ここは夜の国です 2
魔法使いにはランクがある。
まず、呪文を唱えても、まったく魔法が使えないという人。これはほとんど一般人と変わらない。魔力は持ってるのだから厳密には少し違うのだが、これといって生活に影響はなく、当人も自分が魔力を持ってることを知らずに暮らすことのほうが多い。
それから呪文を唱えれば、ちょっとした魔法を使えるもの。火の魔法なら薪に火をつけたり、癒しの魔法なら擦り傷などの軽傷を治したりといったことができる。魔法使いというには心もとないが、普通の人にはできないことができるので、田舎の村なんかでは重宝されたりする。
次が呪文を唱えれば、きちんとした超常現象を引き起こせるもの。自然には決して起こりえない現象を引き起こし、魔法使いと呼ばれその力は恐れられる。そこまでの魔力を持った人間は希少なので、国に囲われたり、魔法使いの団体から勧誘されたりする。
さらに上になると、長時間の詠唱によって大規模な魔法を行使できる。ここまでくると、魔法使いの中でもかなりの上位クラス。国の中で長が付く役職についたり、年になれば弟子を取ったり、戦争では1中隊に匹敵する戦力として扱われる。
そこからさらに、小規模な魔法なら詠唱なしに行えるものがいる。呪文や魔法陣の補助なしに、現世の事象に干渉しうるのだ。その力は計り知れない。もはや達人の領域であり、その名前は魔法使いの間でも知れ渡っている。まさに魔法使いのトップクラスともいうべき人間たちだ。
そして魔人は、詠唱なしで大規模な魔法を使える。
その力は他のクラスの魔法使いとは比べ物にならず、瞬時に繰り出される大魔法は、戦争において一瞬にして数多の敵を葬り去る。
その存在は単独で戦争の戦局を変え、戦略にすら影響を及ぼす。
あまりに強大な力に国際条約により、魔人の保持および戦争における使用には制限が設けられている。
夜の国でも、国家が無許可で魔人という戦力を保持することを禁じていた。
「無許可の魔人なの?」
「ああ、すでに身元は割れている。派手にやってくれたからな」
話す王の雰囲気はさきほどとはまるで違っていた。表情にはいつものにやついた笑みを戻しているものの、目に宿る光はこの国の王たる威厳を宿している。
「オレゴンとマーニカの紛争は知っているだろう」
「ああ、あのお互いが意地になって小規模な金山を奪い合ってるあほな戦争ね。もうすぐマーニカのほうが勝ちそうだって聞いたけど」
オレゴンとマーニカは隣接する小規模な国だった。お互いの国境線を山で区切られ、今までは平和に暮らしていたはずだったが、その山から金が出たことによって状況が変わった。
いままで曖昧になっていた国境線を、互いに山の向こうまでが自分の国だと主張し始め、加速度的に仲が悪くなった。
そして他国の仲裁も聞かずに、ついに戦争まではじめたのだ。はじめての衝突で互いにかつてないほどの犠牲者を出しながらも、彼らは戦争を続けた。
専門家たちによると、その山に眠る金の量も国際的に見ればそれほど大したものではないという分析だったが、いままで何も特別な技術も資源も持たなかった国にとっては、目もくらむ宝に見えたのかもしれない。
他国の仲裁に耳を貸すことなく、二国は泥沼の争いを始めたのだった。国の財産と人を多量に注ぎ込みながら。
しかし何にでも終わりがあるように、その戦争もついに終わりを迎えようとしていた。戦況はいちはやく戦慣れした傭兵を雇うことを決めたマーニカがやや有利であった。国軍にこだわったオレゴンは、小さな敗北を積み重ね続けた。
その差はだんだんと大きくなり、近年になるとマーニカが圧倒的優勢となっていた。その代償にマーニカの財政は、借金まみれになっていったのだが…。
とにかく全面戦争となってしまったこの戦争で負けると、オレゴンの方は消滅の危機だった。勝ったマーニカのほうに明るい未来が待っているとは思えなかったが…。
「負けそうになってきたオレゴンは、魔人を持ち出してきた」
私は首をかしげる。
「オレゴン程度の小国じゃ、そもそも魔人を所持できるはずがないんだけど」
魔人の保持というのは国家間の力のバランスのひとつでもある。国としての地力がなければ魔人を囲っておくことなんてできやしないし、分相応な力を持てば周りから一斉に潰しにかかられる。
それを秘匿しておくなんて至難の業だし、そもそも無為無策の末に滅びかけているオレゴンにそんな知恵があるとは思えなかった。
「その通りだ。しかし、魔人は現れた。犠牲者はおおよそ兵士2万人、傭兵3千人、民間人600名」
「民間人?」
眉をひそめた私に、王が頷く。
「オレゴン側の魔人の名は『イフリート』」
私は思わず吐き捨てた。
「前にも民間人を虐殺して千年牢に放り込まれたばりばりの犯罪者じゃない」
「ああ、おそらく教会か盗賊ギルドの手引きだろうな。そこでようやくマーニカの側から救助要請があったわけだ」
「なるほどね。以上で終わり?」
私の問いかけに、王は少し苦笑いをしてから言った。
「いや、まだ状況は悪い。どうやら戦闘の後に、オレゴンはイフリートを暗殺しようと計画してたらしい。見事に逆襲され、オレゴンはいまや壊滅状態だ。こっちは犠牲者も計り知れない」
私はため息をつくしかなかった。
