クロエという青年 7
馬車は2時間ほどすすんだあと、森の前で止まり、いったん休憩をとることになった。
ここから馬車は森の中の道にはいっていくことになる。
この森は大きく抜けるのに馬車で3時間ほどかかる。
なので森に入る前にある村で、休憩と軽い食事をとっておくのが普通だった。
村の人間に火種をかりて、みんな思い思いに休憩している。お茶をわかすもの、持ってきた干し肉を火であぶって食べているもの、中には酒をたしなむものまでいた。
貴族の少年も、まわりを護衛の剣士たちに囲まれながら休憩をとっていた。
「こりゃ、森の中で日が暮れはじめるなぁ」
旅人のひとりが空を見上げていった。
空はまだ青いが、太陽は頭の上をだいぶ過ぎていた。
森といっても狼などがいる危険な森ではない。それでも日暮れの森は人々を不安にさせる。
「しってるかー?空が真っ赤にそまる夕暮れの時間、あの森には魔がでるって噂だぜ」
旅人のひとりがふざけた表情で、まわりをおどかすような口調でそんなことをいった。
相方らしき旅人が眉をひそめる。
「おいおい、不吉なことをいうのはやめろよ。これから森に入るっていうのに、不安になる人がいたらどうする。そもそも魔ってなんだよ」
「そりゃ、世にも恐ろしいものさ。であったら、俺たちなんてひとたまりもねぇ」
「魔獣とかか?さすがにそんなものでるわけないだろ。でたら、国の一大事だ」
「いやいや、もっとおそろしいものがでるかもしれねぇぜ。魔獣よりもっとおそろしい何かが」
「だからおふざけでも、まわりを不安にさせるようなこというのはやめろって!」
そんな会話にはいってきたのは意外な闖入者だった。
「大丈夫だ。みんな安心しろ。どんな化物がでても、カイザイールが退治してくれる!」
クラジエール家の子息、メルコだった。
まだ幼い少年は、手を腰にあて、胸をそらし、誇らしげな表情でそんなことをいって見せた。
言い争いになりかけてたふたりの旅人は、一瞬きょとんとしたが、やがて毒気を抜かれたように「確かにそうだ」と笑い出す。
「違いねぇ。カイザイールさまが守る馬車だ。世界でこれ以上に安全な馬車があるわけねぇや」
「そうだな。この馬車なら魔法使いの集団におそわれたって生き延びられそうだ」
「そうであろう」
そういわれて、メルコは嬉しそうにうんうんと頷く。
なんだかんだでよくもわるくも素直な少年で、貴族社会では問題児扱いでも、旅人たちにとっては好感のもてる貴族のご子息だった。
兵士たちが同行していることによりなんとなく緊張していた場の雰囲気も若干よくなる。
となりに同行していたカイザイールも少し相好を崩し、苦笑いしながら言った。
「さすがに魔獣相手では無理ですけどな」
***
それから馬車は森に入って、しばらくの時間がたっていた。
空はだんだんと日がおちだし、森は薄暗くなりはじめ、木々の間からのぞく空は赤色にかわりつつあった。
旅人たちは疲れがではじめ会話がすくなくなり、馬車の中は静寂に包まれ、兵士たちが定期的に交代する音だけがひびく。
そんな静かな、安息に似た停滞は、カイザイールの表情が突如変わったことにより破られた。
「むぅっ」
「どうした?カイザイール」
そんな声をもらしたカイザイールに、うつらうつらとなっていたメルコが不思議そうに問いかける。
しかし、カイザイールはそれに答えなかった。
腰の剣を確認するように一度握ると、のっしのっしと籠の垂れ幕から顔をだし、剣士たちに指示をだす。
「来るぞ。配置に付け」
やがてカイザイールが察知した異常は、馬車の中の人間にもわかるような形であらわれ始めた。
こちらに向かって走ってくる複数人の足音。
「や、野盗か!?」
「だ、大丈夫だ。カイザイールさまたちがいる。野盗ごときなんでもねぇ……」
それでもいくぶんか不安なのか、旅人たちの表情はおそろしげだった。
むしろ襲撃を受けたのにパニックになったり逃げ出したりしない時点で、カイザイールたちの存在はかなり信頼されているといってよかったかもしれない。
馬車をかこっていた剣士たちが一斉に剣をぬき、足音のする方向をじっと見つめる。
やがてそれは姿をあらわした。ぼろく薄汚れた服をきて顔をおおった男たち。その手には剣が握られている。あきらかに襲撃者だった。
まだ日はおちきっておらず、視界はそれほど悪くない。馬車へとむかってくる襲撃者たちの姿は、剣士たちにはっきりと視認できる。
襲撃者の姿を確認したとき剣士たちの顔に浮かんだのは、見下した笑みだった。
「なんだ。たったの8人か」
襲撃者がくる方向の先頭にたっていたのは、あのケリシドという青年だった。
彼はそんな少人数でこの馬車におそいかかってしまった愚か者どもをせせらわらう。
この馬車を守るのはカイザイールの愛弟子たち。ひとりで訓練をうけた兵士、10人分近い強さを誇る。質で圧倒的に勝るのに、人数すら勝ってるのだから、負ける要因はどこにもなかった。
きっと知らなかったのだろう。この馬車を自分たちが守っていることを。
それは情報に疎いということであり、襲撃者が何のうしろだてもない、ただのはぐれものの集団であることをしめしている。
こちらをただの兵士くずれの護衛と勘違いしておそいかかってきた、人数すらもろくに見れない野党ども。
それが8人というわずかな人数でこの馬車に向かってくる襲撃者たちに彼らが下した判断だった。
「それっぽっちの人数で、この馬車におそいかかったことを後悔させてやるよ」
こちらにそのまま近づいてきた襲撃者に、馬車を守る剣士たちは笑いながら剣を構える。なんでもない、楽な戦いだと思っていた。
ただひとり、ひたいに脂汗をながし、厳しい表情をうかべていたカイザイールをのぞいて。
「バカモノがぁ!油断するな!全力で応戦しろ!」
カイザイールの激昂がひびいた瞬間。
「えっ?」
いつのまにかふところまで間合いをつめていた襲撃者の剣により、ケリシドの首が跳ね飛んだ。




