東日本大震災を乗り越えて
2011年 3月11日 14時46分。M9.0の大地震が、1万5000人以上の命を奪いました。
現在もまだ行方不明者は多数おられます。私は風化していくこの事態に終止符を打つべく、実際にあったことをおりまぜ筆を取りました。
拙い文ではありますが、読んで頂けたら幸いです。
尚、実際はこんなものでは、ありません。
最後に、亡くなられた方のご冥福をお祈り申しあげます。
「パパなんか、大っ嫌い」
今年七歳になる娘が、私の顔を見るなりこう叫んだ。
理由はわかっていた。
私の勤める会社が軌道に乗り始め、残業や休日出勤が増えた所為もあり、月の半分も家に居ないことが多々あったからだ。
「貴方、仕事と家族どっちが大事なの?」
妻にそう問われても返す言葉もなく、家族の為と自分に言い聞かせ、自分の考えを正当化していた。
たまの休日でも、自宅に仕事を持ち込んでは部屋に閉じ籠り、娘の学校の行事にも顔を出すことすらなかった。
今思うと、出れなかったのではなく、出ようとしなかったのかも知れない。
「貴方、今度の日曜日、娘の運動会があるの。出れそう?」
「貴方、来週の土曜日、娘の発表会があるんだけど……」
忙しい日々の中で、妻の問い掛けが疎ましくさえ思えるようになってきた。
「私は仕事で疲れているんだ。一人にさせてくれないか……」
「そう……貴方っていつもそう。仕事、仕事って、ちっとも私達のこと見てくれないじゃない。もう貴方とはやっていけないわ」
「勝手にしろ!」
私は妻に罵倒を浴びせると、部屋に閉じ籠り仕事に取り掛かった。
数時間が過ぎ、一通り仕事を済ませると、少し言い過ぎたなと反省し、リビングへ足を運んだ。
静まり返ったリビング。
行き先はわかっている。
十五分ほど車を走らせた場所に、海の見える公園がある。
恐らくそこに、娘を連れて遊びに行ったのだろう。
娘が幼かった頃、よく三人で行ったものだ。
◇◇◇◇◇◇
春近い三月だというのに、まだ肌寒い。
私はヒーターをつけ、ソファーに座り温かいコーヒーをすすった。
ふと時計に目をやる。
二時半過ぎ。
『私も久しぶりに行ってみるか』
残りのコーヒーを流し込むと、着なれたコートを羽織り、車のキーを探した。
と、次の瞬間、携帯電話から聞き慣れない着信音が鳴り響いた。
地震警報だ。
携帯電話を手に取ると、ゴォォォっという地響きが聞こえてきた。
身構える暇もなく、揺れは強くなり、食器棚や本棚が次々と激しい音を立て、倒れてきた。
私は咄嗟に壁に手をつき、体を預けた。
揺れは収まるどころか、更に激しくなっていった。
木々の犇めく音に恐怖を感じていると、やがて照明も切れ電気の供給はストップした。
地震の揺れは数分だったのだろう。
しかし、私に取ってはとてつもなく長い時間に思えた。
揺れが収まると私は我に返り、家の外に飛び出した。
薙ぎ倒された電柱や、木々。
近所の家の塀壁や、瓦も崩れ落ちている。
無論、私の家も例外ではない。
尚も余震は続く。
散乱した硝子の破片を避けながら、車に乗り込みエンジンを掛ける。
カーラジオからは、地震速報が絶え間なく流れる。
私は妻の安否を確認する為、携帯電話を手にした。
繋がらない……。
「いざという時に限って、何故繋がらないのだ!」
私は舌打ちをしながら、諦めず何度もリダイヤルした。
繋がった。
「私だ」
「もしもし、貴方? 今、海の見える公園にいるんだけど……」
やはり私の予想通りだ。
「車が渋滞していて、動かないのよ。どうしよう……津波が来るみたいなのよ……」
私は、一瞬凍り付いた。
「車を、車を捨てて高台に避難するんだ。わかったな? 私も今そっちに向かう」
「わかったわ。あっ、待って」
電話の向こうから娘の声がする。
「パパぁ、怖いよぉ。助けて」
「待ってろ、今助けに行くからな……」
