子守・1
番外編です。
舞台は本編終了後より一年後のモニール村。
現在は交易商として身を立てているコルトが、モニールにいる親友ラルフの元を訪れたのは、実に二ヶ月ぶりの事だった。
「実は頼みがあるんだが」
「んー?」
「酒場を手伝ってくれないか?」
「へぇ……って、なんだって?」
「シーナの手が全然あかない」
ラルフの弱り切った声と同時に、酒場の奥にある夫婦の居住部分から泣き叫ぶ赤ん坊の声が響く。
二人の間には生まれて三ヶ月になる女の子がいた。
コルトは交易商という職業柄、ザムザ国全域を定期的に循環して仕入れする。国内で仕入れた品物を大陸との交易港で売買するのだ。モニールには特別目を引く工芸品は無いが、ラルフに会うために時々足を伸ばしている。
以前コルトがここを訪れたときは、シーナの実母であるラナが孫をあやすため泊まり込んでいた。しかし生後二ヶ月が過ぎた頃、ラナは夫のダウンズと住んでいる村へ帰ってしまい、ラルフとシーナは酒場の経営と慣れない子育てに悪戦苦闘していた。
「よしよし、泣かないのよ。ルナ」
「うあー」
「本当に寝起きが悪いんだから」
昼寝から目覚めてからもう十分以上泣いているというルナは、顔を真っ赤にして汗さえかいていた。ほとほと疲れた顔でシーナが奥から出てきて、コルトを見て「久しぶりね」と笑う。その笑いも、微妙にぎこちない。
「外の空気にでも当ててやった方がいいんじゃないか」
「そうね」
三ヶ月になるという娘はまだ首が座っていないのか基本横抱きにされている。コルトはその姿を見て思い至った。両手が必要な抱っこは右腕が不自由なラルフには出来ないのだろう。
「悪いな。もう少し大きくなれば変わってやれるんだけど」
「気にすることないわよ」
シーナは笑うが、その顔に疲れが見えるのは否めない。
結局抱っこができない以上子育てはシーナの仕事になり、酒場の方はラルフが一手に引き受ける。しかし、片手ではやはり不自由だ。特に炒め料理になると、片手だけだと上手く混ざらない事が多く、常連客からも不評を買っている。
ほとほと困っている、という表情でラルフがため息をつく。
「コルトは今忙しいか?」
「うーん。今仕入れたもんはできれば捌いてからにしたいな。それに俺一人だと酒場の手伝いしか出来ないぞ。子守の手伝いもいるんじゃないか?」
「人がいればな」
「そうだなぁ」
コルトは、ちらりと店内をみる。ルナという嵐が外に出ると、開店前の店内は静かなものだ。
「分かったよ。誰か探してきてやる。まあ任せておけって」
軽口を叩いて、コルトは酒場を出た。
「はっはー。面白くなってきたなぁ」
鼻歌を歌いながら、乗ってきた馬にまたがった。
そして、東に進路をとり、一路カスタ村を目指した。
*
それからの数日、コルトは電光石火の勢いで動いた。カスタ村でのんびり暮らしているタクミに、積み荷と手紙を託し港町まで運ぶことを約束させ、自らは更に東のリリタスへと向かう。
「は?」
先日工芸品を回収したばかりのコルトの来訪に、セシルは遠慮なく顔に『迷惑』という表情を浮かべて出迎えた。
「だから、仕事。短期だけど割もいいから手伝えよ」
「何の仕事ですか。もう銃は持ちませんよ」
リリタスに住んでから、セシルは銃を手放していた。村の警備を頼まれることはあったが、基本剣や弓で対応している。過去を捨てるという意味で、セシルは物理的に銃を捨てることを選んだのだ。
「どうせ工芸品を作っているのはルシードだろう。セシルがいなくても問題ないだろ」
「失礼な。私もちゃんと作っています」
「でもメインじゃない。……なあ、ルシード。セシルをしばらく貸してくれ」
セシルとの会話はそこそこに、奥にいるルシードに呼びかける。何故かコルトに全幅の信頼を置くルシードは、二つ返事で快諾した。
「兄さん!」
「コルトさんにはお世話になってるんだ。頼み事は引き受けてやらないと」
「コルト先輩の頼みだから嫌なのに」
不満を口に出すセシルの表情は、以前と比べていくらか豊かになった。
コルトはそれに満足感を感じつつ、「さ、じゃあ準備しろよ。行くぞ」と追い打ちをかける。
いつまでも靡かないセシルは、コルトにとってはいつまでたっても興味の対象のままだった。
*
コルトが再びモニールの酒場を訪れたのは、前回より五日後だった。
相変わらずと言っていいのか、開店前の店内からは赤ん坊の泣き声が響く。
「……コルト先輩、まさか、頼みって」
セシルは不満を露わにして、隣に馬を並べているコルトを見る。さも面白そう、といった表情をしている。この顔をしている時のコルトにいい思い出はない。
「そう。ラルフんちの子守。どうだ? 楽しそうだろ?」
「子守って」
セシルは頭を抱えた。向かった先がモニールだと知って、ラルフがらみの何かなのかとは思っていたがよりにもよって、子守。しかもラルフの子供はまだ新生児のはずだ。
「冗談じゃありませんよ。私に子守なんてできるわけないじゃないですか」
「出来ないって決めつけることないだろ。何事も経験だよ。さ、行こうぜ」
「また適当なことを……」
しかし、ここまで来てから帰るというわけにも行かない。一度引き受けたことを反故にするのはセシルの性格が許さかなかった。
仕方なく、セシルは馬の腹を蹴ってコルトの後に続いた。




