別離・2
アルマン隊長はふーっと長いため息をつき、手を組んだ。その落ち着いた動きに、ラルフはカッとなる。
「それはお前の感情論だ」
「なっ」
切っ先鋭いアルマンの言葉に、ラルフだけでなくタクミやコルトも小さく声をあげた。
「もしその敵兵の言葉が正しいなら、尚更軍は動かせない」
「なぜですか。モニールを見殺しにする気ですか?」
「小よりは大だ。北から総攻撃が来ると分かっていて、兵力を西に分散する馬鹿がどこにいるんだ」
「ですが!」
勢いで立ち上がったラルフは、すぐに立ち眩んで椅子に落ちた。タクミが心配そうに後ろから肩を抑える。
「……モニールはラルフの故郷だったか」
思い当たったようにアルマンが呟いた。その眼差しには同情の色は確かにある。しかし。
「それでも軍は動かせん。いいか。その男が殺されたということは、敵は裏切り行為に気づいたということだろう。ということは、相手方は出方を変えてくる可能性が高い。下手を打って大打撃を受けた時の責任がお前にとれるのか」
ラルフは膝に置いていた拳をギュッと握りしめる。
だからといって、狙われる可能性の高いモニール村を放っておくのか。その損害に対してはなんとも思わないのか。
反感が胸でくすぶる。要するに、単なる予測に軍を動かす気は無いということだ。しかし、事が起きてから後悔しても遅い。大よりは小というけれど、ラルフにとってはそのモニールが全てだ。
ラルフは毅然として立ち上がる。一瞬よろめいてタクミに支えられたが、その手も振り切った。
「では俺は軍を抜けます。ここにいたって、誰も守れない」
周りの人間が、眉を寄せてラルフを見つめた。しかしラルフはたじろがなかった。軍に入ったのは、シーナを守りたかったからだ。彼女を守れないようなところに居続ける理由はない。
「ラルフ、勝手は許されない。一度怪我をしたくらいで逃げ出す気か?」
アルマンが語気を強めてもひるまずに睨み返す。
「何と言われても構いません。失礼します」
そのまま部屋を出ようとしたラルフは、不意に視界が真っ暗になり前のめりになるように倒れた。タクミとコルトが慌てて駆け寄り、アルマンは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「今の君に軍を辞めて何ができる?」
ラルフは薄れゆく意識の中で反論した。
「少なくとも……」
見殺しにすることだけは避けられる。
続けようとした言葉は、声にはならなかった。
*
次に目を開けた時、ラルフは自室のベッドの上だった。勢い良く起き上がり、辺りを見回す。窓の外はまだ薄暗く、辺りは静かだ。同室のコルトの寝息が二段ベッドの上から聞こえる。
「俺は……そうか、倒れて」
軍を出る、なんて大見得を切ったのに、軍の部屋に保護されるなんて。
苦笑しつつ、それでもお陰で随分楽に動けるようになったと感じた。
ラルフはコルトを起こさないよう、そっとベッドから抜け出し、容量のあるリュックを引っ張りだした。必要最低限の荷物と、当座生活するための金があればいい。後は武器。ラルフの剣は軍からの支給品だ。持っていけば窃盗なり何なりと理由をつけて戻されてしまう。
つましい生活に慣れきっているラルフは、軍に入ってからも贅沢らしい贅沢はしていない。最低限の生活費と仕送り。それ以外は貯金に回していたので金額的には結構ある。買おうと思えば街で買えないことは無いだろう。
「……本気で出てく気か?」
いきなり背中に声をかけられ、ラルフは勢い良く振り向いた。いつの間に起きたのか、コルトが二段ベッドの上から覗きこんでいる。
「コルト」
「隊長のいうことも一理あるぜ? 敵はこちらに情報がバレたと知って、作戦を変えてるかもしれない」
