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夜の国  作者: 小択出新都
1.夜の国の公爵さま
9/109

戦います 5

 私たちは、もう砦の最上階まで来ている。

 しかし、あれ以来、魔人の攻撃はなかった。トラップの類はいくつかあったが、普通の魔法使いでも突破できるような脅威度の低いものばかりだった。

(どうやら完全に油断しきっているようね)

 油断してくれたことは大変結構なのだが、また不都合なことでもあった。

 このままでは騎士団を引き連れて、魔人と相対することになる。それはこっちにとって不都合なことだった。

(油断している隙をついて一瞬で終わらせるしかないか)

 私はマントの内側の取りやすい位置に、あるものを忍ばせた。

 そして歩く私たちの前に、扉が現れる。

「この向こうにやつが…」

 既にずいぶん前から、奴の魔力が直接感じ取れるようになってきている。奴は体からもれる魔力を垂れ流しにしているらしく、その強大な魔力は騎士団の人間たちにも感じ取れているようだった。

 今からでも怖気づいて誰か帰るって言ってくれないだろうか。

 まあ居ませんよね…。私は独りごちる。

 一方、宰相の方はといえば、相変わらず恐れた表情をしているが、その表情は今までと変わらない。むしろ、ここまで襲撃が無かったせいか、若干ほっとした顔をしている。

 あたりを覆いつくす魔人の気配にも気づいていないのだろう。のんきなことだった。

 ここまで何もしてこなかったということは、『イフリート』は私たちと直接対面するつもりなのだろう。だが、奴がどういった考えでそれを選んだのかはわからない。

 私は警戒心を失わぬよう気をつけながら、扉のほうへ進んだ。

 私たちが近づくと、扉は開いた。魔力ではない。人間の手によってだ。

 そこには部屋の内部を円状に囲うように、男たちが立っていた。思わず騎士団たちが、腰の剣に手をかけるが静止する。

 そして男たちの真ん中に、一際目立つひとりの男が立っていた。

 なでつけたオールバックの髪に、鷲のような鋭い目じり、しかしそれに宿る光は獣のような純粋さは無く、魔人特有の愉悦と残酷さに満ちている。身の丈は180を超えているだろうか、横に狭いせいで細く見えるが、決してやせているわけではない。まるで肉食獣のような無駄の無い筋肉がついている。

(近接戦闘もそれなりにできそうね)

 私は相手の姿から、情報を分析していく。

 報告書によると、まさにサディストの極みとも呼べる男だ。わざわざ相手をいたぶるためだけに、体を鍛えているのかもしれない。

 一方、男のほうは私たちが現れると、ぱちぱちと手を叩き、笑みを浮かべて一礼した。

「よくぞおいでくださいました、公爵さま。我が砦に」

 その笑みには、私たちを見下しているということが、明らかに見て取れた。

「それで今日はどういった御用で?どんな用件でも、この魔人『イフリート』が精一杯のもてなしをさせていただきますが」

 馬鹿みたいな掛け合いに応じるつもりはなかった。でも、一言応じてしまうのは、私の精神も未熟なせいだろう。

「決まってるでしょ。あんたを殺しにきたのよ」

 そう宣言すると同時にマントから引き抜いた短剣を、相手に投げ放つ。

「なるほど、魔法では敵わないと見て奇襲を考えましたか。だが、残念ながら私に剣は効きませんよ。我が炎が溶かしてしまうのでね」

 イフリートは避ける動作すらせず、強烈な炎を身にまとった。

 私の投げた短剣は炎に包まれ、そのまま相手の肩に突き刺さった。

「ぐっ…!?なにぃっ!?」

 痛みなど予想もしてなかったのだろう。余裕の笑みを湛えていたイフリートの顔が、一気に驚愕の表情に変わる。

 もう一本、私は短剣を取り出し投げる。今度は太ももに突き刺さる。

「ぐあああああっ!?」

(今だ…!)

 私は身を沈め駆け出すと、マントの内側から今度は長い剣を取り出す。

「タングステン鋼の刃(やいば)。融点は約3700度。あんたの炎じゃ溶かせない」

 イフリートは予想外の痛みで魔法のコントロールを失っている。いまなら止め刺せるはずだった。

 その前に一人の男が立ちふさがった。

 私はそれも予想していた。奴の部下が邪魔に入るかもしれないことは。

 魔法を使ってくるか。それとも直接、攻撃してくるか。どちらにしろ攻撃してくるなら、切り捨てるつもりだった。

 予想してなかったのは、その表情だった。

 泣いていた。泣きながら怯え震えていた。そして男は攻撃することもなく、私に抱きついてきた。

 間近に来たその顔が、私の目を見て涙を流しながら漏らした。

「た、たすけてくださいぃ…」

 絶望した表情で。

 つんっと私の鼻を異臭がついた。

(これは…)

