忍者、生まれ変わる
「はぁ、はぁ、はぁ、スー、がっはぁ」
どこかの公園の電柱に寄りかかり、呼吸を整えようとするが上手くいかない。
そこから公園の時計を見ると、既に日付が変わっていた。
「やれ…やれ…大分…時間…喰っちまったなぁ」
自分の姿を見ると、どこもかしこも傷だらけで、白かったシャツも真っ赤に染まっている。
追手も一度は振り切り、決別の意味を込めて俺にクソ命令を出してたお偉いさんを殺ったところまでは良かったが、そのあと二度目の追いかけっこが始まったのが痛かったなぁ。
目標全員が会食で集まってたからって、自分の手当を後回しにしてたのが失敗だったな。反省反省。
「あー…やべ。眼が霞ん…できた」
せっかく忍者やめてきたのになぁ。っていうか忍者やめる宣言実はいらなかったんじゃ? ひっそりと消えていけば面倒少なかったのでは? だがけじめは大事だよな。うん。
ここからやっと『俺』として生きるつもりだったんだけどな……。
「ま……俺……として…死ねるだけ……よしと……すっかぁ……」
そうして俺の二十年に満たない生は終わりを告げた。その眼は、二度と開くことはない。
「その筈、だよなぁ?」
覚醒した当初は、ここが人間界でもよく聞く彼岸の名スポットである地獄だと思っていたが、どうやら違うっぽい。
息してるし手足もある。人魂でも足なし幽霊でもない訳だ。目隠しはされているが眼は開くし耳もしっかり聞こえてる。口内を少し噛み切ったらちゃんと血の味もした。何か違和感を感じるが、少なくとも怪我はなく五体満足の状態である。死にかけとは思えないぐらい健康体だ。
そんな俺は現在、車の中に手足が縛られた状態で寝転がされていた。
外から「都合よくガキが」「ジュージンだしそこそこ高く」「思わぬ臨時収入が」「遠回りになったが」などと言った言葉が聞こえる。ってか何語だこれ? そして何故理解できるし俺。死にかけたし、ア〇サートーカーでも身につけたか。
それに車といったが、クッションはなく、スプリングが錆びてるのか衝撃吸収がまったくできていない。これは本当に車なのか? 車輪のガラガラ音と馬の鳴き声が聞こえ……馬って、これもしかして馬車か? 何時の時代の産物だよ。スプリングが錆びてるとかじゃなく、はなから無いのかも。木々の葉擦れの音と、虫や鳥の音、体の平衡感覚からの微妙なずれから、山中に開かれた道を進んでいるようだ。
会話の内容や俺の現状から推測するに、俺は拾われて人身売買かなにかの現場に連れて行かれてる最中だということだ。聞いたことがない言語からここはおそらく海外だな。車内には俺以外の人間の気配がないことから、ガキ及びジュージンという俺自身の事を指していると考えていいだろう。ジュージンが何か分からんが、ジャップとかモンゴロイドとかそういう類の言葉だと思う。
今までが、万が一俺が生きていた場合の現状だ。もしここが死後の世界なら、ただ地獄に連れていかれてる最中なだけだろう。むしろこっちの可能性のほうが高いんじゃないか? いきなり一つの言語をマスターするとか、現世じゃ無理だろう。
まぁ例えどっちであっても目的地に着けば自ずと答えは出るだろ。果報は寝て待て。これは真理だ。
「ぎゃあぁぁーーっ!」「た、助けっ! えげぇっ!」
とりあえずひと眠り着こうと寝がえりを打つと、外からヒャッハー的な笑い声と断末魔が聞こえてきた。車周りを広く囲っていた12人が馬車近くの6人に襲い掛かったようだ。あの12人は護衛のため囲ってたんじゃなく、襲うために包囲してたんだ。それならちゃんと足音消してよ。いきなり仲間割れ起こしたかと思ってちょっとビックリしたじゃん。
足運びや息の荒さから、襲われたほうのうち2人は素人、3人はそれに毛が生えた程度、最後の1人はそこそこやるようだけど、強盗のほうもそれが分かってたのかそいつに人数かけて足止めしてるようだ。1人リーダー格っぽい奴は高みの見物かましてるけど。その間に馬車側の5人が始末され手練れ1人が囲まれてしまい、そいつは2人目の強盗を斬ったところで後ろから剣をズドンされて終了した。
強盗側はその2人と、素人集団に殺された間抜けが1人の、計3人やられたがそれに頓着せず死体から物をはぎ取っている。死んだ仲間をガン無視とか、なかなか深い所まで堕ちた奴らみたいだ。
「さーて、何を運んでたのかなー? お、結構食いもんあるじゃねえか。大漁大漁」
「ん? ありゃ奴隷か? 女で、美人なら文句ねえな」
