戦います 1
次の瞬間、私たちは砦の前にいた。
それは砦にしては大きく、朽ちてはいるものの芸術的な意匠がところどころにあった。一度打ち捨てられた城が、今回の戦役で砦へと改造されたものかもしれない。砦の周りにはかがり火が煌々と焚かれている。
私たちが現れた瞬間、かがり火がぼわりっと揺れた。
見張りの兵士の気配はなかった。
おそらく中にいるのは、イフリートとその配下の魔法使いだけだろう。それ以外の人間がどうなったかは、いま考えることではなかった。
後ろの騎士たちは緊張した面持ちで砦を見上げている。初陣ではないだろうが、魔人との戦いは経験したことがないだろう。全員が息が詰まるような表情だった。
私としても、こっちのほうが都合がいい。妙に勇んで突撃などされたら、それこそ厄介だ。
だいたい普通の人間が魔人と戦闘経験があるとするならば、死ぬような重傷を受けているか、もしくは墓の中だ。別にこういう反応は変わったことではない。
一方。
「うわああああ、なんだこれはあああ!?」
宰相はようやく自分の状況を理解したらしい。大きな声で騒ぎ出した。
それから私たちの姿に気づくと、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「間違っておりますぞ、公爵さま!捕虜を連れて行く約束だったではありませんか!私は関係ありません!」
「間違ってないけど」
そんな彼に冷静に告げる。
「ど、ど、どういうことですか?」
宰相のどもりながらの質問に答えてやる。
「あんたたちがはじめた戦争でしょ。いまさら高みの見物ができるとでも?」
私が睨み付けると、宰相は一瞬言葉を失った。だが、すぐに立ち直り、体をゆすって言い訳をはじめた。
「しかし、私は戦闘などはまったくの専門外でしてね。ここは適材適所として、公爵さまにお任せするのが一番ではないですかな。そもそも魔人が出てくるなど想定外のことではないですか。これは私の責任ではありません。私には戦後処理などの役目も残っているのです。怪我などあったら一大事です。と、とにかく帰らせて頂きます。戻すように言ってください」
彼の軍服の胸に飾られた勲章は、彼が頻繁に口を動かすたびに、じゃらじゃらと音を立てていた。
「そう言われても、戻す気なんてない」
誰が無理やり攫ってきた人間を、理由も無く戻すというのだろうか。私はきっぱりと告げる。
「で、では、私はここを動きません。あそこ辺りの影に隠れていることにします!戦闘が終わりましたら、必ず迎えにきてください」
「それは構わないけど」
私が了承したことに、宰相はほっとした顔をする。しかし私が次に告げた言葉に、顔色を変えた。
「死にたいならね」
「どどど、どういうことですか!」
動揺しまくる宰相に、私はため息をついた。
「敵の魔人『イフリート』は炎の使い手。この城を覆うかがり火は、やつの監視用の魔法よ。どのルートからでも、城に近づく相手を発見できるようにしている。私たちは今、見られている。もし、はぐれでもしたら、奴の部下が真っ先にあんたを殺しにくる。それでもいいなら、一人で待ってなさい」
かがり火は風に関係なく一定の周期で揺れている。それも私たちが現れてからは、動きがずっと増していた。
宰相の顔から、血の気が引いていく。
「い、一緒にいれば守ってくださるのですか!?」
「まあここにいる騎士たちと同じ程度にはね」
そこらへんは差別するつもりもなかった。気がまったく乗ってないのも真実だったが。
「安全という保証はあるのですか!」
その言葉に私は宰相を睨み付けた。殺気じみた気配を込めて。
「そんなものないわよ」
「なっ」
宰相の言葉が止まる。
「次の瞬間、私の首が飛んで、騎士たち全員が殺されてもおかしくない。戦場っていうのは、そういう場所よ。安全な保証なんて、どこにもない」
そして言葉を失った宰相に背を向けて、砦の入り口へと歩き出す。
「行きましょう」
「はいっ!」
まだ緊張した面持ちながら、すぐに準備を整えた騎士団たちが私の後に続き、それからしばし呆然となっていたが立ち直った宰相が、あわてて私たちの後についてきた。