大愚王
ごうごうと周囲を吹きすさぶ強風の中、セルハは崖の上から広がる森をじっと見つめていた。
「どう?」
『気配は感じる。しかし、どこにいるのかはわからない』
あれから一日が経った。精霊魔法により自己を拡散させ風の中に消えていったテスハは、再び姿を現すことはなかった。
調べてみたがシエルの風はかなり大規模な自然現象で、その風の範囲は別荘地だけでなく、この地方全体に及んでいた。
その中に溶け込んでしまったテスハを捉えることは、ほとんど不可能な話だった。
場合によっては、既に私たちの手の届かない場所に移動してしまった可能性もある。しかし、それはセルハが『必ずここにいるはずだ』と否定した。
その発言が正しいのかはわからないが、この状況でもテスハを倒す方法はあるにはある。
テスハのいるだろうと思われる何百キロメートルに及ぶだろう範囲を、一気に焼却することだ。
その行為のどこに狂った魔獣が暴れまわるのとの違いがあるのかという疑問点を考えなければ有効な方法なのだが…。
そういうわけで、何百キロメートルの範囲に拡散し、風に乗って移動し続ける相手を殺すのは、よう私たちには不可能というわけだった。
完全な手詰まりである。
こうなったら対処する手段はひとつしかない。
テスハが姿を現すまで待つこと。
そして理性を残し、逃げ続けるテスハが
「次に姿をあらわす時は…」
『完全に狂い、理性を失ったときであろう』
***
シエルの風が吹きすさび、外には魔獣がいて、別荘に閉じ込められる中、アイシャさまたちはといえば完全にいつもの調子を取り戻していた。
強い人たちだ…。
「さあ、勉強よ!勉強!いくら魔獣がいるからってテストには受かってもらわなきゃ困るんだから!」
そうして私は勉強をさせられるわけだ…。
「あんたの勉強に対するやる気の無さから、私たちも考えてみたの」
「うん、なるべく興味を持ってもらえるように、劇みたいにしたらどうだろうかって」
どうしてそうなるのか…。
そういうわけで無理やりペンを握らされた私たちの前には、シャシャとセフィがコントみたいに二人並んで立っていた。
そういう話ではないと思うが…。
そんな私の心の中の突っ込みは知らぬまま、言っても聞いてくれそうもないまま、劇は開幕した。
「世界に暦が生まれるよりずっと前。世界に夜が生まれいろんな生き物たちが数を減らし滅びていった時代。それからも人間は立ち直り、集団を作ることによりあらゆる脅威をしりぞけ、徐々に繁栄を取り戻していきました」
セフィの声は劇のナレーションを意識したのか、いつもより透き通っていた。
「やがて集団は国家となり、世界にはさまざまな国家が存在し、そこでみんなが平和に暮らす時代がやってきたのです。この時代は安寧の時代と呼ばれています」
セフィのナレーションが終わると、シャシャが変なポーズを取りながら叫ぶ。
「しかし、そこに現われたのが大愚王フィリッポス!」
これを劇というならば、プロの劇団員たちが怒るだろう…。
「のちに大愚王と呼ばれるフィリッポスは、東の小国ランバールの王でした」
「なんとこのバカ男、小国の王でありながら全世界に対して宣戦布告をしかけたのよ!とんでもない男ね!」
「周辺の国々は馬鹿にしていましたが、実際に戦争が始まると彼は立て続けに周りの国々の軍を打ち倒してしまいます。そして安寧の時代の大国のひとつ、リシアとの戦争にも勝利してしまったのです」
「まわりの奴らもよっぽど情けない奴らだったんだろうねぇ」
もはや体裁すら劇ではなく、シャシャはただ単に感想を言ってるだけである。
「そのまま全世界の覇権を握ってしまうのかと思われたフィリッポスですが、国内で革命が起き、最期は部下によって殺されてしまったそうです。こうして大愚王フィリッポスの野望、愚者戦争は終わりを告げました」
「でも、今でもどこかの城にはフィリッポスが作ろうとしていた大量殺戮兵器が眠っていて、夜な夜な歩き回っては城の住人を脅かしてるそうよ」
最期に至ってはただのオカルト話ではないか…。
何か怖がって欲しそうなポーズと声で私に言ってきたが、まったく怖くなかった。
そうしてセフィとシャシャの良くわからない授業は終わったのだった…。
ちなみに彼女たちは私が寝なかったので、この授業に至極満足していたようだった。




