二人組
昼も過ぎた頃、ラルフは一階の調理場から大きな声で呼び出された。
「なんだよ、シーナ」
「お客さんよ」
急いで階段を降りると、そこにいたのは旅人風の二人組だった。
一人は凛とした感じのする背の高い男だ。大柄なラルフと同じくらいの背丈がある。年代も同じくらいに見えなくもないが、妙に風格があり十歳ほど上の印象を受ける。脇に剣を二本差しているところを見ると剣術使いなのだろう。
もう一人はフードをかぶっている細身の人物だ。背はシーナと同じくらいはありそうだったが、隣に立つ男が大きいせいか、やけに子供のように見える。ラルフには男女の別も判断できなかった。
「アンタがラルフさん?」
「そうですが、……あなた方は?」
「旅の者です。俺がカルタス。こっちは弟のタイト。バナーからきました。南に抜けたいと村長に聞きに行ったらあなたに尋ねろ、と」
「はあ」
なんでも俺に判断させるのはやめて欲しい。ラルフはカスタ村の村長のいかつい顔を思い出しながら舌打ちをした。
「南も今は危険でしょう。旅の理由は何ですか?」
「人に会いに行きたいんだ」
「……申し訳ないが、ここから南西にある村の人たちは皆散り散りになっている。一番集まっているのがこの村だと思うから、避難所を覗いてみてはどうですか? あなたの会いたい人も居るかもしれない」
「はあ」
カルタスはタイトを引き連れ、避難所の中を見て回った。ラルフが監視のつもりでそれを見つめていると、コルトがやってくる。
「誰だ、ありゃ」
「旅人だそうだ。人を探してるようだぞ?」
「ふうん」
そこからたっぷり二十分ほどかけて人々の顔を見まわっていたカルタスは、頭をかきながら戻ってくる。
「どうもいないようだ」
「だったら、状況が状況だしこの村に居残っていたほうがいいだろうな。探しに行ってもすれ違う可能性が高いし」
「……そうだな。では宿を取るか」
カルタスが俯いたとき、ふと、隣に立っているコルトの出身地がバナーだったことを思い出す。
「バナーから来たとおっしゃってましたよね、この男もバナー出身なんです。コルト、知らないか?」
「あ?」
コルトがマジマジと男を見、次にフードの少年に目をやる。
「さて、俺は知らないな。バナーと言っても広い町だし……」
カルタスが男が目をそらしてそう言ったのと同時に、コルトは勢い良く少年からフードを引き剥がした。
「なっ……」
少年は咄嗟に両手で頭を抱える。茶色の髪の隙間から怯えたような眼でカルタスに助けを求めた。その仕草に、何か既視感を感じる。
「アンタ、いきなり何をするんだ」
カルタスは、すぐに少年にフードをかぶせるとコルトに掴みかかる。
「弟は気が弱いんだ。驚かせるのはやめてくれ」
「弟って、……アンタ」
コルトは驚愕の表情を隠さずに少年を見続けている。
「……バナーから来たなんて嘘だろう。アンタたちが来たのは首都だ」
「コルト?」
「ラルフ、見覚えないか」
「見覚え?」
どうやらコルトは少年が誰か知っているらしい。ラルフは記憶を辿ったが、こんな二人組に前にもあった記憶はない。
「……人気のないところで話させていただきたい」
カルタスが観念したようにいうので、ラルフとコルトは顔を見合わせ、二人を対策本部へと案内した。
今は皆自分たちの作業に忙しく、ここには誰も居ない。
カルタスはもう一度、ここにいるのが四人だけなことを確認した後、話を切り出した。
「誰かと誤解しているのではないか?」
コルトは首を振って否定する。
「そっちこそどういうつもりなんだ? この時期になんでこんな危険なところへ」
「おい、コルトどういうことなんだ?」
ラルフは未だ現状が理解できず、説明を求めた。
「ラルフ、まだ気づかないのか? お前も見たことがあるはずだ。こちらのお方はタクト王子殿下……だろう?」
「は?」
カルタスの背中に隠れたタイトを見る。再びフードを被っているが、不安に揺れる眼差しに先ほどの既視感の理由を知る。
「そうか」
ラルフがタクト王子殿下を見たのは過去一度だけだ。もう五年前になる入隊式の日。今と変わらないオドオドした眼差しで側近を見つめていた。
「……あなた方は、ここの方ではないのですか」
急にかしこまった口調になったカルタスが、諦めたようにため息をつく。
「俺もラルフもつい数週間前まで軍に居た。王子の姿は入隊時にも見たし、俺はそれ以前にも見たことがある」
「……王子は今まであまり人前にはでられていない。顔は知られていないと思っていましたが、……甘かったですね」
