始まり8
あのあと、父とのけんかが始まった。
私は馬に乗りたいし、何なら刀を持ってみたい。
そう告げると、父は大人げなく怒鳴りだした。
「だめだ!許さぬ!」
「許しはいりません。しかし今回の事で私も反省しました故、事前に馬に乗る事や刀を持つことについては父上にお伝えは致します。」
「そなた、全く反省しておらぬな!伝えるだけで、止めぬと申すか!しかも乗馬のみならず刀も持ちたいとは!!!」
自分が屁理屈を言っている事は分かっている。
今まで帰蝶の両親だと思い、遠慮していた所があったが開き直ってしまった今は、わがままも言えるし父に口答えもできる。
彼らの帰蝶に向ける愛情さえも、私は奪い取ったのだ。
私は、帰蝶の人生を奪い取った罪を背負って帰蝶として生きていくんだ。
「もう決めました。」
つんっと、私が言い放つと父はまた怒鳴ろうとしてふっと力を抜き笑いだした。
きっと父は明確ではないとはいえ、私の変化に気付いている。
先程までは、険しい顔をしていたのに、今は仕方ないと言わんばかりだ。
「帰蝶、父は許さぬ。女子がすることはもっと別にある。この世には男女の役割は明確に分けられておるのだ。それに従わぬは、そなたのためにならぬ。それでも男の真似事をしたいのならば勝手にせよ。……父は知らぬ。そなたが決めたことだ、そなたが責任を持つのだ。これだけは約束せよ。乗馬は一人では行うな。刀を持つならば、人を殺めるための技術ではなく、身を守るための技術を持て。」
父は言った。
私は返事をして、頭を下げた。
顔を上げると、父は私に背を向けていた。
そして、小さな声で言ったのだ。
「そなたが男児であれば、どんなに良かったか。」
その時の父の背中は、少し小さく見えた。
父からの説教が終わり、部屋に戻ると母が待ち構えていた。
私と目があうと、私が座る前に母は口を開いた。
母は透明な人だ。
母は変わった人で独特の世界観を持っていた。母は自分が信じるもの、それが一番大切なのだ。
母が信じるもの、それは父だった。
母は父が黒と言えば黒、白と言えば白色になる。
父は母の中では神様なのだ。
母にとって絶対の存在である父との娘である私を、母は本当に大事にしてくれた。
私のためならば、神である父にも逆らうところが何と言ってもすごい。
私が5歳の時、縁談話が持ち上がった。
この時代、珍しい話ではないのだが母は渋り、私を父から隠した。
5日間、私は馬小屋の中での生活を強いられた。
母が私のためを思っての行動だと分かるため、私は5日間我慢した。
母は基本的に人の話を聞かない。思い込みが激しいタイプで一度口を開くと、満足するまで話を止めない。そして人の話は聞こえない。
「聞きましたよ、帰蝶。殿のお怒りを買ったとか。よいか、帰蝶。馬に乗ったり、刀を振り回すなど男に任せておけばよいのじゃ。女子がすることではない。」
頭のなかには、いろいろな反論の言葉が浮かんでくるが今口にしても無駄なのは分かっている。私は話を促すように小さく返事をした。
「そもそも母は戦や争い事が嫌いじゃ。そなたに妾が嫌いな事をしてほしゅうない。戦は醜い。できるならそなたには関わらぬところで一生を過ごして欲しい。じゃが武家の姫として生まれたそなたにはそれは不可能じゃ。」
「母上、」
「女子には女子の、男には男の。そなたにはそなたのすべき事がある。そなたのためじゃ、殿の言葉は聞き分けなさい。」
それから約2時間、自分の言いたいことだけを言うと、母は私をきゅっと抱き締めたあと部屋を出ていった。