強盗が2人馬車に乗り込み、中の物を物色し始めた。1人は壺の蓋を開け中身を漁り、もう1人は俺のほうに近づいてきた。右手の剣を肩に担ぎ、壁を背にし顔を床につけるような体勢で寝転がっていた俺の髪の毛を空いている方の左手で掴み、顔を覗き見るように持ち上げた。
--刹那、俺はその持ち上げられるタイミングに合わせ体を跳ねあげた。
外の乱闘の最中に縄抜けして四肢を自由にし、目隠しを取っていたのだ。馬車の入り口から覗く日の色は赤かった。その際自分の手足がいつもより短くなっていることに気付いた。違和感の正体はこれだったんだ。軽く身体の動作確認を行ったところ、異常なかったどころか力が増えていたようなので問題なしとして、馬車の中を見渡した。武器があればそれを使って参戦してもよかったんだが、残念ながらざっと見た限りでは武器になりそうなものはなかった。鍋の蓋ならぬ壺の蓋で戦えってか。ははっ。ねぇよ。
故に俺は、安易に近寄った馬鹿から武器を奪うことを決めた。何故か知らんが外の連中は銃といった飛び道具を使っていなかったから、殺すにしても何にしても俺に近付くはずだ。
横になりながら乗り込んできた男たちを盗み見ていたが、なんともみすぼらしい恰好であった。フィクション内の盗賊そのもののである。
そして予想通り俺に近付いてきたので行動に移す。
持ち上げられる力も利用して勢いよく体を跳ね上げ、右の貫手を喉に叩きつける。想像以上に威力が強く咽喉を突き抜け気道を断ちきり、頸椎にまで指先が届いた。これ幸いとそれに指先を引っ掛け強く引っ張る。神経が切断された体が崩れていく。力の抜けた右手から零れた剣を左手で掴み、壺を漁っていた男に斬りかかる。
異変に気付いた男が壺から顔を上げて剣を振るうが、それより早くその首を搔っ捌いた。
銃ならいざ知らず相手が剣を使うなら、数の有利を使わなければ“そこそこやる程度”の敵を倒せない奴らに、そう簡単に負けるはずがない。残り7人。
そのまま馬車の出口に近付いていく。ちょうど仕切りの布をくぐり中に乗り込もうとした奴がいたから、勢いよくそいつの首に剣を突き刺す。勢い余りまくり根元まで突き刺さってしまったので、仕方なく剣を手放し、体は馬車から追い出してやった。仕切りの近くに1人居るのは耳で捉えていたので、突然の仲間の死に硬直してる顔を布越しに掴み、180度捻転させた。あと5人。
「う、うわあぁ、あぶぇ!」
頸椎を捻じ切ってやったが、その寸前に悲鳴を上げさしてしまい、死体の剥ぎ取りをしていた奴らがこちらに気づいてしまった。そのうち3人が殺気立ってこちらに近づく。
現在素手の俺は足元に転がっていた物を拾い上げた。何を隠そう壺の蓋だ。
その蓋をフリスピーの要領で、顔面向けて投げ飛ばす。慌てて剣を使って叩き落とそうとしたが、陶器製であったそれは割れて破片となり、それらが顔を傷付けていった。
投げ出すと同時に馬車から飛び出した俺は、ムスカスタイルで顔を押えている奴の膝に体重を掛けて踏み砕いた。体勢を崩したその体を、他方から迫る刃の楯になるように動かした。突き出された刃に腹を貫かれ絶叫を上げる。急所外れてたから苦しむぞー。
刺された体を突き刺した本人に預けるように突き飛ばす。2人の男はもんどりうって転がっていった。
突き飛ばした反動も使い後方に進んで、俺の背後から剣を振りおろそうとした男の懐まで入り込んだ。
内に入られた男が剣を静止させようとした寸前、男の腕を掴み背負い投げた。男を背中ではなく、頭から叩きつけ脳震盪を起こし、大の字となり無防備に晒された首を踏み潰す。
痙攣を起こした男は無視して、突き飛ばした男たちに近寄っていく。男2人のうち、腹を貫かれた方はその場でのたうち周り、もう1人は剣を手放し立ち上がった。
立ち上がった男の股間に右足を叩きこみ、局部を完全に潰した。男は白目を浮かべ股間を押えながら顔を地面につけた。これでこの3人は片づけた。でも素足なの忘れてたわ。あとで足洗わんと。
念を入れてトドメを刺そうとしたとき、紫色の靄のようなものが見えたのでそちらを向く。靄は文字列のようなものを成しており、それが消え去ると夕焼けより赤い火の球が2つ宙に浮いていた。
「は?」
1人だけ戦闘にも剥ぎ取りにも参加せずにいた杖を持った男の傍に、顔の大きさほどの火球が轟々と音を立てて浮いており、男の前に発生した紫色のモヤのようなものが文字というか記号のような形を取って消滅した後、2個の火球が猛然とこちらに迫ってくるではないか。まるで魔法のような……っていうかむしろ魔法?
