戦います 3
すたすたと歩く私の後ろを、騎士たちが警戒した面持ちでついてくる。その後ろから宰相がおびえた表情で。
もう既に砦の二階に達している。敵の攻撃は未だ来ない。
(これは相当の自信家ね)
私はそう思いながら、表情を変えずに歩んでいく。
そのまま二階の中央部に足を踏み入れたとき、誰もが言葉を失った。
「なっ…」
「これはっ…!?」
辺りに転がる鎧や剣の残骸。私の近くに転がっている剣は剣先が溶けてなくなっていた。
そして壁には黒い焼け焦げた跡。何が燃えたのかはわかった。まるでそこに人が立っていたかのように、影を形作っていたからだ。
「なるほど、ここから攻撃を開始しますって合図かしらね。ご親切なこと」
私はすぐに歩みを再開する。
もう後を付いてくる騎士たちも何も言わなかった。
その光景に抱いた感情はわからないが、魔人の残虐性を見て今はしゃべっている事態ではないと理解したのだろう。たとえ危険があろうとも、彼らがそれを倒すには魔人の前まで向かわなければいけない。彼らは立派な騎士だった。
宰相だけは「なぜ私がこんな場所に。なぜ私がこんな場所に」とぶつぶつ呟いてたが、逃げはしなかったので放っておいた。
そして私たちが廊下の中央部に到達したとき、前から分厚い鉄の扉が下りてきた。
金属音を立てながら前方を塞いだ壁は、後ろからも降りてきて完全に私たちは閉じ込められる。
そして次の瞬間、周りの壁が炎で包まれ赤熱しだしす。部屋の温度が一気に上がる。
(なるほど、罠と魔法の両方の攻撃ね)
騎士たちが叫ぶ。
「け、結界を張れ!火を防ぐんだ!」
しかし遅い。それでは炎が部屋にまわるまで間に合わない。
「くっ、だめだっ。間に合わない!」
騎士の一人がそう叫んだ。
次の瞬間、部屋全体は氷で包まれていた。
赤く燃え盛る炎の光景から、一転静かに青白く光る氷に覆われた部屋。焦りに顔をゆがませていた騎士たちの顔は、しばし呆けていた。
「こ、これは公爵さまが…?」
「ええ」
私はそれに頷く。
この氷は私が魔法を発動させたことによってできたものだ。
「さ、さすが公爵さまです!あれだけの炎を呪文を使わずに鎮めてしまわれるとは」
「なんというお力」
騎士たちは絶望した顔から、一転して感動の表情で歓声をあげる。
私はちょっと静かにため息をついた。
やはり普通の魔法使いが魔人と戦うのは無理があるのだ。
さっきの結界も、魔力を集めた壁を作り敵の干渉を軽減するというものだが、魔法使い同士の戦闘の場合、単純な詠唱な分、早く発動できるので防御として役に立つ。
しかし、瞬時に致命的なダメージを与えてくる魔人には遅すぎるとしか言いようが無い。
さきほどの件を見ればわかるように、私が魔人と戦えるのは、私自身も魔人だからだ。詠唱無しで魔法を発動させることができる魔法使い。
それ以外の人間が、魔人と戦おうというなど無理な話である。
第一、この騎士団の人たちは、ひとりひとり大貴族の血筋だったり、王族の人間だったり、アレス殿下に限らず、国にとって代替えの利かない重要な人物たちなのだ。そういう血統の人間は確かに魔力の素養については一級品であることが多いのだが、だからといってこんな場所で戦わせていい人材ではない。
こういう荒事は私みたいな替えの効く人間がやるべきことなのである。それが私の持論だ。あの王の考えは違うみたいだが…。
(やっぱりあなたたちには無理だから帰りなさい)
そう理由をつけて帰そうと振り向いたとき、彼らの周りの景色がわずかにゆがんでいることに気づいた。
(これは…?)
光が曲がっている。しかも、おそらく可視光だけでなく、不可視光線まで。いや、そちらのほうがメインだろう。エネルギーの大きな短波のほうが屈折が大きい。
おそらく光というか電磁波をコントロールして、熱を遮断しようとしたのだ。しかも、呪文を唱えていたのでは間に合わない状況なので、魔法の詠唱に起きる余波をコントロールしてそれを行った。
なるほど、これならみんなが結界を完成させるための間の防御になったかもしれない。
そしてここで光の魔法を使えるものは一人しかいなかった。
アレス殿下だ。
咄嗟の判断でそのような防御手段を思いついたのなら、凄まじい頭の回転の速さだ。
(本当に頭の良い御仁だ)
私はしばらくぼーっとアレス殿下を見てしまった。
騎士団の中にまじっていたアレス殿下は、自分が見られていることに気づいてぱちくりと見返してくる。目が合ってしまった。
「……」
黙っていることが気まずくなった私は、思わず口を開いてしまう。
「み、見事な発想です」
思わず褒めてしまうと、しばらく何を言われたか理解してなかった殿下の表情が、だんだんと紅潮していき、嬉しそうに目がきらきらと輝きだした。
こんな表情の殿下、私は今まで見たことがなかった。おもわず、一歩後ろに後ずさる。
「はい!ありがとうございます!」
しまった…。理由をつけて返すつもりが、思わず褒めてしまった。
ほかの騎士たちも状況を理解すると、本当にうれしそうな表情で殿下と喜びを分かち合う。場の雰囲気は一気に明るくなり、もはや「帰れ」などと言える雰囲気ではなかった…。
私は自分のミスに頭を抱えながら、戦意の高揚した彼らをつれて砦を進むしかなかった。