ラルフは彼を一瞥し、再び荷造りを続ける。
「“かも知れない”ならモニールが狙われる可能性は無くなってない。ここで上の指示に従ってモニールが襲われるのを指を加えて見ていることになったら、俺は一生後悔するよ。軍に入ったのは、大事な人を守りたかったからだ」
「シーナだっけ? あの手紙の彼女だろ?」
「ああ」
「恋人でもないのに?」
ラルフは一度動きを止める。彼女の恋人の死を思い出して。しかしすぐ首を振って荷造りを再会する。
「シーナは家族だ」
「ラルフ……」
背中を見せたまま振り向こうともしないラルフに、コルトはなおも声を掛ける。
「タクミが泣くぞ」
「……タクミには弓の腕を磨けって言っておいてくれ。狙った獲物を確実に仕留める腕があれば重宝される。行くところが無いからここにいるんじゃなくて、ここに居場所を作れって」
「俺もラルフがいねーとつまんねーよ」
拗ねたような声に、ラルフは思わず笑った。
「俺も同室がコルトで良かったよ。今までありがとうな」
ラルフはシーナが以前くれたシャツに着替え、身支度を整える。そして、便箋を取り出し除隊する旨を書きだした。
「半日は俺が寝こんでいることにしておいてくれ。で、午後からこれを隊長に渡してくれないか。引き止められたり追われたりしている時間が勿体無いんだ」
頭の中で簡単に計算する。当初の話だと、モニール襲撃まではあと9日だ。村人を説得して逃してという作業を考えれば余裕など全くない。
「待てよ、ラルフ。これを持ってけ」
コルトが二段ベッドの上から降りてきて、ラルフの前にかざした。シーナの懐中時計だ。
「お前が森で倒れていた間もずっと握りしめていたものだ。大事なもんなんだろ?」
「……ああ」
「それと、まだ体調が万全じゃないんだから薬が必要だ。ちょっと待ってろよ。医局に行って貰ってくる」
「お、おい」
「医局のおねーちゃんとはそれなりに良い付き合いしてるんでね。俺の頼みなら多分大丈夫」
話しながら着替えを済ませ、パチンとウィンクをしてコルトは部屋を出て行く。医局は二十四時間体制なので誰かしらはいるだろうが。そううまく行くはずがない……と思っていたのに、数十分後戻ってきたコルトは小さな紙袋を抱えていた。
「痛み止め、腫れた足に貼る貼り薬、流石に後は症状診ないと出せないって。あ、栄養剤は数本もらってきたぞ」
ひょうひょうとした顔で薬を目の前に並べていくコルトを、ラルフは呆気にとられて見ていた。
「……初めてお前の女好きを尊敬した」
「五年も一緒にいて初めてかよ。ドンくせぇ男」
笑って肩を叩いて、そのままコルトはラルフの肩に顔を押し付けた。
「……死ぬなよ」
「一人で大軍と戦う気なんか無いよ。俺はモニールの人間を逃がすために行くんだ」
「とか言って、ヤバイ時は最後まで残るのがラルフだろう。……俺が、今回お前だけを森において来たことをどれだけ後悔したと思ってるんだ」
潤んだ声が信じられずコルトの顔を見ようとしたが、覗きこもうとすると頭を叩かれた。
「……白んできたぜ? 行くか?」
「ああ。コルトも、本当に戦争が始まるかもしれないんだ。死ぬなよ」
「当たり前だ。俺が死ぬかよ」
早朝訓練が始まる前、ラルフはこっそりと軍宿舎を抜けだした。
そのまま、夜が明けるまで街に潜伏し、市場の始まりと同時に今まで貯めた金を使って馬と武器を入手する。新しい鞍にはなかなか馴染めなかったが、乗馬訓練自体は軍でやっていたのですぐに乗りこなせた。
ラルフは意気込んでモニールへ向けて旅立つ。見上げた空では、トンビが円を描いていた。遠くでセシルの口笛が聞こえたような気がした……。




