始まり3
10歳の私は、もちろん子供らしい降るまいなんかできなくてぼろがでないようにと生活しているなかで、寡黙な子供というレッテルが貼られた。
遊び相手は母方の従兄弟、光秀様のみ。
彼の、大人びた性格も幸いした。彼と遊ぶときには、私は無理して子供のふりをしなくていい。子供らしからぬ発言をすると、分かるのだ。良ければませた子供、悪ければ気味が悪いと思われていることが。大人は態度に出すことなく、取り繕える。しかし子供は正直だ。面と向かって言われたことも少なくない。
きっと周りからみたら私は不気味な子だと思う。
それでも、帰蝶の両親はそんな私を受け止めてくれた。
子供らしくない発言をしてしまっても、父道三はにかっと笑い「帰蝶は聡明じゃな、流石はわしの子じゃ」と頭を撫でてくれた。
父は、この城の城主だ。美濃を支配する斎藤道三、それが帰蝶の父だった。
油商人から成り上がった帰蝶の父は周囲から『蝮』と呼ばれていた。私は時おり『流石は蝮の姫だ』と言われることがあった。誉められる時だけではなく卑下する際にもそれは使われた。大人たちは私がそのニュアンスを理解したいることを知って、それらの言葉を使うのだ。
大人の汚さはどの時台でも共通するらしい。
斎藤道三と帰蝶の母、小見の方は政略結婚だと聞いている。美濃で頭角を表してきた父のもとに母は幼い時に人質として明智家から預けられた。母は父の元で育ち、そのまま斎藤道三の正室となった。現代人だったものとして、様々思うところはあるがこの時代では珍しくないことだ。人質にだされるのも年の差婚も、政略結婚も珍しいことではないのだ。
二人の夫婦仲は悪くないが、帰蝶の父には側室がおり、腹違いの兄弟もいる。帰蝶の母が産んだのは私のみであるから、帰蝶の父斎藤道三の跡目は側室である深芳野の子と決まっている。このようなことも珍しいことではない。
この時代の常識は私が知るものとあまりにもかけ離れていた。
受け入れきれないのも、仕方はないと思う。
「帰蝶様、また椿を泣かせたのですか。」
馬の背を撫でていた手を止めて、振りかえると困った顔をした光秀様がいた。その問いに責めるような響きはない。私付きの侍女、特に椿は困ったときはいつも光秀様を頼る。光秀様も性格上断れずに毎回のように私を諌めに来る。
「椿が、泣いていましたか?」
「ええ、また姫に言うことを聞いてもらえなかったと。」
椿は帰蝶が幼い時から侍女として側にいる2歳歳上の少女だ。
泣き虫だが仕事はしっかりやってくれる、頼りになる姉のような存在だ。
しかし精神年齢は私のほうが上。年下の少女を泣かせて喜ぶような趣味はない。
馬を撫でていた手を止めて、光秀様の方へ近づいた。
「馬に乗るのは危険だと、聞かぬのです。」
困った顔をしていた自覚はある、私を見た光秀様がさらに困った顔をした。
「椿は心配性ですからね。」
馬に乗るのは辞めたほうがいい。彼もそう思っていることはなんとなく分かる。
椿が止めるのも分かる。
この時代、女性が馬に乗れることは求められていない。
むしろ、はしたないとも取られる。
しかし馬に乗る事は大好きだった。もちろん、一人では乗れないが、これから練習して乗れるようになりたいと思っている。
大好きなことも、女だからと出来ない。窮屈だ、そう思うときゅっと手に力を入れる。
「帰蝶様は頭のよい方です。それでも止められぬとは、本にお好きなのですね。」
彼は、馬に乗ろうとしている私を止めにきたのに無理に止めようとはしない。
私の意見も尊重してくれるのだ。
だから甘えてしまう。
「申し訳ございませぬ。」
彼の甘さにつけこんで、私は謝罪した。
仕方ないなっと言うように彼は一つ息をついた。彼は気づいているのだ。私が考えを変える気が無いことを。そして、それ以上私を諫めることが自分には出来ない事を。




