朝飯の準備に取り掛かる。馬は昨日と同じメニューだがな。
太陽は完全に顔を出していて、高さから日の出2時間は経過している。
「お、おい……約束通り、見張りはしたぞ。は、早く解放して……くれ」
昨晩この世界についてたっぷりお話ししてくれたオッサンが話しかけてくる。ついでだから一晩中、馬の見張りに使っていた。別に寝てても近づかれれば気づくけど、馬が襲われた場合は気付かない可能性があったため、警報機替わりに置いていたのだ。勿論オッサンの関節は外したままだけど。
「いやー悪いね。色々教えてくれた上に、寝ずの番までしてもらって」
オッサンの有り様はとても大変なものだった。まず片目は潰れていて、歯には隙間が覗く。左手の指は全て欠損し、体中傷だらけ。それらの傷を塞ぐように火傷が点在している。あまり形容したくはない悲惨な状態である。あからさまな拷問の痕。
ま、仕方ないよね。往生際悪く交渉なんて七面倒臭い真似したんだもの。手間かかせたオッサンが悪い。
「あ、ああ……だから、頼--」
「はい、お疲れさん」
そう言って剣で首を刎ねた。漫画とかでよくある、痛みからの解放ってやつだ。約束は守らねばな。
実際問題、利用価値はもうなかったしね。聞きたいことは大体聞けたし、逆恨みされるかもしれない分だけむしろマイナスだったろう。そもそも俺を殺そうとして生かしてもらおうなんて虫が良すぎる。
死体を馬車に突っ込み、朝食を取ったあと昨日のうちに纏めていた荷物のうち大きいものを馬に、この世界の硬貨など細々としたものを自分に身につけ、馬車に火を点けてから馬に跨がり街道の先へと進む。
さっさとここら辺から離れんと新手の賊や通行人などに見つかりかねん。そうなったら良くも悪くも絡まれて余計な時間を食うはめになる。幸いにも最寄りの街は馬で一日の距離にあるようなので、馬車は放棄する事にした。
馬に揺られながら、俺はステータスを想起する。
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名:***
種:混血獣人
歳:10
出身:ウデン
職:学徒(3)
固有職:抜け忍(1)
スキル:獅子の心 虎の魂
称号:漂流者 極・忍者
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昨晩聞き出したときは、なんじゃそりゃと思ったものだ。自分に聞けば自分のことが分かるとかふざけてんのかと思ったが、やってみると脳裏に己のプロフィールともいえる情報が羅列されたものが浮かんで、しばらく開いた口が塞がらなかった。
称号とスキルに注視すると、それぞれ
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スキル:獅子の心
母から継いだ気高き獅子の心。肉体が強靭になる。
スキル:虎の魂
父から継いだ勇敢なる虎の魂。五感が鋭敏になる。
称号:極・忍者
戦闘、暗殺、諜報などの、およそ忍者に必要な技の全てを極めた者。いかなる状況でもその技を十全に発揮できる。
称号:漂流者
異世界から来た者。一名様ごあんな~い。ホストから様々な接待があります。
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最後のだけなにか調子がおかしいが、まあ気にしないほうがいいか。
そしてここまで聞かなくても大体分かったろうが、ここは『地球』ではない。いや地球はあくまで星の名前で世界の名前ではないのだが、とにかく俺は異なる世界に来てしまったのだ。
昨夜は困惑したが、よく考えるとそれほど悪いことではない。元の世界に居たとしても、抜け忍となった俺に対しての刺客は尽きることはなく、自由に生きることも難しいだろう。しかし海外どころか異世界に俺が来ているとは、よもや思うまい。完全に撒けたと思っていいだろう。期せずして逃亡生活が終了したのだヤッタネ。
スキルに書かれているのを信じると、俺の親は虎とライオン。つまり俺はその合いの子、ライガー……じゃなかったっけ。確か父母によって名前が変わってたよな。ライガーは父がライオンで母が虎のときに呼ばれる名前のはず。逆の場合は……タイゴン、だったっけ?
父母が入れ替わるだけで響きがかなり変わるな。カッコいい系と可愛い系で。
ちなみに他にも職と固有職については詳細が見ることが出来る。
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職:学徒
人類が最初になる職業。何になるのかは君次第。よく学び大きくなれ。
固有職:抜け忍
忍びを辞めた者に送られる職業。まあ要するに、ただの無職です(笑)
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これ書いた奴いつか絶対シバク。俺は心に決めた。
オッサン曰くここはウデンという国の中の、カレスという街と、地方の村々を結ぶ山道の上だという。本当は山間を通した平坦で直通の街道があるのだが、最近の暴風で土砂崩れが起きたようで、現在通行不可であるとのこと。ここは迂回路なのであった。行商人だったろう馬車の所有者たちは迂回していた所を襲われてしまったのだ。不運だったとしか言いようが……いやいや俺を売り飛ばそうとしていたのだから、むしろ当然の天罰だな。
ぱっからぱっからと進んでいくと、それなりに整備された道に出た。これが土砂崩れが起こった街道であろう。そのまま馬の鼻先をカレスの街の方、ではなく村々に繋がる方向へと向ける。
「見ての通り土砂崩れで、馬じゃ通れんぞ坊主。こういう時のための脇道もあるにはあるが山賊が出るから、降りてここから徒歩で行くのをお勧めするぜ」
土砂崩れの現場に到着すると、少し離れたところに立っているおっちゃんに声を掛けられた。土砂を道から取り除いている人たちに、忙しなく指示を出している所から所謂現場監督なのだろう。頬に傷が入っていて大変強面です。ちょうど良いからこの人に聞くか。
「なあおっちゃん。土砂の中から死体とか出てこなかった? 獅子の獣人の女性とかさ」
「あ? そういうのは聞いてねえが、一体どうした?」
「ふぅん、そっか」
土砂の近くまで寄り、馬から降りる。
未だ土の中に居るだろう、この体を産んだ女性に向け手を合わせる。
今、この体には俺の精神しか宿ってない。元の持ち主の記憶などはうっすらと思い出せるが、意識は欠片も残っていなかった。俺の精神が入ったことによってかき消されたのか、もしくは融合して一つになったのかは分からないが、少なくとも今ここにあるのは僕ではなく俺の意識だ。
故に記憶として、この遺体が母であったものというのは分かるが、親が死んだという実感など欠片もなかった。
それでも俺は手を合わせ、頭を下げる。
しばらくしてから顔を上げて踵を返し、再度馬に跨りおっちゃんに近付く。
「もしここから遺体がでたらどうするの?」
「金もねぇから簡単に火葬するだけだ。申し訳ねぇが聖水すら掛けねぇよ」
「それなら、はいこれ」
そういって腰につけてた袋から大金貨を三枚取りだした。
「あん? なんだそりゃ?」
「もし獅子の獣人の女性の遺体が出たらちゃんと弔って欲しい。その金は費用として使って。残りは依頼料として受け取ってよ」
「いや、正式にやっても大金貨一枚も使わんぞ。多すぎる」
「いいのいいの。受け取って。ああそれと脇道に盗賊出るっていったじゃん?」
「ああ。確かに言ったがそれがどうした?」
「なんか途中で盗賊っぽい人たちがたくさん死んでたよ。その近く探せばアジトとか見つかるんじゃない?」
「は? おいどういうこ--」
「それじゃあよろしくね」
馬の頭を街に向けて走りだす。もう振り返ることはしなかった。
この体と母が遺した意思が、俺が人生で初めて背負ったものである。