モニールへ・2
ラルフの退院許可がでたのは、その翌日だった。ちょうど見舞いにやってきたコルトが居るときに医師が告げ、コルトは屈託なく笑いながら二人を誘った。
「すぐ動けるのかよ。何ならうちに来ればいい。部屋は余ってるし、俺の息抜きにもなる」
「そんなに世話にはなれないよ。それに、二人でモニールに帰ることに決めたんだ」
顔を見合わせる二人を見比べて、勘のいいコルトはニヤリと笑う。
「そうか。新婚生活を送るんだな」
「ちょっと」
「じゃあ邪魔出来ねぇなぁ。いいよ。ここの治療代は祝いがてら俺が持つ」
借りていると思うだけでも恐縮なのに、そう言われてはラルフも困り果てる。
「いいよ。いつか必ず返す。でも時間はかかると思う。悪いんだがそれは待ってもらえるか」
「いらねぇって。どうせあの家は金余ってんだし」
「……っていうか、コルトなんで家出なんかしたんだ?」
帰ったばかりの息子にこれほどの金銭を躊躇なくつぎ込むということは、昔から相当の愛情をかけられていたのだろう。
何が不満で家を出たのか、ラルフは理解できなかった。
コルトはそんなラルフの意志を読み取ったように笑うと、ついてきたお付の男に「飲み物を買ってきてくれ」と言い体よく追い払った。
そして男の気配が消えた頃おもむろに話し始める。
「……押し付けられるのが沢山だったんだよ。俺は後妻の子なんだ。跡目は兄貴が継ぐことになっているけれど、それに納得していないのが俺の母親だ。昔から機会を探っているのか、貴族のサロンに連れて行ったり、王子の遊び相手としてあてがってみたりと画策してる。俺は一度だって跡を継ぎたいなんて言ってないんだぜ? 」
コルトは苛立たしげに膝を叩く。
「要は俺の意思を無視されているのが気に入らないわけ。反抗心から俺は家を抜け出すようになった。その頃知り合ったのがバナーから少し離れた山小屋で暮らす偏屈じいさんだ。からくりとかを作る人でさ。俺は夢中になって彼から色々なことを学んだ」
話題が老人のことにうつると、途端に軽妙ないつものコルトの表情に戻った。今の彼のベースは、その時に作られたのかもしれない。
「家を飛び出して、二年くらいは身を隠しながら爺さんと暮らした。爺さんは死期が近かったんだろうな。俺に、全てを託すと言ってくれた。でも爺さんが死んだ後にその山小屋に居ても何も楽しくなかった。おそらく俺は爺さんが好きなだけだったんだな。
新しい何かを探そうと思って、試しに書類を偽造して軍に乗り込んでみたらすんなり入隊許可が出たってもんだ。潜り込んでみるのもいいかと思って。……それ以降はお前の知るところと同じだ」
のめり込めるモノに出会いたかったんだよ、とコルトは笑う。妙に乾いた、悲しそうな笑顔にラルフもシーナも言葉が出なかった。
「……俺はお前がずっと羨ましかったよ。誰かをずっと想っていられるような、そんな執着を俺は持てなかった。贅沢さがそうさせたのかもしれないな」
「コルト」
「ま、お前らは幸せになるといいよ。戦争はもう終わりだ。これからは真っ当な人間が幸せに生きる時代になるべきだ」
ずっと一緒にいたはずのコルトの闇に、ラルフは圧倒されるような気がした。それをきちんと理解できることはおそらくないだろう、と思いながら。
*
その後、ラルフとシーナはコルトの助けを借りて、旅の準備を整えた。
ラルフの体力がまだ完全には回復していないので休憩を多めに取りながら、カスタ村まで辿り着く。
「あー、ラルフ先輩!」
そこではタクミが村の若者達とともに木材を組んでいるところだった。
「今、避難民でここに残るという人たちの家を作ってるんです。身寄りをなくした方なんかは、元の村に帰るより新しい生活をしようと思っている方も居るようで。俺も、そういう人たちと一緒に、ここに腰を落ち着かせようかと思ってます」
「そうか」
「俺だけが他所者じゃないから。ここでなら一から始められる気がするんです」
タクミは目を伏せ、照れたように頭をかきながらボソッと告げる。
「身寄りがないことを俺はずっと気にしていました。だから軍でラルフ先輩に会えて、同じ境遇だって知って、勝手に兄貴みたいに思ってたんです」