私は電話を切ると、アクセルを吹かし、海の見える公園まで急いだ。
停電の影響により、信号が機能しない為、交差点は車が犇めき合っている。
私は危険を省みず、ひたすらアクセルを踏んだ。
その時、助手席に置いた携帯電話から着信があった。
妻からだ。
私は左手でまさぐりながら、携帯電話を掴んだ。
電話に出ると、力なく妻は言った。
「貴方……駄目みたい……」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ! もう少し……もう少しだ!」
「高台に避難は出来たけど、もうそこまで津波が来ているの……下の方は、家も車も流されているわ」
「諦めちゃ駄目だ!」
「もういいの。貴方……ごめんなさい。貴方は、私達のことを思って働いてくれてたのに」
「何を言ってるんだ。謝るのは私の方だ」
「貴方との生活悪くなかったわ」
私は、自分の不甲斐なさに言葉をなくした。
溢れる涙を拭いながら、ハンドルを握る。
震えた手で携帯電話を持ち直すと、娘の声が聞こえる。
恐らく最期になるだろう声が。
「パパぁ……」
啜り泣きながら、娘は声を絞りだし話す。
「大っ嫌いって言って、ごめんなさい。本当は大好きだよ。パパ…………パパ、……パパ――――っ!」
「もしもし? もしもし――っ!」
声が遠くなると、通話が切れた。
再び掛け直すが、繋がらない。
私は妻と娘の名前を叫んだ。
◇◇◇◇◇◇
あと少し、もう少し。
諦めきれず車を走らせると、反対車線から来た一台のタクシーに呼び止められた。
「そっちは駄目だ。津波が来ている」
「妻と娘がいるんです」
「駄目だ、アンタまでやられる。これに乗ってくれ」
私は運転手に説得され、泣く泣くタクシーに乗り込んだ。
裏道を駆け抜け、高台に避難した直後、黒いヘドロと共に津波が押し寄せた。
凄まじい勢いで、津波が街を飲み込んでいく。
私は膝の震えを抑えながら、再び携帯電話を手にした。
しかし、二度と妻に繋がることはなかった。
「何てことだ……」
私は後悔の念に晒されながら、ただただ項垂れた。
◇◇◇◇◇◇
津波が引いて、妻と娘を探しに一晩中歩いたが、その姿を発見することは出来なかった。
自宅へ戻ると基礎部分だけを残し、我々の生活の基盤は跡形もなく流されていた。
街並みはすっかり変わり果て、まるで戦後の日本のようだ。
何処に何があったのかさえ、記憶が途切れていく。
私は、僅かな可能性を信じ、避難所を転々としたが手掛かりは何一つ掴めなかった。
せめて、妻と娘の身に付けていた物でもと、被害のあった場所に足を運ぶと、妻の車を発見できた。
窓ガラスが割れ、ボンネットは捩れ、バンパーはぺしゃんこになっていた。
ふと、運転席の下を覗くと妻のバッグが目に入る。
泥だらけのバッグを開けると、免許証……それと去年三人で撮った写真が一枚。
三人共、穏やかな表情をしている。
私は泥を祓うと、コートのポケットにしまった。
途端に、娘の好きだった童謡を思い出し、我慢していた涙が溢れ、その場に崩れた。
◇◇◇◇◇◇
それから一週間が過ぎ、妻と娘の遺体を発見したと自治体から連絡を受けた。
「間違いありません。妻と娘です……」
腐敗が進み、変わり果てた妻と娘の姿に、自我を失いそうになり膝を落とした。
僅かな可能性を信じ、ここまでやってきたが現実はこうだった。
妻の棺と、大人の棺を切り加工した娘の棺。
そう、子供用の棺はないのだ。
冷たくなった娘の頬を擦りながら、私は人目を憚らず涙した。
私は小さな墓を建て、二人を弔った。
墓前に手を合わせ、私は思う。
今まで働くことが家族の為と思っていたが、それは私のエゴだったのかも知れない。
その代償は計り知れない。
もしも、あの時……
いや、余計なことは考えないようにしよう。
私はたった一枚の写真を胸に、一歩前に進むことを決めた。




