忍者、生き絶える
アクションシーンの練習として描きました。
よくわからない、言葉不足、もしくは詰めすぎなどご意見お待ちしています。
夜の帳に包まれた森の中。樹木が鬱蒼と茂っていて、月や星の光の立ち入りを拒んでいる。
目が利かぬゆえに研ぎ澄まされた嗅覚が捉えたのは、森特有の草木や腐葉土だけでなく、そこに混じる鉄の臭い。
耳には虫や夜行性の生物の鳴き声、そして消え入りそうな人の呻き声が響いてくる。
死臭と怨嗟で彩られた森の中、数多の人が倒れ伏す中、立っているものが二人。
「ったく。草木も眠る、時間だっつーのに、なんで、こんなこと、してんだよ。そろそろ寝かしてくれよ」
その片割れがどこからか携帯を取り出し、時間を確認すると息を切らせながらもそうぼやいた。
携帯から発せられた僅かな光が二人のシルエットを映し出していく。
一人は創作物などで見かける忍者のように、顔まで覆った全身黒尽くめの装束を着ており、年齢どころか性別すら特定することはできず、一度暗闇の中に紛れては見つけるのは至難であろう。
右手に持つは刀身部分が黒く艶消しされた、刃渡り30cm程の短刀。左手にはサイレンサーの着いた銃が握られ、こちらも黒く染められている。
片や携帯を取り出した方の服装はありふれたものであった。上に白い長袖のシャツ、下には紺のスラックスを履いており、十代を思わす外見と合わせると、それはまさしく学生服。
しかしその服装とは裏腹に、現在の彼は普通とは言い難かった。シャツやスラックスは所々切り裂かれていて、その下にある裂傷からの血が服を滲ませている。頭にも傷があるのか流れだした血が顔を汚していた。呼吸が乱れ、大きく上下している肩から少年の疲労度合が伺える。
こちらも右手に刀身10cm程の短刀を装備していて、赤い液体が刃を染め地面へと滴っている。
「寝たいのなら眠らせてやるぞ。永遠に」
口布によってくぐもってはいるが、まだ年若い男性の声であった。
「そういうありきたりな台詞は別にいいから」
大きく息をつき呼吸を整え、制服の少年がスマートフォンをポケットにしまうと、辺りは再び暗闇に閉ざされた。
「退職宣言だけで、こんなに刺客が送られるとはびっくりだ」
「抜け忍が許されるわけないだろう。常識的に」
「忍者界のルールを一般常識に組み込むな」
「忍びに忍びの掟を適用して何が悪い」
「だから忍者やめてるって」
軽口を叩き合いながら、両者の間の空気は全く緩まず互いの一挙一動を感じ取ろうと、むしろ張り詰めて行く。
傷だらけの少年はもちろんのこと、刺客の方も油断など微塵も見せてはいないが、これはむしろ当然の対応である。
彼らの周囲に晒されている無数の躯。それらの鼓動を悉く止めて行ったのが、その少年なのだから。
忍びとして厳しい訓練を乗り越え、暗殺術や武器術を身につけ、正道邪道どちらにおいても一流の戦闘能力を有している彼らを、たった一人で殲滅させた恐るべき少年。刺客の男も己が相当な手練れではあると認識しているが、同じことをやれるとは微塵も思っていなかった。
圧倒的実力差を持っている敵。そのような人間を目前にして、余裕を持てるはずがない。
「一つ聞きたいことがある」
それでも尚、刺客が問いかける。
「なぜ貴様は忍びをやめようと思った? 次期頭領として将来を約束され、これほどの腕を持った貴様が」
そういって仲間の死骸を示した。
刺客は仲間を殺された怒りからその質問を口にした……のではない。彼は仲間が作ったチャンスを無駄にしないため、会話を続けたのだ。
命を落としていった彼らだが、それは決して無駄死にではない。彼らは命と引き換えに少年に傷を与え、体力を奪っていった。一人一人が奪っていったものは決して多くはないが、塵も積もれば山となるように、彼らは少年を疲弊させていくことに成功したのだ。
これらは間違いなく、彼らが命を投げ打って手にした戦利品である。
刺客の男が会話を続けた理由は三点。携帯の光によって僅かに明順応した眼を完全に闇に馴らさせるため、後から駆け付ける増援部隊を期待しているため、そして最後にして最たる理由、それは時間経過による相手の更なる消耗を誘うため。
現在少年は全身に負った傷を止血することすら出来ずに戦いを続けている。忍びの訓練によって培った精神で痛みを無視して行動してはいるが、支障を来たさないわけがない。更には少年を切り裂いた刃には毒が塗られている。適切な処置をすれば少年なら十分対処可能であろうが、刺客の男が立ち塞がる限りその処置は行えない。これらの要素によって少年は、じわりじわりと死に一歩ずつ近づいていると言える。
もし少年が会話を続けるのなら願ったり叶ったり。少年の体力は削られていき何もしなくて刺客の男が有利になっていき、更には仲間の到着の時間すら稼げる。逃げたとしても万全とはいえない状態の少年なら、振り切ることはできないだろう。そのことは少年も十分に理解できてるだろう。それゆえ少年は三つめの選択肢である闘争を選ぶはずだと刺客は考えた。そして銃の射程を最大限生かし、付かず離れずの距離を維持して射殺する。それが刺客のプランであった。そのため刺客の男だけが銃を持ち出して来たのだ。少年に銃を使われないために。
果たして少年が選択したのは。
