戦います 4
砦の最上階、司令室があった場所にひとりの男が座っていた。
その部屋には男以外にも、十数人の人間がいたが、座ってるのはその男だけだ。
「ほう、奴らにも魔人がいるのか」
男の前には人間の身長ぐらいの大きさの炎が宙に浮かんでいた。
それは静かに燃えながら、様々に色を変え映像を映し出している。そこに映るのは、黒づくめの少女に連れられ、砦の廊下を進む騎士たちの姿だった。
「どうして小娘が騎士など連れているのかと思ったが、なるほど魔人だったのか」
「少女の…魔人ですか…?」
男の呟きに、傍に控えていた人間が思わず声を出す。
「ほう、何かしってるのか?」
男と目が合うと、その人間は緊張したように肩を震わせる。
振り向いた男の表情は、見ただけでわかるほど嗜虐的な笑みを湛えていた。その目の光には自分のことしか考えていない傲慢さと、そして身を震わせるような冷酷さが宿っている。
男とその人間は世間一般で言えば弟子と呼んでもいい間柄だった。しかし、それでも男の瞳に親しみの色はまるでなく、そしてその人間の態度にも恐れ畏まる心しか表れていなかった。
緊張した声音で問われた者は答える。
「はい、夜国には公爵位を持つ魔人がひとりいると。なんでも相当な実力をもった魔法使いで夜国の切り札だとか」
男もその噂には聞き覚えがあった。
「なるほど、あれが噂の『公爵』というわけか」
確かに騎士たちの装備している鎧の紋章は、オレゴンのものでもマーニカのものでもない。
「だ、大丈夫なのでしょうか?奴は幾人もの魔人を葬り去ってきたという噂ですが」
公爵の伝説を伝え聞いていたその人間は思わず問い返してしまう。それから後悔した。
これでは主の実力を疑うみたいではないか。
その者は知っていた。比較的、長くこの魔人に仕えているからこそ。
それはある程度役に立つ存在だと認められているからこそだが、それでもこの偉大なる魔人にとってその命の重さが羽毛からうすっぺら紙一枚程度になったにすぎないことを。
魔人の口がゆがむのを見て、心臓が凍りつきそうなほど恐怖を覚える。
「なに、心配いらん。あれを見てみろ」
そう言って男が指し示したのは、先ほどの氷で覆われた部屋だった。
部屋の壁に張り付くように形成されたもうひとつの氷の壁。それは拡大されると、ぽたっぽたっと水滴を垂れ落としていた。
「奴は余裕の表情に見せていたが、奴の氷の魔法は我の炎を消すのに精一杯だったのだ。その証拠に既に温度を失い溶け始めている。あれでは私の本気の魔法は防げん。心の中ではさぞかし動揺していることだろう」
くっくっく、と魔人は嗜虐的な笑みを浮かべる。
「遠くから手も届かせぬ無様さで騎士の目の前で焼き殺してやるのもいいが、なにやら公爵というではないか。ここはひとつ我の前まで招いてやろう。さて、丁重なもてなしの準備をしないといけんな」
そういうと『イフリート』は、黒い人のかたちがまざまざと残された、その椅子から立ち上がった。
「あの公爵を血祭りにあげたあとは、我を騙し牢獄へ閉じ込めた国家連合へも復讐をしてやらなければならないな、くっくっくっ」