 私は次の瞬間、それが何の匂いか察した。男の体を覆うぬれた感触、そしてむせるような臭気。

(揮発油っ……)

 そして抱きついてくるその腕の隙間から、痛みにもだえながら体を起こした奴が、こちらに腕をあげたのが見えた。

「やめろ!」

 私は叫ぶ。

 次の瞬間、私に抱きついていた男の体が爆発した。

 私の体も吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。咄嗟に防御の魔法を張った。しかし、動揺し制御を見誤り、ダメージを受けた。

 そして私に抱きついて助けを求める叫びをあげた男は…、もういなかった。

 その位置にあるのは、放射状に広がる焦げた赤色だけ。

「公爵さま!?」

 騎士たちの叫びは、キーンと耳鳴りの向こう側、遠くに聞こえる。

 そして私の視界の先で奴が立ち上がった、笑いながら。

「ふははっ…、油断していたぞ。まさかそんなものまで用意してくるとは…。だが、我はあのような奇襲で死ぬような小物ではないのだ」

 その表情には、さきほど死んだ、奴が殺した者を気にかけるような気配は一切無い。

「残念だったな。夜国の魔人よ。奇襲に失敗し、傷も負ったお前では、もう私に勝てることはあるまい。なぁに、すぐには殺さん。我が受けた痛みの分もいたぶって、なぶって、それからじわじわと焼き殺してやる」

 壁に叩きつけられて初めて気づいた。部屋を囲むように立っていた奴の部下が、一歩も動くことなく怯えて震えていたことに。

 全員が油をかぶり、その匂いが部屋中に漂っていた事に。

 奴を手早く殺すことだけに目が行っていた私は、それをすべて見落としていた。

 油断していた。

 そう、私は油断していたのだ。

 騎士たちが足手まといなら返せば良かった。わざわざ砦にみんなを連れてのこのこと入っていくこともなかった。経験をつませるという理由で、相手が待ち構えているからという理由で、相手の余興に付き合ってやる必要など何も無かった。ただ攻撃できる距離に入った時点で、全力で奴だけを殺していれば良かったのだ。

 ここにいる魔法使いたちは全員罪人だ。イフリートの虐殺に加担した以上、この戦いが終われば何らかの刑が待っている。しかし、それでも罪を償いながら生きる選択肢があったかもしれない。最低でも生きて裁きを受ける権利ぐらいはあったはずだ。

 それを私の油断が、私の過信が、ひとつの命を失わせた。

 感情に縛られていたのは私のほうだった。

 私は体を起こし、立ち上がった。

「大丈夫ですか、公爵さま」

 心配そうな顔をしてアレス殿下が駆け寄ってくる。

 つーっと頭から一筋の血が垂れてくるのが見えた。頭でも切ったか。

 でも、気にならなかった。もう、気にならない。気にしてはいけない。

 やるべきことを、使命を果たさなければいけない。

「リゾ、この城にいる全員を安全な場所まで送還して、あいつ以外の全員を」

「公爵さま!?私たちも戦います!」

 私はもうアレスさまたちの嘆願を聞くことは無かった。

『予定外の人数です。さすがに城まで送るには時間がかかります』

 リゾから答えが返ってきた。

「できる限りでいい。避難範囲は20km以上、出来れば遮蔽物のある場所」

『…わかりました』

 了承の声と共に、魔法陣がみんなの足元に現れる。

 そして数秒後には、砦に残されたのは私とイフリートだけになった。

「なんだ、仲間を逃がしたのか。それに我が部下までも」

 イフリートはそう言ったが、その言葉に心配の色はなく、どうでもよさそうな表情だった。

「それよりどうするのだ?貴様の氷の魔法は我にとって児戯にすぎない攻撃ですら水になりかけていた。本気の私の炎を防げるはずもない。その上で仲間がいないのでは、万に一つの可能性もないぞ?まあ仲間がいたところで、犠牲者が増えただけだったろうがな、ははははは!」