「嫌になったのさ」
会話であった。だがこれは刺客の想定の範囲内。会話を続けて隙を窺うつもりなのだと。戦いに繋げる為の布石
「……何が?」
「政治家さんとかどっかの社長さんとかに命じられて、不都合な人間を殺すのがだよ。スパイしたりスパイを消したりするのはまだ構わんが、不都合だからと無実の人間を--」
一転、張り詰めていた空気が弛緩する。
少年が体勢を変え、逃げ出そうとしているのが暗闇で見て取れた刺客の男は、僅かに虚を突かれた。闘争はあっても逃走はないものだと考えていたからだ。そこから一手遅れて、追跡をしようと踏み出し牽制目的で左の銃の引き金を引こうとした。だがその一手の間に、少年の左手から何かが放たれ、刺客の男に向かって強く瞬いた。
その何かとはスマートフォン。さきほど時間を確認しようと取りだしたときカメラのタイマー機能を起動させていたのだ。そのフラッシュが刺客の眼を焼いた。
暗順応した眼にはスマートフォンの光であっても強すぎるものであったが、怯むこと僅か、すぐに銃の引き金を引いたが、目標は既にその射線から逃れていた。想定外の行動と、カメラのフラッシュ。その二つの虚が少年を生かした。
少年は射線から外れ、一気に刺客の男に近づいた。左手側から迫る少年に銃口を向けようとするが、それより早く少年の右手が振るわれた。迎えるように動いた少年の右手の短刀が刺客の左手首を切り裂いた。落ちていく左手。それが地面に着くより先に、刺客は一歩踏み出し己の腹に少年の刃を収め、筋肉で閉じ込めた。左腕を少年の体に回し、短刀を逆手に持ち、首に叩きこむ。
必殺の刃は、しかし突き刺さる寸前で停止していた。少年の左手が、刺客の右手首を掴んだのだ。そしてすぐさま手首の関節を外した。離れ、落ちる短刀。地面すれすれのところでそれを蹴りあげ、手首を離した左手で掴み、逆に刺客の首に突きさした。
体から力が抜けていき、少年に寄りかかるように倒れていく刺客。首には刀の刃が半分ほど埋まっており、その隙間から鼓動に合わせるように断続的に血液が噴き出している。文句なしの致命傷。何もしなくても失われる命に向かって少年は語りだした。
「正直、無実の人間が死のうがどうでもいいんだ。テレビやネットの向こう側の人の死亡報道と同じものだから。現実感ないっていうか、関係ないしまあいっかって感じ。責任感ゼロだな」
忍者とはただ上からの命令を唯々諾々と聞き、それを遂行するもの。そこに疑問を挟む余地なし。
全ての忍者はそういう風に教育されてきた。上の人間に都合のいいように、人ではなく物として利用できるように、何も考えず何も背負うことなく命令をこなす。故にその思考は忍びとして当然なもの。
「でも何を考えずにいたせいで、死んでほしくない奴も死んじゃった。そして何も背負わない、背負えない忍びの俺には、あいつを殺した責任する背負うこともできない。それがどうしても嫌になったんだ」
少年は真っ向から立ち向かうように見つめてくる刺客と目線を合わせた。
「これから先は殺めるのも、従うのも、全て俺が決める。俺の考えと思いに従って生きるために。物として利用されて一生終えんのは御免被る。俺には俺の、人としての意思がある。それを尊重するため、そしてすべてを背負って生きたい。つまるところ」
少年は笑みを浮かべ。
「自由に生きたい。そういうこった」
「っ…ふふ…そ…れはそれは…忍者…失格…だろう…よ」
「じゃあやっぱり忍者やめて正解だな」
「はは…は…まっ……たく……だ……な…………」
刺客の男は笑いながら息を引き取った。会話の最中、少年は布で止血弁を縛り簡易的な手当を行い、切り捨てた左手から銃を奪った。そしてその場から離脱することなく、何かを待ちうけるように佇んでいた。
微かに聞こえるは多数の足音。それぞれが熟達した歩法で足音を消しているが殺しきれなかった僅かな音が耳に届いている。
目標の命を奪うことは叶わずとも、刺客たちは増援部隊が来るまでの時間を稼ぐことに成功した。少年は第一陣の刺客達を殲滅できたが、速やかに戦場を離れることが勝利条件と言える現状では、この結果は敗北に等しい。
第一陣の接触時と異なり、失血と毒、そして疲労により少年はすでに満身創痍。この状態から第二陣の刺客達を撃退することは極めて困難。いずれ第三陣四陣と援軍が来ることも考えられる以上早期決着をつけなければならない。まさしく絶体絶命の状況に少年は置かれていた。
だがその瞳に諦めの色は見えない。少年が忍びをやめたのは元同僚を殺すためでも、そいつらに殺されるためでもない。自分の意思と責任ですべてを行うためだ。
物ではなく、人として生きるため。
そのためにはここで死ぬわけにはいかない。必ず生き残るのだという意志を持って、銃を先頭の刺客の頭に向けて発射した。
夜が明けて、僅かな光が差し込む森の中。動物たちは、降って湧いた大量の食糧に舌鼓を打っていた。
さらに翌日の新聞では、ある大物政治家や巨大企業の会長など、名のある権力者たちの死亡記事で大々的に掲載されていて、全てのマスメディアはその対応にてんてこ舞いしていた。
その日のある地方新聞の片隅、権力者たちの死亡記事に押されるようにして、ある学生の死亡記事が載っていたことはあまり知られていない。