自分たちが勝てなかった軍隊を一人で葬り去った男を、どうやって殺そうというのだ。油断している隙をつけばとでも思ったのだろうが、魔人はそこまで甘い存在ではない。
よくもまあここまで、二国とも下策に下策を重ねられたものだ。
コンコンと扉をたたく音がした。
私はさっと王が投げ返してきた帽子とマスクを身につける。
扉が開いた瞬間、小太りの男が王の間に駆け込んできた。しまりのない体にはとても似合わない軍服に、じゃらじゃらとした勲章をぶら下げた男は、王座の前まで駆け寄るとがばりと土下座した。
「どうかお助けください、夜王さま!」
「話は聞いている。マニーカの宰相よ。いま公爵に話をして、解決してもらおうとしていたところだ」
王は一瞬で柔らかい表情を作ったが、その目には軽蔑の光が灯っていた。
しかし太った男は、それに気づいた様子もなく、私のほうを向き感激した面持ちでいう。
「おおおお、あの『公爵』さまに来ていただけるとは、我らも安心でございます!」
彼は私の手を取ろうとしたようだが、私が彼に手を差し出すことは無かった。
「それでいつから出ればいいの」
「もう準備はしてある。入って来い」
王がぱちっと指を鳴らすと、部屋に帯剣した男たちがぞろぞろと入ってきた。
「護衛を務めさせていただきます、夜国魔法騎士団のものです。よろしくお願いします」
ひざまずいてそう言う彼らに、私は王の方を向いて言った。
「いらない」
明らかに余計なものをという雰囲気を発している私に、王は苦笑しながら答える。
「確かにお前には必要ないだろうが、後進の育成のためには必要なんだ。ひとりにずっと頼っていては、国家が成り立たなくなるだろ」
それでも正直、気が進まないものは気が進まなかった。
しかし騎士団の後ろから一人の青年が歩み出てくる。
「お願いします、公爵閣下。私たちをお連れください。足手まといと思われているのはわかります。しかしそうはならないように、必死に努力します。どうかお許しを!」
それはアレス殿下だった。
ひざまずいた姿勢でそう言う殿下の姿に、私は動揺して言葉を失い、口をぱくぱくさせてしまう。
その沈黙を王が無理やり話術で肯定へと変えた。
「どうやら了承してくれたようだな。さすがはわが国の公爵だ。騎士たちの真剣な思いを汲み取ったのだろう」
「ありがとうございます、公爵さま!」
騎士たち全員で合唱して頭を下げる。アレス殿下も…。
(てめぇ、わかってて殿下を入れやがったな!)
私はラティーナにやった以上の殺気を込めて王を睨み付けたが、この神経の図太い男は涼しい顔をして、笑顔で流す。本当に本当にむかつく男である。
「リゾ、危険になったらすぐにみんなを転送できる準備をしておいて」
「はい、公爵さま」
仕方なくそういう風に妥協するしかなかった。
「敵の位置は?」
「やつはオレゴン側の砦を乗っ取り、連れてきた部下たちと共にそこを占拠しているようです。おそらく部下もやつの弟子である魔法使いでしょう」
騎士たちにはあらかじめ説明がなされてたようだ。私の質問に王の代わりにと答えてくれる。
ということは先ほどの手はずも、あらかじめ予定されていたものってことか。
王への殺意が増すが、今は緊急事態なので置いておかなければならない。
「転送の準備は?」
「すでに出来ています。いつでも乗り込めますよ」
そうしてようやく準備ができたと思ったら、宰相がなにやら話しかけてきた。
「お待ちください、『公爵』さま!」
宰相はさっきまでの歪んだ泣き顔はどこへやら、媚びたような気持ち悪い薄ら笑いを浮かべていた。
そして扉の外に向かって、先ほど王がやったように指を鳴らす。
「おい、連れて来い!」
それからまた一転、高圧的な声で扉の外に叫ぶと、マーニカの鎧をつけた二人ほどの兵士が、見知らぬ男を連れてやってきた。男は手を後ろで縛られ引きずられるような体勢で入ってくる。その顔やぼろぼろの服からのぞく皮膚には、青い痣や傷があり、その目は感情の光が無く死んでいた。
その男を自分の前まで連れてこさせた宰相は、自慢するように背をそらし、手を胸にあて王の間で謳いあげる。
「この男はオレゴン軍の捕虜にございます。しかも、仕官クラスの人材だったとか。この男を連れて行けば、城の内部構造も知ることができます。なぁに、決して逆らったりはしません。そこらへんの処置は我々の方で完璧にすませておきました。必ずお役に立ちますよ」
大声で話すその顔は、まるで褒めて欲しそうな誇らしげな表情だった。
王は何も言わない。
「そう」
私はそれだけ答えて、指を差してリゾに告げた。
「こいつも送って」
その言葉に宰相の顔が、「やった」というように笑顔で輝く。
リゾはただ頷き、転送の準備をはじめる。
「場所はどうします?」
「とりあえず、城門の前で」
「了解しました」
私は騎士達の顔を見回してたずねた。
「準備はいい?」
「はい!」
彼らは真剣な表情で頷く。
「それじゃあお願い」
リゾに頼むと、彼は詠唱をはじめた。この城に来たときのように足元に魔法陣が現れ始める。騎士たちの足元にも同じように。
「ご健闘をお祈りします!公爵さま!」
まるで他人事のように手を振る宰相は気づかなかった。自分の足元にそれと同じ魔法陣が描かれていることに。