戦います2
砦の中にも壁には、ずっと先まで火の燭台が据え付けてあった。
おそらくこれにも監視用の魔法がかかっているだろう。すでに私たちは敵の監視内だ。
そうなると火を消せばいいじゃないかと思うだろうが、それをやらないことにも理由もあった。
まず方法にもよるだろうがいちいち歩きながら火を消して回るのは手間がかかること。そんな行動で時間を喰っているうちに、敵に強襲でもされたらたまらない。
次に、敵の監視に気づいていることを悟られたくないこと。監視に気づいていることが相手に伝われば、相手もそこから私たちの魔法に対する技量を読み取ってくる。おそらく燭台の光の反射の光学的情報をそのまま視界に取り入れているだろうから、放っておけば相手に渡る情報は多い。しかし表面に見える情報より、内部的な情報はさらに重要性がある。わざわざ手間をかけてどんな罠がしかけてあるかもわからない火を消して回るよりは、隠せる方を隠したほうがいい。
そして何より。魔法使いとの戦闘に不慣れと思わせて、戦いにおいて致命的となる相手の油断を誘いたかった。
最後に、実はこれが一番私の中で主な理由だったりするのだが、このまま魔人の居る場所まで突撃するのにはとってもためらいがあるのだ。宰相はどうでもいいのだが、騎士団の人間たちを、こうして敵に向かう進路のうちに理由をつけて帰したかった。
実のところリゾの転送魔法は敵の目の前にでも私たちを送れたのだ。しかし今回は、騎士団の人間を危険に晒さないためにそれをやめてもらった。
相手からの監視を絶ってしまって、魔人がじきじきにこちらへ襲ってくるようなことがあれば、もともこもないのである。
「どうされますか?」
「とりあえず、上へ」
尋ねてきた騎士の一人に答える。
彼らを連れて行きたくないのはやまやまなのだが、ゆっくりしていると敵が変な行動を起こすかもしれない。
適度に移動しながら様子を見ていくしかない。
「敵のいる位置がわかってらっしゃるのですか?」
「魔人は自信家が多いからね。こういう砦なら、大抵最上階にいるわ」
「は、はあ…」
いまいち納得してなさそうな返事。
まあ、彼らの疑問もわかる。こんな性格診断みたいなことで進路を決めていいのかと。
しかし、魔人はその生涯において、ほとんど敵と出会わない。彼らのまわりにいる人間は、彼らの力からすれば、そこらの地面を這いずる蟻のようなものである。
その手を振るうだけで、何百、何千人もの人間を消し去った魔人が、人間相手に警戒し防護策を講じることなどありえるだろうか。
この燭台の仕掛けにしても、施している防衛のためのものではない。それなら私の場合、発見した時点で相手の戦力を削る仕掛けを施す。これらは奴が殺そうとする獲物を、ただ『見る』ためだけの仕掛けである。
「罠などはありませんか」
「あるでしょうけど」
私は思わずため息をつきそうになった。
彼らの言葉にのん気さを感じてしまったからだ。しかし彼らが魔人との戦闘経験が初めてであること、そして全員が必死になってこの場で役に立とうとしていることを思い出し、少し自己嫌悪になった。
「もう既に敵の魔法の射程圏内よ。罠にも魔法にも常に警戒して」
少し口調をやさしく諭すものに変える。
「ひぃ…」
私の言葉に宰相が顔色を青くし、悲鳴を漏らすがそれは気にしない。
「魔人はもうこの位置からでも攻撃できるのですか」
「あれだけの数の監視魔法を発動させてるのよ。あの魔力を攻撃に転用すれば、何人かはその場で焼き殺せるわ」
「しかし、それではなぜまだ奴は攻撃してこないのでしょう……」
騎士がぞっとした顔をしながら疑問を呈してくる。
「たとえばあなたがゴミ箱にごみを投げて入れようとするとき。じっくり狙いを定めるでしょ。別に外しても、たいしたことはないんだけど。単純に外すのが嫌なのよ」
特に監視魔法を頼りに攻撃の狙いを定めるというのは、外す可能性も高いものだ。
「は、はあ…」
騎士の顔はあまり納得がいかない様子だ。私もそうだ。私が奴なら射程圏内に入った時点で全力で攻撃する。
それがもっとも自分の安全確保につながるからだ。
つまり奴は舐めきっているのだ。人間を。
「納得がいかないかもしれないけど、強大な力を持つ敵と対峙したときこそ、そういう些細な心の動きが重要よ。相手も必ず己の感情や精神的な抑制に縛られている。それは敵だけじゃなく自分にもね。
事前の情報から、『イフリート』は嗜虐性の高い残忍な性格。おそらく攻撃がくるのは、確実にこちらを殺せると思ったとき。
とりあえず、今は進みましょう。立ち止まって狙いを定められないように」
私はマントを揺らしながら歩き出した。
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