カルタスが自嘲するように笑う。
「バレてしまったなら選択肢は二つしか無い。あなた方を信用し協力をお願いするか、……もしくは処分するかです」
カルタスが王子殿下を背中にかばいながら剣を引き抜く。その動きは速く、ラルフが咄嗟に後ろに下がり腰の剣を抜いたが間に合わいそうもなかった。振り落ちてくる剣の怪しげな煌めきをラルフは睨みつけた。
結果として、防御には間に合わなかったが怪我はしなかった。
カルタスが、ラルフの顔スレスレのところで剣を止めたのだ。
「……いいですね。窮地でも目を逸らさない。大事なことです」
カルタスはニヤリと笑うと剣を戻した。
「あなた方を信用します。しかしお二人だけの胸の内に収めていただきたい」
ラルフは背中に冷や汗を感じながら、自分も剣を戻し、コルトを見つめる。先ほどの攻防の間動けなかったコルトも、神妙な顔で頷いた。
「こちらにおられるお方は、確かにタクト王子殿下です」
カルタスに促され、タクトはフードを外した。オドオドした眼差しで二人を見つめながらペコリと礼をする。
今は十五、六歳になるはずだがもっと幼く見える。申し訳ないが、王者の威厳というものも全く感じられない。
「王のご命令で各地の視察をしております。あまり詳細はお教えできませんが」
「それにしたって、こんな戦争勃発のタイミングで、しかも供を一人ですることじゃないでしょう」
ラルフの正論にカルタスは目を伏せる。
「ご命令はご命令です。王子のことは私がしっかり護衛しますので、あなた方は私達を旅の兄弟として扱ってくださればよろしい」
詳しい理由などを話す気は無いようだ。カルタスは、話をまとめると再び王子にフードをかぶせようとした。
「フードなんかかぶっていると余計目出ちますよ。それより顔にホクロを偽造するとかした方がいい」
口を出したのはコルトだ。
「ホクロ?」
「人間ってな、どこか特徴的なところがあるとその印象ばかりが残るもんだ。口元にホクロのある子、という印象をつけてしまえば、人の噂にのっても王子の特徴とはつながらないだろう」
「なるほど。上手いことを考えますね」
「実際俺はそうやって逃げた事があるんだ」
ニヤリと笑うコルトの過去に何があるのか、ラルフは気にはなったが今は追求出来なかった。
「では、この村にいる間、あなた方のことはカルタスとタイトとお呼びしますよ」
「ええ、敬語もやめていただきたい。普通の旅人として扱ってください」
「じゃあそっちも」
ラルフとカルタスは笑みを交わす。本心では、この事実をどう扱っていいか分からなかったが、なっていくようにするしか無いのだろう。
「じゃあ、二人は宿で泊まってください。俺は大抵避難所に居るので、何かあればいいに来てください」
「ああ」
「滞在予定は?」
「……まだ決まっていないんだ。じゃあよろしく頼むよ」
カルタスは自嘲気味に笑うと、タイトを促して出て行った。
残ったラルフとコルトは、どうしたものかを顔を見合わせる。
「面倒が増えたのかな」
ラルフが呟くと、コルトは両腕をあげ頭の上で組んでぼそりと言う。
「いいんじゃね、放っておけば。王子の護衛に一人で任されるくらいだから、よっぽど腕は立つんだろ」
「まあ、そうだろうな。それより、タクミとセシルは王子に気づくかな」
「あーどうかなぁ」
政務には王のみが出席することが多いし、王子は居ても後ろに一歩引いていることが多い。ラルフも、コルトに促されなければ気付かなかった。
「お前はなんでわかったんだ?」
「……昔は俺もお貴族様だったんだよ。王宮への出入りもしてた。王子の遊び相手になってやれってよく連れて行かれたもんだ」
「でも王子はお前のこと覚えてなさそうだったぞ?」
「有力貴族の子供が何人いると思ってるんだよ。大人は馬鹿だから、人数を集めて一緒に入ればお友達が出来た気がして安心するんだろ。実際、あの王子と話した奴なんてほとんど居ないはずだ」
コルトの語る話のイメージがラルフにはつかめない。モニールでは誰もがみんな家族のように親しかったからだ。
「まあ、大丈夫だろ。気づいたとしてもタクミは俺達に相談するだろうし、セシルに至っては気づいても言わねぇよ。アイツこそ誰とも話さないじゃねぇか」
「……それもそうか」
鳥と戯れるときだけ柔らかい表情をするセシル。確かに、セシルが誰かと噂話をする姿など想像つかない。
「ま、なるようにしかならないか」
「そゆこと」
コルトに軽く肩を叩かれ、ラルフはそれ以上考えるのをやめた。




