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旅立つ理由・1

 休戦協定が結ばれてから四年の月日が経とうとしていた。少年だったラルフも今は十五歳。毎日欠かさずしていた剣術の修行の成果か、身長はぐんぐん伸び村で一番大きい。筋肉のついた体は引き締まっていてどんな力仕事でも苦労することは無くなっていた。


「ラルフー! 悪いけど薪を運んできてくれないかい?」


 店の中からのラナの叫び声に、素振りをしていたラルフは剣を鞘に戻した。


「今行くよ、ちょっと待って」


 ラルフは振り向きざま空を見上げた。雲一つない青空が視界一杯に広がっている。


「早く」

「わかったってば」


 ラナの叫びに、ラルフは苦笑しながら店の中に入った。



 戦後、わずかに生き残った若者たちが一人また一人と村に戻ってきて、村は復興に向かって進みだした。働き手が増えることにより畑の作付面積が増えると、自給自足だけでなく販売することも可能になる。近隣の村や町のと間に物流が生まれ、交流も盛んになった。やがてその縁で結婚するものも増え、村には子供の姿も多く見られるようになってきた。失ったものは戻っては来ないけれど、生き残った者たちはこうして精一杯生きてきたのだ。


 ラルフが薪をかついで暖炉のそばの薪置場に運ぶと、今度は店の前に仕入れの馬車がやってきた。


「ラルフ、酒瓶も運んでくれないかい」

「はいはい」


 表に出ると、ラナの店では高級品にあたる北方産の有名な酒が一樽、庶民向けの安価な酒は五樽、牛乳やジュースにするための果物など荷台が埋まるほどの仕入品が積まれていた。ラルフは、それを黙々と店の中に運び込む。自分が大きくなったのにはこの力仕事で鍛えられたせいもあるだろうと思いながら。


 村の復興に伴い、ラナの酒場はにぎわいを増す一方だった。当然のごとくラルフも店の手伝いに追われることになる。時には遊ぶ暇がないことに不満を感じることもあったが、必要とされることは天涯孤独の身には嬉しかった。


「ところで」


 すべての荷を店の中に入れ、ラナはラルフに特製のフルーツジュースをごちそうする。カウンターに腰掛けてそれを飲み干すラルフは、ラナの強い視線を感じて一瞬たじろいだ。


「何?」

「ラルフ。あんた、これからどうするつもりだい? もうじき学校も終わりだろ?」

「んー。そうだね」


 ラルフは汗を拭きながら生返事をする。義務教育は十五歳までだ。戦争の混乱で度々学校が閉鎖されたラルフたちの年代は、学校が再開されてからはほぼ休みなく勉強させられていた。それも、あと三ヶ月もすれば卒業だ。その後の身の振り方を考えなくてはならない。


「シーナみたいに市場で働くかい? 自分で見つけられないのなら、私がお客さんに仕事を紹介してもらってもいいんだよ」


 ラナが世話好きなところを見せる。三歳年上のシーナもこうしたラナの勧めにしたがって、市場の売り子をしていた。ラナの酒場は夕方からなので、昼間は売り子夜は酒場の手伝いとシーナはほぼ休むまもなく働いている。


 ラルフはまるで実の親のように世話を焼いてくれるラナにありがたさを感じつつも、胸のうちにある迷いを口にした。


「うん、いや、実は……軍に入ろうかと思ってるんだ」

「軍に?」


 ラナは眉間にしわを寄せる。戦争は終わり、今や軍は自衛のためだけの組織になってはいる。しかし、一度ことが起こればすぐに第一線に送られる立場だ。危険を伴うのに加えて、国軍の設備は首都周りに集中している。軍に入るということは、この村をでていくことと等しい。


「どうしてだい。あんた、戦争は嫌いだって言っていたじゃないか。ウチの事なら気にせずずっとここにいていいんだよ。あたしはあんたを、本当の息子だと思ってるんだから」

「わかってるよ、ラナおばさん。ありがたいとも思ってる。でも、……俺、守りたいんだ、おばさんやシーナを。今は平和だけど、いつまた戦争が起こるか分からないって先生も言ってたし」

「あんたは優しい子だよ。あたしらに恩を感じてることもわかってる。でも、あんたに人殺しが出来るなんてあたしには思えない。……もう一度よく考えてみな、ラルフ」


 ラナの表情は渋いものから元に戻らなかった。もう聞きたくないとばかりにラナは次から次へとラルフに仕事を与えるので、ラルフも苦笑したままそれに従う。反対されるのは半分くらい予測できていた。戦争で夫と親友を失った彼女は、酔うと「これ以上身内を戦地に送りたくない」というのが口癖だったからだ。



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