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夜の国  作者: 小択出新都
2.死霊の術者
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新たな事件

前の話でセリナの「最後の仕事だしね」という部分は「今月で仕事は最後だしね」という風に変えさせていただきました。

 そういう感じで、南通りの八百屋まで走らされた私は、ぜぇぜぇと息を整える。

 八百屋といっても結構大規模な店で、手広く商品を扱っているところだ。下町の八百屋の三倍ぐらいあるところには、すでに人がずらーっと並んでいた。

 人ごみの苦手な私は、それを見ただけでげんなりする。

 そもそもこれだけの人数がいて買えるのだろうか。そう思ったのだが。

「よし、これならちゃんと買えそうですね」

 人ごみをさらっと見渡したナナパは、あっさりとそう言う。

「こ、これだけいるのに?」

 正直、汗もかいたし疲れたし、家に帰って風呂にはいって寝たかった。

「大丈夫です。事前にお店の人に、どれくらい仕入れるかは聞いてますから。この人数なら、全然問題ないですよ」

 なんという有能な家政夫なのだ。

 この能力を、もっと私の幸福へと役立ててくれないだろうか。

「さて、ご主人さまの出世と幸せのためにも、今日はがっちりと食材を確保しますよー!」

 ナナパ…。

 絶対、お前は私の幸せを取り違えている…。

「まず、ご主人さまは豆2袋、卵1箱、葉野菜2個を買ってください」

「まめ……」

 私のテンションは下がる。

 豆は嫌いだ。ナナパの作る豆料理はうまいし普通に食べられるが理屈ではない、豆は嫌いなものと決まっているのだ。

「もう、相変わらず食わず嫌いばっかりして。豆は畑のお肉っていうんですよ」

 馬鹿なことを言う。豆から肉の味がしたら、みんな苦労はしないのだ。

 そんなことがあったら世界の法則が乱れる。

 まったく納得してない様子の私に、ナナパもため息をつきながら折れた。

「はいはい、わかりました。鶏肉が安い日は、鶏料理も入れてあげますから、それで我慢してください」

 まあそれなら、なんとか我慢できそうだった。

 列に並ぶ間も、少しずつ人が増えていく。息がつまりどんどん私の元気は減っていく。

 そして逆に力を増していくのが、隣のナナパだった。

 周りのセールに燃えるおばちゃんたちと同様の、いや、それに負けないオーラを放ち、このセールへの気合を見せ付けている。

 そしてオーラにたがわぬだけの実力があった。

 大安売りがはじまると、いっせいにみんなが店の中になだれ込んでいく。

 私はその濁流に顔を青くしながら飲み込まれるのみだったが、ナナパは違った。獣さながらの動きで、列をすり抜けて移動する。

 そして何より知恵があった。

 ナナパは人ごみをすり抜けながら、列とは別の角度に進んでいく。みんなが行ったのは最短距離の葉野菜の売り場に対して、ナナパがいったのは卵売り場だった。

 多くの人はセールの熱気にながされ、人のいるほう人のいるほうへと動いていく。対して、ナナパはまず確保が難しい、割れやすい卵からとりにいったのだ。

 そしてそこから、今度はまったくみんなと違う別方向に進んでいく。そこは大安売りの商品よくおいてある、店前の棚ではなく、普段の野菜がおいてある場所。しかし、そこにおいてある商品は、実は大安売りしている商品と同じだった。そして値引きもちゃんとしてある。

 ナナパは事前の情報を入手していたのだ。そして悠々と葉野菜を確保してみせた。

 そしてそれを安売りがはじまってからぼけーっと突っ立っていた私に渡すと、今度は豆の列に突っ込んでいった。今度は力業だ。まったくおばちゃんたちに決してパワー負けしない。身長で負ける部分は、獣の柔軟性でカバーし見事に豆を獲ってきた。

 あっというまに今日の目玉商品が私の手元に揃っていた。

 心技体揃った妙技。なにものだこいつ。

「それじゃあ、僕の分も確保してきます。ご主人様はお勘定にいってていいですよ」

 確保してきたのは、私の分だけ。マナーも完璧だった。

「ありがとうございます。しめて5.6シリンになります」

 笑顔で店員にそういわれて、慌てて財布をだそうとしたが、ポケットに入れた覚えのない小銭の感触に突き当たる。取り出してみると、5シリンと60カシリン…。

 いつのまに…。東国にいる忍者かよ…。

 私はナナパのセールに対する手腕を見て、突っ込まざるを得なかった。

 それから間もなく、ナナパ自身も商品をきっちり確保して店の外に現れたのだった。


***


 帰り道。

 基本的に買ったものはナナパがもっていた。

 主人を敬ってくれてるのかと思ったが。

「ご主人様にもたせると、何が起こるかわかりませんから」

 と言われた…。私は泣いていいだろうか。

 まあセールのときに何もできなかった私も悪いのだが…。

 そんなわけで私は片手に豆二袋を持つだけにとどまっていた。

 ほくほく顔のナナパと隣道を歩いていたら、向こうから見たことある顔が歩いてきた。

 あちらもこちらに気づいたようで、「あら?」と言いながら立ち止まった。相手は見知った顔というか、今日あったばかりである、セリナだった。

 隣には人目で貴族とわかる男性を連れていた。

「リゼルじゃないの。こんなところで何してるの」

「いやぁ、ちょっとね…」

 同居人に付き合わされてセールに連れていかされていたのだが、説明してやる義理もなかった。というか、今はあんまり係わり合いになりたくない。主な理由としては、同居人の存在を玉の輿組の人間たちには見せたくないからだ…。

