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夜の国  作者: 小択出新都
1.夜の国の公爵さま
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戦います 6

 騎士たちは、砦から大分離れた山の頂上にいた。

 全員が心配そうに、砦の方角を見ている。

 その場には宰相とイフリートの部下の魔法使いたちもいた。

 魔法使いは転送後に騎士たちに大人しく拘束された。

 宰相はといえば、「国に戻ったら国家連合をとおして厳重に抗議させていただきますぞ!」と騒いでいたが、誰も相手をするものはいなかった。

 遠く離れたこの場所では、砦はほんの小さくしか見えない。

 それでもじっと砦の方を見続ける。

 あのような強敵と、公爵は怪我を負いながら一人で戦おうとしたのだ。騎士たちは全員が自分の未熟さと、何もできない歯がゆさに心を痛めていた。

 まるで祈るように、公爵の無事を願いながら、砦を見つめ続けていた。

 それが変わったのは、十分ほどしか経たないほどの事だった。

 突如として、辺りが昼間のように明るくなったのだ。

「な、なんだ!?これは!」

 大きな光が現れたのは、砦のあった場所だった。

 それはまるで地上に小さな太陽が現れたかのようだった。全員がまぶしさに目を覆う。

「いったい何が起きている!」

「わからん!」

「公爵さまは大丈夫なのか!?」

 誰もがかつて見たこと無い現象に、全員が混乱した。

 それから十数秒後、強い強風が山の上にいたみんなを襲った。木々が軋んだ音を出しながら揺れ、葉を散らしていく。咄嗟に結界をはったお陰で怪我などはなかったが、何が起こったのかは誰も理解できなかった。

 光が収まり、霞む目で砦の方を確認した騎士たちは目を疑った。

 砦が無かったのだ。

 壊れたとか、残骸があるとか、そういう話ではない。まるではじめから何もなかったかのように、砦が消滅していた。砦があったはずの場所を中心に、大きな更地がただ広大に広がっていた。

「何が起こったんだ…?」

 一人がつぶやいた言葉に、誰も答えられるものはいなかった。

 そんな彼らの前に転送陣が現れ、一人の少女が姿を現した。

 黒い帽子に黒いマント、そして顔を隠す仮面。夜の闇に同化するような黒尽くめの格好の少女。

 そう、『公爵』だった。

 騎士たちの前に現れた公爵は、表情すら変えずにつぶやくように告げた。

「終わったわ」

 そう、本当に何事も無かったかのように。

 その時、はじめて騎士たちは実感した。本当に自分たちは足手まといだったのだと。

 自分たちが強制的に転送されたとき、そこにいたみんなの命を守るため、公爵は自らを犠牲にするような形で、単身強力な魔人に挑んだのだと思っていた。

 しかし、魔人を倒した公爵の様子に疲れた様子は微塵も無い。あの額の傷ですら、どうやったのか無くなっていた。

 転送したのは確かにみんなを守るためだったろう。

 しかし、守ろうとしたのは『イフリート』の攻撃からなのか、『公爵』の攻撃の余波からなのかはもうわからない。

 ただひとつ言えることは、自分たちには強大でとてつもなく恐ろしくみえたあの魔人『イフリート』。

 敵では無かったのだ。公爵にとっては。

 ここ数年間で、数多の犯罪者たる魔人を葬りさって伝説となったその『名』。夜の国、最上位の爵位を与えられた最強の魔人。

 その力のさまを見せられた騎士たちは、心に震えを抱かずにはいられなかった。

 しかしそんな感慨すら抱けない鈍いものもいた。

「終わった…?終わったですと…?」

 少女がこの戦場につれてきた男、宰相だ。

 騎士たちはこの男に嫌悪感を抱いていた。

 為政者でありながら、その言葉に民を思う言動は微塵もみられない。

 その胸につけられた勲章は飾りである。戦いに関するさまざまな知識を知らず、戦時中の基本行動すら理解していない。戦士として、指揮官としての訓練を受けたさまは無かった。

 騎士たちは彼らの暮らす昼の国で、いずれは国政を担うことになる血筋のものばかりだった。

 そのために勉強するだけでなく、戦士としての訓練すら受ける高潔な理想をもったものだちだった。

 そんな彼らから見れば、宰相は唾棄すべき人間だった。

 宰相は公爵の報告を聞くと大声で笑い出した。

「ははは!はははは!勝った!勝ったぞぉ!この戦争は我々の勝ちだ!あの金山は!あの金山は私のものだあああ!」

 山まで響く喜びの声を宰相はあげた。

「残念だけど、そうはならないわよ」

 そんな彼の言葉を冷たく遮ったのは、公爵の冷たい言葉だった。

「捕まえた捕虜、そしてあなたの国の兵士に対して事情聴取を行った結果、あなたの国の軍事行動に対して、多数の犯罪行為が見つかったわ。休戦協定を持ちかけたあと、傭兵たちを市民に扮させて奇襲をしかけたそうね。

 それから略奪、捕虜の虐待、毒ガスの使用、主な条約違反は一通りやってるわね。すでに証拠も押さえてあるわ」

 そこまで一息に言うと、結論を述べる。

「これらの犯罪行為と、戦争により多数の犠牲者が出たことから、我々はオレゴンとマーニカに対し統治能力無しとみなし、この2国をアリアドミラに代理統治してもらうように決定した。数日後アリアドミラから執政官が派遣されるとともに、あなたの国の政府は解体されることになる。そしてあなたはこれらの犯罪の主犯として裁判にかけられることになる」

「め、滅茶苦茶だ!そんな措置がまかり通るはずがない!我が国はそんな話を受け入れる理由はありません!こ、国家連合にもこの件は抗議させていただきますぞ!」

 叫ぶ宰相に、公爵は笑った。口元だけを歪めて。

「いいわよ。受け入れる気が無いのなら」

 騎士たちは震えた。公爵の発した気配に。

「あなた、傭兵を使って、マーニカに対して夜襲を何度も仕掛けていたそうね。抗議声明を発する伝令も、傭兵に待ち伏せさせて殺してたのだとか。それで戦力を削られた結果、マーニカは追い詰められて『イフリート』を雇ったのだと」

「で、でたらめです」

「あなたが許可を出した命令書もちゃんと確保してある。言い逃れはできない。

 知ってるわよね。夜間における戦争行為は、『夜の国』に対する反逆行為だとみなされると」

 そして公爵は宰相の目を見て最後の言葉を告げる。

「今度は、私と戦ってみる?」

 自分の国の軍に壊滅的な被害を与えたイフリート。

 そのイフリートをあっさりと一蹴し、砦を一瞬にして跡形も無く消し去る魔法を使える化け物。

 その怪物に睨み付けられ、宰相はもはや反論することすらできなかった。

 声を漏らすことすらできずに、へなへなと地面に尻をついた。

 そうして今夜の事件は終わったのだった。

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