暗がりの会話・1
ラルフは混乱したまま村のはずれまで走った。北の門のすぐ傍、森に近い一角だ。村中にめぐらされた塀の中でも、ここが一番自然に近いだろう。塀の上からは伸びた木々の枝が入り込んでいる。
「はぁ、……はぁ」
思い切り走ったから呼吸が落ち着かない。苛立ちと怒鳴りつけた後悔が交互に波のようにラルフの心をさらっていく。
振り払われた手の感触を思い出す度に苦しくなる。いつだって家族の眼差しでラルフを受け入れてくれていたシーナが見せた、疑いの眼差し。それを耐え難いと感じて、感情任せに怒鳴ってしまった。
「……謝るか」
シーナは混乱してたはずだ。いきなり今まで知らなかった現実を突きつけられればショックを受けるのは当然だ。それを理解してやれなかった自分が悪い。
すべきことは、シーナの不安を一緒に抱えてやることだったはずだ。
落ち着いた頭で、ようやく結論を導き出したラルフは踵を返そうとした。が、その時背中にかけられた声に足は止まった。
「ラルフ先輩」
「……セシル?」
振り向くと短い金髪を風に揺らせたセシルがそこに居た。
「こんなところで何をしているんですか」
「セシルこそ」
「私は先輩を探していたんです」
真顔で言われて一瞬どきりとする。しかし、そういえば自分もセシルにはお礼を言わなければと思っていたのだった。
「セシル、さっきはありがとうな。お前が銃ではじいてくれなかったら、まず先に俺が撃たれてたよ」
「いいえ、たまたま窓から伺ったらそんな場面でしたので。その後は先輩たちが接近戦をしていたから撃てませんでした。大した役にも立たずすみません」
セシルは無表情のまま告げる。相変わらずの物言いが可笑しくてラルフはふっと笑った。
「そんなことないよ。命の恩人だな」
「じゃあこれでチャラにしてください。熱をだして迷惑をかけたことを」
「なんだそりゃ。迷惑なんてかけられてないよ。病気の時はお互い様だろ」
ポンとセシルの金髪に手のひらを落とした時、冷やかすような声がかけられる。
「おいおい、楽しそうだなぁ」
姿を見せたのはコルトだ。セシルはあからさまにムッとし、ラルフの手も乱暴に払い落とす。
「何話してんだよ。俺もまぜてー」
コルトは機嫌よくラルフの隣に来るとセシルを覗き込む。
「もう元気か? セシル」
「……あなたの腹に蹴りを入れられるほど元気ですが、証明してみせましょうか」
「こらこら、喧嘩するのはやめろ」
セシルは見えない刺を全身に立てているかのような態度だ。
「さっきの礼を言ってただけだよ。二人共喧嘩するな。それより何かあったのか?」
ラルフがとりなすとコルトはにこやかに応じる。
「ああ、見張りは今まで通りでいいかって聞いてたぞ。それとタクミが夜もついてたほうがいいんですかねって」
「そうか。ちゃんと指示をださなきゃだな。宿屋は俺が行くよ。見張り人数は西側のみ二人から三人に増やす。ちょっと伝えてくる」
ラルフはそう言い捨て、村の中心部に向かって走りだした。残されたセシルは不満気に、ニヤニヤ顔のコルトに目を向ける。
「邪魔したか?」
「どういう意味ですか?」
質問に質問で返すセシルに、コルトは更に重ねる。
「セシルは、ラルフが好きなのか?」
コルトの笑みに、セシルは無表情を返す。
「どこをどう見たらそういう風に?」
「なんとなくだよ。他の奴らとは扱いが違うよな」
セシルはコルトを一瞥し、溜息をついて言った。
「コルト先輩の目は節穴ですね。私はどちらかと言えば、ラルフ先輩みたいなタイプは苦手です」
「苦手? なんで?」
「お人好しは嫌いなんですよ」
「そうかぁ?」
どう答えても顔から笑みの消えないコルトに、セシルはあからさまにムッとした。
「知ったかぶりはもっと嫌いです」
それだけを言うと踵を返して走って行く。残されたコルトは小さくなっていく背中を見つめながら吹き出すのをこらえていた。
「いやー、可愛いわ。アイツ」
もしセシルの耳に入っていたならば、間違いなく何かしらの暴行を受けそうな一言を楽しげに呟いた。