「俺もタクミを弟みたいに思ってたよ。お前がいて、軍生活は楽しかった」
ラルフが笑うと、タクミは嬉しそうに微笑んだ。
「そのうち、モニールに行ってもいいですか?」
「ああ、いつでも」
笑うラルフに、タクミが大喜びで抱きつき、二人重なりあうように地面に転がった。それでも、二人の間には笑顔だけが残った。
*
それから丸一日をかけて、二人はモニールまで辿り着いた。既に数十人の村人が戻っており再建作業に精を出している。
カルゼン公国軍は侵攻の際、大砲を使用していたが、実際に村に打ち込むことはなかったようだ。星見の丘から見える西の森には穴が開いたような箇所もいくつかあったが、村の建物は荒らされた形跡こそあれど、建物自体は無事だった。
ラルフとシーナは懐かしい酒場内を見渡した。砂埃をかぶって汚くなってはいたが、調理場の機能も問題なさそうだった。
「またやれそうだな、酒場」
「そうね。さあ、しっかり掃除しなきゃね」
シーナが腕まくりをし、さて何処から手を付けようかと家中を眺める。ラルフはそんなシーナを見つめながら、この村から逃げた時のことを思い出した。
あの時のシーナは、ガイアの死を受け入れられず半興乱になっていた。こうして、この場で笑顔を見せられるくらい回復するのは奇跡のようだと思える。
「無念だったろうな」
シーナにプロポーズしたガイアは、ここで、新しい人生を始めるつもりだったんだろう。彼女と手を取り合って、おそらく彼にとっては初めての温かい家庭をつくるはずだったんだ。
「なあ、シーナ」
「え?」
振り向いたシーナを、少し複雑な思いで見つめながら、ラルフは穏やかに告げる。
「ガイアの墓を建てないか?」
シーナは驚いた顔でまじまじとラルフを見返す。目を逸らさないラルフに本気を感じ取ったのか、神妙な顔で問い返す。
「いいの?」
「ガイアは俺にとっても命の恩人だ。西の森で彼と色んな話をしたんだ。孤児だって言っていたから、ガイアにとってはシーナが初めての家族になるはずだったんだろう。……だとしたら、弔うのはシーナの仕事じゃないかと思う」
戦争で沢山の人間が死んだ。しかしラルフは両親のことを覚えている。
死で一番恐ろしいのは存在さえ無になることだ。生きている人間の記憶から忘れ去られたら、その人物の存在は全くなかったことになってしまう。
ガイアの思い出も持っているのは、シーナだけだ。嫉妬心がないわけではないが、シーナがガイアを忘れてしまっては、あまりに彼が可哀想だとラルフは思った。
「俺は、シーナがこの腕を受け入れてくれたように、シーナの過去も受け入れようと思ってる。ガイアがいたから今があるんだろう? あのまま生きていたら、俺達は今こんな風に一緒には居ないと思う」
「……うん」
ふわり、温かい温度がラルフの腕を包む。シーナが左腕に抱きついていた。
「ありがとう」
「森の中においてきてしまったことも気になっていたんだ。気分的な問題だろうけど、俺もそれで救われる気がする」
ラルフは彼女の髪に顔をうずめてしばらく抱き合っていた。
「おーいシーナ戻っているのか?」
突然、扉が開き、ラルフとシーナは固まったまま見返す。そこに居たのはモニール復興のため、村に一番に戻ってきていた教師のガゼルだ。シーナもラルフも学生時代にはこの教師に教わった。
ガゼルは目を丸くしつつ、納得したように頷いた。
「……へーえ、やっぱりラルフとだったんだ?」
「なっ、ちょ、先生!」
「いいじゃないか。いつまでもシーナが落ち着かないのも皆心配していたんだぞ」
「ちょっと言いふらさないでくださいよ!」
「俺が言わなくてもすぐ広まるだろう」
既にシーナの大きな声に、村人たちは手を止めて酒場に集まってきていた。
「どうしたどうした。おや、シーナも戻ってきたのか。ラルフも」
「皆さん、どうやら二人はこの先夫婦として暮らすようですよ」
「先生ってばー!」
冷やかしにかかる村人に、真っ赤になって言い返すシーナ。ラルフは勝手ににやけていく口元を隠すように覆いながら、遠巻きにそれを見た。
モニール村に、久しぶりに和やかな声が響いた。