真っすぐ飛んでくる火球から逃れた、その隙を狙って最後に残っていた強盗が剣を振るってきた。バク転で回避。球の速さはピッチャーの剛速球程度で回避余裕だったため、続く剣も余裕を持ってかわせたが、なかなかいいタイミングで仕掛けてきたな。
戦術眼があり、剣術も他の奴らより達者で、1人だけ鎧のようなものを着けていることから、この男がリーダー格なのかもしれない。さっきの火球は股間を潰された男に直撃したようで、喉を掻き毟りながら悶えている。火を見て興奮したのか馬がさっきから鳴きまくっている。火球を放った本人はそれを無視し先ほどのモヤのようなもので文字列を猛スピードで作っていた。危険な臭いがプンプンする。
「ジュージンとはいえ、ガキのくせにやるなぁ。ジョブは? レベルは幾つなんだ?」
リーダー格の男が馴れ馴れしく話しかけてきた。時間稼ぎは明白。なのでそれに返事などせず行動を起こす。一番近い剣は命がけのファイアーダンスを繰り広げている男の傍に突き刺さっている物だが、そこまでは男の方が近い。相手が気付く程度にさりげなく剣の方に視線をやり、一拍後そちらに走っていく。俺の視線に気付いた男は当然こちらの行き先を邪魔するように移動してきた。けどまぁそれが狙いなんですけどね。
相手が動こうとした瞬間に男へと方向転換。移動のために出していた送り足を素早く蹴り払う。着地点がずれ、足幅が広くなりバランスを崩す。キック後すかさず後方に跳躍。先ほどまで体があった場所を剣が通過した。牽制のため剣を振るってきたのは流石だが、不安定な態勢な分だけ間合いは狭くなっているし、あいにく狙いはお前じゃない。
「離れ、ろ゛ぉ」
バク転の際に拾っていた石を投げ、見事に杖の男に命中。ジャイロボールよろしくの回転を掛けた石は顎に直撃し、頭を跳ね上げ脳を揺さぶっただろう。喋れなくすれば御の字だったが、運良く意識を奪えたらしい。いつの間にかモヤの文字が消えていたようだったから、結構危ないところだったようだな。
「うおおぉぉ!」
残すところは1人。
その1人が声を上げながら突撃してきた。剣を腰だめにして突きを放とうとするのは見え見えだったが、その剣は水平になっており、どちらに避けても追撃の横薙ぎが来るだろう。所謂平付きというやつだ。後方回避も封じるため限界まで踏み込み、さらにはリーチの長さを生かしてくるはずだ。
全速で距離を詰め、最速の突きを放つ。
横も後ろも回避不能。なので地面に身を投げ出した。ごろごろと転がり相手が勝手に限界まで近寄くれたので、簡単に足を引っ掛けることが出来た。足を取られて転んでいく。すぐさま立ち上がろうとするが、それは叶わない。転ばせたとき、両の足首を外したからだ。
立ち上がれなかった男の剣を押え、顎を殴り気絶させ、再び倒れた男に絡みつき残りの関節を外した。
「これで9人全員無力化できたな」
辺り一面を見渡し、呟いた。
リーダーっぽい男、長いしこれからはオッサンと呼ぼう。オッサンは情報源だから生かすとして。
「それ以外は始末しますか」
杖の男と腹を貫かれた男の首をへし折った。杖の男の恰好を改めて観察すると、線は細くそれを覆うようにローブを羽織っていた。何というか、典型的魔法使いスタイルだな。あの火の玉についても要質問だな。本人に聞くのが一番なんだろうけど、いきなり火の球を打たれる可能性があるから却下だ。
興奮した馬をなだめて、日が暮れるため木の葉や枝を集めて焚火の準備をした。ちなみに火種は火達磨マンを利用した。食料は馬車の中から頂戴し、馬にも飼葉と水を与える。油もあったため、使えそうな物を頂戴した遺体を1か所に集め振りかけて火葬した。馬車のなかには地図もあったため拝借しておこう。
「なんじゃこりゃ」
馬車内の細部を検めると鏡を見つけ、それに映った子どもの姿がそこにあった。
「これ、俺、だよな?」
手を上げると映った子どもが手を上げた。やっぱり俺か。子どもの姿。手足が縮んでいるとは思っていたが全体的に縮んでいたのか。
さらにそれは俺の幼い時ではなく、全く別の人間がそこに映っていたのだ。いや、人間と呼んでいいものなのか。
瞳と髪の色は黒のままだったが、顔だちと肌の色は白色人種のようである。日本人に居たら良い意味で目立つ外見であったが、問題はそこではない。
ではなにがおかしいのか? それは側頭部から生えている耳、そう耳である。しかも人間の耳ではなく、どうみても獣の、強いて言えば猫の耳である。
NECOMIMI、いや猫耳が生えていたのだ。着け耳なんかじゃない。触ったら感覚もあるし、何と
ピコピコ動かすこともできる。間違いなく体の一部であった。
馬車の中に居る時聞いた会話を思いだす。ジュージンとはつまり獣人のことだったのでは?
人外化物人でなしとは呼ばれたこと数あれど、まさか本当に人間を辞めることになろうとは。人生とは分からんもんだな。
「う、うぅ」
なんだかんだ色んな事をしたり気づいたりしてると、オッサンが目を覚ました。結構長い間寝ていたから脳震盪も回復してるだろう。
さーて、尋問拷問どんと来いの質問タイム入りまーす。拒否権はありません。