 勝ち誇った顔で高笑いを上げるイフリート。

「我こそ太陽の化身、神の恩寵を受けしもの。そもそもお前のような小娘が歯向かったのが間違えなのだよ。さあ、後悔し苦しみながら死を受け入れるがいい!」

 奴が炎を身にまとい、魔法を発動させる。

 次の瞬間、空気が爆発し奴の体が吹き飛んだ。

「ぐおっ!?」

 壁際まで吹き飛ばされた奴は、何が起きたかわからないように目を見開き首をふった。

「なんだ!?これは!」

 私はイフリートに歩み寄りながら、静かに告げる。

「勘違いしてるようだけど、私の魔法は氷じゃないわよ」

「ば、馬鹿な。私は確かに貴様が氷の魔法を使うのを見た!」

 動揺しながら叫ぶイフリート。

「あれは都合がよかったから氷を使っただけ。安全で扱いやすい物質だからね。

 あんたは自分の炎のほうが上だと思い込んだようだけど、あれは氷と水を行き来させ融解熱を利用して効率よくエネルギーを消費させてたの。

 そもそもあの場所で強い冷気なんて発したら、周りが怪我をするでしょう。そんな基礎的なことすら理解できずに、魔人同士で戦おうとしてたとはね」

 つくづく自分の未熟さに後悔する。

「嘘をつくな!」

 冷静さを失った奴がもう一度魔法を使おうとする。

 しかし結果は同じだった。奴が出した炎は、暴発し奴自身の体を傷つける。

「な、何故だ…」

「今はあんたの周りに、可燃性のガスを生成している。魔法を使えば、あんたの制御できる以上の熱量が発生するように。自分が扱える以上の温度じゃ、ダメージも防げないでしょ」

 魔法を使えるものは、その魔法と同じ現象に対してある程度の耐性を持つ。しかしそれは自分が制御できる範囲内までの話だ。それ以上になると、耐性は力を失い、普通に傷や火傷を負う羽目になる。それでも一般人に比べたら、ずいぶんと強いものだが。

「生成しただと……」

 わけのわからないことを聞いたように、イフリートがつぶやく。

「そう私の魔法は、『生成』。あらゆるものを作り出せる力」

「馬鹿な、そんな魔法聞いたことがない!」

 信じられないようにイフリートは叫ぶ。

「そう?でもこんなことも出来るわよ」

 私はそういいながら、右手を前に突き出した。

 その周りに、部屋に入った時につかったタングステン鋼製の剣が現われる。しかも、一本や二本ではない。

 大小十本の刃が、そのまま宙を飛び、彼の全身に突き刺さった。

「ぐあああああああああああ!」

 ひときわ大きく、彼が叫ぶ。

 急所は外してあった。

 それでも初めて味わう大きな痛み、初めて味わう傷つけられるものの恐怖。もはや、魔人の顔に余裕の表情は無かった。

「あっあっあっ…、ば、ばけもの…」

 かたかたと震えて私を見上げるイフリート。その男に止めを刺すために、私は一歩づつ近づいていく。死神のように。

 それをみてイフリートは傷だらけの体を震わせ立ち上がろうとする。しかし、傷つけられた足では、膝を立ててかろうじて体を起こすことしかできなかった。

 それで何をしようというのか。いや、どうでもいいことだ。

 私がやることは何も変わらない。

「はっ…はぁっ…、許してくれ」

 イフリートがしたのは命乞いだった。涙を浮かべた必死の表情で私へと懇願する。

「頼む、助けてくれ…。おとなしく牢に入る。もう出てこない。大人しく罰を受ける。だから頼む、命だけは……」

 頭を地面につけ、必死に命乞いする。

「……」

「頼む、頼む…お願いだ…」

「……わかった」

 長い沈黙の後、私はそう答えた。公爵の言葉として。

「いま魔力封じと転送魔法を手配する」

 そう言って、私は奴から目を離すと、奴の表情が変わった。

「馬鹿め!死ねぇい!」

 いつもの表情を取り戻した奴は、右手から私へ炎を放とうとする。

 しかし彼の右手に炎が現われることはなかった。

「!?」

 驚いた表情をしたイフリートだが、次の異変に気づく。声が出ない。息ができない。

 イフリートはそのまま苦しそうに喉を押さえた。

『あんたと私の周りに真空の空間を作り出したの。これなら炎も起こせないでしょ』

 私の声が伝わるのは、魔法で作り出した振動によるものだった。

『ああ、でもひとつだけこういう時に使える『火』があったわね』

 私は思い出すように手をうつ。空気がないので、ぽんっと音はならないが。

『あんた太陽の化身って自分のことを言っていたわね。だから見せてあげる。あれがどういうものなのか。あれがどれだけ狂った存在なのか』

 動けない奴の前に、私は右手をかざす。

 私の手の中に二つの物質があらわれる。ひとつは水のもととなるとても小さく最も軽い物質。そしてもうひとつはそれと同じ存在であるが、それよりわずかに重いという物質。

 それが私の手の中で融合する。物質のように結びつくのではない、物体のように寄せ集まるのでもない、真にひとつの物質として合わさる。

 同時に私の右手の中に小さな太陽が現われた。



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