「ご主人さま?この人は?」

 しかし、そんな私の思惑など世間はぶっちぎってくれるようで、ナナパの方からセリナへと話しかけてしまったのだった。

「あら、ご主人さま?」

 セリナはきょとんとした顔でナナパをしげしげと見た後、なんか勝手に合点したように頷いて喋りだした。

「へぇ、これが噂の。うん、結構いいじゃない。あんたにしてはやるわよ。お似合いじゃないとても」

 ちょっと待ってほしい。勝手に人を変態性欲者(ショタコン)みたいな扱いにするのはやめてもらえないだろうか。

 私は午後にナナパを同性愛者認定したことは脇において、ちょっと切れそうになった。

 しかしそれはセリナが連れていた、もう一人の人によって遮られた。

「セリナ、この人たちは誰だい?友達なら紹介してくれないかい?」

 穏やかな話し方の男性。

 私が人目で貴族とわかるといったのは、その出で立ちだった。伝統的な貴族しか身に着けないノーブルブルーの詰襟を身につけ、髪も瞳も貴族らしい薄いベージュ色。少しこけた頬が、その出で立ちに落ち着いた印象を与えていた。

 セリナは男性が声を発すると、はじかれたように彼の方を向き、今までとは違うかわいらしい声で答える。

「ああ、ロッテシブさま。この人は私の仕事仲間のリゼルっていうの。それからそのお婿さん」

「婿じゃないから!」

 セリナの変わり身の早さより、ナナパと夫婦呼ばわりされたことがむかついて私は叫ぶ!

 しかし、それはあっさりと流されてしまった。

「私はロッテシブ。辺境に住んでいるから聞いたことないだろうけど、こう見えても伯爵でね。久しぶりに王都を訪れたとき、セリナと出会ったんだ」

 その言葉をうれしそうに、そして殊更に自慢げにセリナがつなぐ。

「それで私たち結婚することになったの!」

 なるほど。それで今月で仕事は最後といったわけか。

 私は納得した。

 確かに伯爵とセリナはお似合いだった。容姿だけでなく、内部事情的な意味も含めて。

 失礼な話になるが、伯爵は結婚適齢期というには4、5年ばかりふけすぎているようだった。外見だけでの判断だが。それでもちゃんと結婚可能な年齢だし、ふけているといっても容姿については綺麗だった。むしろおじさま好きとかいたら、飛びついてしまいそうなぐらい。

 しかし、その歳になって結婚できてないとなると、ちょっとレッドゾーンかなーという年頃ではある。

 基本的に玉の輿というのはうまくいかない。何より、周りが反対するからだ。

 結婚適齢期の男性が、身分の低い女と結婚したいと言った日には、親戚中から非難が轟々だ。「まだ若い!」「もっといい女が見つかる!」などと、まわりは必死に言いくるめ、説得し、止めようとする。

 しかし、結婚適齢期を4、5年も過ぎてくると、態度が変わってくるらしい。

 誰でもいいから、なんとか結婚してくれ。この際だから、多少の身分差には目を瞑ろうという風に。

 そういう意味で、このロッテシブという伯爵さまは、ぴったりとも言っていい物件だった。

 身分は申し分なし、容姿も及第点以上、そして性格も今見る限りでは穏やかで大人っぽい。彼女が自慢したくなるのもわかるというものだ。

「友人ということは、結婚式にはきてくれるのかな?」

「もうやだぁ。結婚式は再来月でしょ?気が早いわよ」

 結婚式の招待の話になると、セリナは照れくさそうに伯爵に肩を寄せた。

 咄嗟に招待状を私になんか渡してないことを誤魔化したのだろう。なんという、したたかさ。

 むしろ感心する思いだった。

「はっはっは、セリナの普段の様子とかが聞きたくてね。みんなを困らせていないかい?」

「そんなことないわよネ?」

「え、ええ…」

 ネ、の部分で明らかに私を睨んだ。余計なことをいったら許さないと。

 こええ…。若い子は怖い…。

 そもそも、私こういう世間話は苦手なのだ。

 しかし、こういうとき窓口になってくれるナナパが何故か今日は無言だった。

 一通り不毛な雑談をくりひろげた後、会話を切ったのはセリナだった。

「そろそろ行きましょう。レストランの予約に遅れちゃう。うふふっ、これから中央通りの有名店で食事なのよ」

「ははっ、愛する君には最高のもてなしをしたいからね。それじゃあ、君たちもまた」

「はい、さようなら」

 あくまでも自慢をしながらこの場を去ろうとするセリナと歯の浮くような台詞をセリナに告げる伯爵に、私も別れの言葉を告げる。また会いたいなどとは微塵もおもっていない。

 町外れに向かう私たちと、中央通りに向かうセリナたちはちょうどすれ違う形だ。

 私たちの体が、寄り添う伯爵たちの隣を通り過ぎようとしたとき。

 ふわりっ。

 揺れる伯爵の服から、風と共に匂いが伝わってきた。

 嗅ぎ覚えのある、匂いが。

 これは…。

 ……。

 死臭…?

 私は自分の鼻を疑った。こんな街中で、そんな匂いを感じ取るとは…。

 昨日魔人と戦ったせいで疲れているのだろうか…。私は自分の体調を疑わざるえなかった。

 ふと、隣をみると、会話中一言も喋らなかったナナパが、青い顔をして、ぽつりと呟いた。

「あの人なんか、怖い匂いがしました…」

 次の日、セリナは仕事に現われなかった…。


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