警備計画・1
住む村を失った村人たちの悲嘆は深い。けれどもどれほど悲しみに暮れていても腹が減るのは人間の道理だ。温かい食べ物を口にして、人々は徐々にこわばった表情を崩し始めた。
そんな中、けたたましく響くのはシーナの声だ。
「だから! なんで軍は辞めたの? どうして私に教えてくれないの」
「いや、だから! 教える暇が無かったんだよ」
「嘘よ、帰ってきてから何度も話してるじゃないの。わざと黙っていたとしか思えないわ」
ラルフはしどろもどろになりながら、なんとかシーナをなだめようと試みる。しかしながら今のところそれらは全て失敗に終わっていた。
「私と母さんがあんたのことどれだけ心配していたと思っているのよ。大体、毎年毎年帰るって言っておきながら顔を見せないで。……五年よ? そんな薄情な子に育てた覚え無いわよ」
シーナに育てられた覚えはないが、ラルフは平謝りするしかなく、それを見ているコルトとタクミは笑いが止まらない。モニール村の面々はいつものことかと気にもせず、他の村からの避難者は怪訝そうにも面白そうにも眺めている。
「終わったことをとやかく言われてもどうにも出来ない。いいだろ、今元気でここにいるんだから」
「元気でって……。怪我してるじゃないのよ。そういえばソッチの方はどうなの。ちゃんと見せなさい」
「食い終わってからにしろよ!」
服をめくりあげようとするシーナに、流石に大きな声が出た。
彼女の方は不満げに頬を膨らませ、「後でちゃんと見せてよ」と言って茶碗を口元にあてる。
ようやくトーンダウンしたシーナに、ラルフはやれやれと息をつき顔をあげると、セシルと目が合った。
何だ? と目で問いかけると、セシルは表情を変えないまま呟く。
「先輩ってシーナさんには形無しですね」
「なっ……」
確かにその通りなのだが、後輩から言われるのは結構堪える。ここのラルフにとって都合の悪い空気を変えるには真面目な話が必要だ。ラルフは咳払いをして、神妙な顔で空気を整える。
「後で、警備計画を立てるから。タクミもセシルも参加してくれ」
「はい」
「了解です」
無表情を保ったままのセシルと、笑いすぎで出た涙を拭うコルトが同時に返事をした。
さすがは元軍人で、仕事の話となると途端に背筋が伸びる。ラルフは二人の後輩を頼もしく思いながら、汁の残りを飲みきった。
「もう片付けるよ」
シーナは不機嫌そうな顔をしたまま、ラルフから皿を奪い取る。
どうやったら機嫌を直せるのかと考えてみるも思いつかない。警備計画を考えるよりも余程難解だ。
ラルフは後ろ髪を引かれる思いでまずは役場にむかう。この村の地理を知るためだ。コルト村の村長に言うと、グレオという三十代くらいの男を紹介された。必要な物は全て彼に頼むように、とのことだ。
彼を引き連れ、更にコルトとタクミそしてセシルを集め、調理場の二階に上がった。
カスタ村の村長が言った通り、ここにも部屋がある。一つは貯蔵用に使われているらしい。日持ちのしそうな干し芋や米が置かれている。もう一つは祭りなどで使う大量の器などが置かれていた。
ラルフは、器が置かれていた方の部屋を本部として使うことに決め、とりあえず近くにあった椅子に座り、円を描くように座った。
「警備計画と言っても、俺達はまずこの村の地理に弱い。それで彼に来てもらった。グレオさんだ」
「よろしく、グレオです」
真面目そうな文官は、物々しく頭を下げると他のメンバーの自己紹介をメモを取りながら聞き入った。そして、立ち上がると「ではまずこの村の地理を説明します」と地図を広げる。
「我がカスタ村は南西の交通の要所と言われる村です。首都からまっすぐ南に抜ける道と西へと向かう道路の境目にあります。カスタ村では獣対策としてもともと村中に柵がめぐらされて下り、入り口は四方の通行を考え四箇所ありますが、現在は避難民受け入れのため南と西のみ開門し、北と東に関しては封鎖し見張りを立て、開門要求のあるときのみ開くようにしています」
基本避難民受け入れは拒まず、という状況だ。しかし、逃げてくるのが避難民だけとは限らない。
「開けている門も、見張りを立てて通行チェックはした方がいいだろうな。全部閉めて見張りを立てるか?」
「しかしそれでは人員が追いつかない。それに避難民は随時やって来ます。一時間に何度も開門するくらいなら開けっ放しにしておいたほうが効率的です」
「それもそうだな……しかし」
グレオの返答に頷きつつ、けれでも危険性も捨てきれない。
「人員は避難民から募るのもありだろう。どうせしばらくはみんな同じ釜の飯を食う仲間だ。何もしていないと人間は腐るものだし、仕事があったほうがいい」
「自衛部隊も居るだろ」
横からコルトが口を挟む。
「そうだな。十五歳~四十歳くらいまでの男性には何らかの形で自衛部隊には入って欲しい。剣を使えなくても、防衛のための土嚢を作ったりと仕事はある。……この村に剣はどのくらいある?」
グレオは資料をペラリとめくり淡々と告げる。
「役場に十本。これは戦闘用と言うよりは祭り用のものですが、一応鋼を使った真剣です。学校には木刀が百本。後は他の村や町からの流通を扱う商店が二軒ほどありますので、そちらでの購入になります。農家には金属製の農耕具がありますので、武器の代わりにはなるかと」
「なるほど」
戦う気になればどんなものででも戦えはする。必要なのは少数の敵への備えでいいのだ。もし大軍を率いてこられた場合は村を捨て首都に入るのが生き抜くには正しい選択だ。




