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セシルの過去・3


「お前は馬鹿か」


 一瞬の沈黙の後、セシルの願いを切り捨てるように言い切り、コルトはセシルを抱きしめた。セシルは驚いて振りほどこうとしたが、コルトの力のほうが強い。

 嫌だと思うより先に温かいと思った。兄と別れたあの日のようだ。最後に力いっぱい抱きしめもらったあの時。


「……兄が私の全てだったんです。私が鳥寄せをできれば兄が喜んでくれた。スパイとして生きていれば兄と繋がっていられた。でも、……ヒバリを失ったあの日から、もう私はどうすればいいか分からなくなってしまった」

「無くなったんなら他のモンみつけりゃいいだろ。融通のきかねぇ女だな」

「あなたみたいに単純じゃないんです」


 憎まれ口を叩くことが心地いいと感じることなどあるのか。不思議な感覚に、セシルはただ黙って彼の腕の中におさまっていた。


「……んで」


 その時、小さな声が空気を割る。もう一つのベッドの部屋の方からだ。


「ラルフ、気づいたのか?」


 コルトはセシルを離し、ベッドへと駆けつける。セシルも恐る恐る後へ続いた。


「だったらなんで、……あの時俺を助けてくれたんだ?」


 呼吸を荒くして物といたげな視線をセシルに向けるのはラルフだ。


「あの時……とは?」

「スパイがカスタ村に来た時だよ。俺が小男に銃で狙われた時、セシルが小男の銃を撃って助けてくれた。……俺を殺さなきゃいけなかったんなら、邪魔する必要ないじゃないか」


 ラルフは額には大粒の汗が出ていて、まだ苦しそうに視線だけを動かす。セシルは困ったように目を伏せる。


「先輩は私の獲物ですから。それに、あなたはあの時シーナさんをかばっていた。撃たれたらシーナさんも無傷じゃ済まないかも知れないし」

「シーナを巻き込まないためか?」

「いえ。でも分からない。ただ、あの時は咄嗟にライフルを握ってしまった。シーナさんは苦手です。……見ていると兄を思い出すんですよ」


 セシルは、泣きたいのか笑いたいのかわからないような表情で固まった。


「自分がどうしたいのか、わからないのが一番苦しいです。カルゼン公王は神は居ると言った。海の神シールのために我々は戦うのだと。人を裏切る行為も、神の名のもとでは正しいと。ですが私には神が居るとは思えない。居たとしても私には何も残してはくれなかった」

「もういいよ、セシル」


 背中を撫でるようにして止めたのは、ラルフではなくコルトだ。コルトの眼差しを受け、ラルフはベッドの上で頷く。


「セシル。俺はお前を責めているわけじゃないんだ。むしろ感謝してる。……あの時お前が助けてくれなかったら既に無い命だからな。

どうしてもお前が俺を殺さなきゃいけないと思うなら、今ここでお前に殺されても文句は言えない。でも、俺は帰りたいんだ。……もうシーナを一人にしないって約束したからな」


 恨みのこもっていない純粋な瞳に見つめられて、セシルは泣きたくなる。実際に涙が出たわけではなかったが、胸の奥がしくしくと痛い。

 

『ずっと一緒にいてやれない』


 悲しそうにそう言った兄の姿が、脳裏にまざまざと蘇る。あの時言えれば良かった。兄の存在にどれほど救われていたか。あれきり会えなくなるなんて、全く考えなかった。

 顔の筋肉がヒクヒクと動く。溢(こぼ)れるように浮かんだのは泣き笑いの表情だ。


「……シーナさんが羨ましいです」

「お、セシル、お前、今笑ったぞ」


 コルトが茶化すようにセシルに言う。本人は無自覚だったのか、驚いた拍子にいつもの無表情に戻ってしまった。


「は? 何を」

「笑ったらかわいいな!」

「ばっ」


 畳み掛けるコルトに、しんみりとしていた空気は木っ端微塵に破壊された。


「バカですか。あなたは」

「なんだよ。ホントにそう思ったから言ったのに」

「今はそういう話をしていないでしょう」


 いつもの調子に戻って会話する二人を、ラルフは目を細めて見つめた。

 微笑ましさに笑顔は浮かぶが体は重い。右腕は一向に動かないし、胸のあたりも痛い。


 それに、カルタスとタクト王子が無事に別働隊と合流出来たかも気になる。セシルがスパイである以上、今回の計画が漏れている可能性だってあるのだ。


 ラルフは、なんとか起き上がろうと体を動かした。


「おい、無理すんなよ」


 慌ててコルトが駆け寄り、引き上げるようにして起こし、腰のあたりに他の布団を丸めて背もたれにした。


「お前は死にかけてたんだ。今もそうだぞ、容態が急変したらマトモな医者がいないここじゃすぐ死ぬ」

「怖いこと言うなよ」

「せっかく救ってもらった命だ。大事にしろよ」


 そう言ってコルトはポケットを探った。「ほら」と手渡されたのは、銃弾に寄って形のひしゃげた懐中時計だ。

 

「これは……」

「銃弾の一発はそこに当たったんだな。胸に直撃してれば即死だよ」


 ラルフは形の変わってしまった時計を握りしめる。


「シーナが助けてくれたんだな」


 朝別れたばかりだというのに、無性に会いたくなった。


「っつ」


 しかし、少し動こうとしただけで体中が痛み、頭が回る。


「もう少し寝てろよ。顔色が悪い」


 コルトに宥められて、痴話げんかにも取れるコルトとセシルの会話を聞きながらラルフは意識を手放した。


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