第四話
あくる朝。
『生きものを飼うのならば、その生き物に合わせた快適な環境をその生き物に与えなければならない』という大前提のもと、柚里はアキくんに必要なものを揃えにペットショップに行こうと会社を休みました。
と言っても、ずる休みではありません。有給休暇という素晴らしい福祉が会社にはあるのです。
アキくんはといえば、昨夜は柚里のベッド下にバスタオルを敷いてもらい、そこで一晩過ごしました。
大雨の中を思えば、とーっても快適な場所を柚里に与えてもらったアキくんなのですが、なんだかもじもじとしています。
それを見た柚里は、そういえばアキくんを拾ってからアキくんは用を足していないことを思い出しました。大失敗です。
それに昨夜ご飯にと器に入れた新鮮な人参をアキくんはすごく不思議そうに首をかしげてじっと見つめていました。
しばらくして新鮮な人参をぼりぼりとかじり始めたアキくんのほっぺたはぷっくりと膨らんでそれが上下する様は本当にかわいらしいものでしたが、黒い瞳には困ったような諦めたような色が浮かんでいました。
うさぎといえば人参とばかり思っていた柚里は、もしかしたらペットショップにアキくんが好きそうなご飯があるのではないかと思って、これは性急に用意しないとアキくんが弱ってしまうと思ったのです。
開店時間を見計らってペットショップに向かった柚里とアキくん。
アキくんが逃げないように、柚里はカバンに入れての出発となりました。
ペットショップではいろいろな種類の動物が狭い箱に入れられて展示されていました。
沢山の猫、沢山の犬、沢山のハムスター。
まるで動物園みたいです。
柚里はすでにアキくんというかわいらしいうさぎがいるので、動物たちに見向きもせずに一目散にうさぎのコーナーにいって、必要なものをいろいろ見て回りました。
うさぎは中くらいの動物なので、ゲージもちょっと大きめが必要なようです。
「アキくんはどんなお家がいいのかな」
カバンの中からひょっこりと首を出しているアキくんに、柚里は話しかけました。
だって、不思議なうさぎのアキくんのことですから、きっと自分が気に入るお家があると思ったからです。
けれどどのゲージを指さしても、アキくんは首を縦に振りません。
しかたなしにお家は諦めて、それ以外の必要なものをそろえようと、今度はペットフードのコーナーにやってきました。
うさぎの餌として売られている一番安いものは、ドックフードのようなまあるいものでしたが、アキくんはそっぽを向いてしまいました。
美味しそうなドライフードの果物にも、クッキーのような餌にも、まったく見向きもしませんでした。
こまった柚里は店員さんに問いかけました。
「この子に必要なものはなんですか?」
そうすると店員さんはかわいらしいアキくんに一目ぼれをしたように黄色い歓声をあげて抱き上げました。
とたんにアキくんはじたばたと暴れ出しましたが、うさぎの力なんて人間の力に敵うわけがありません。
店員さんに抱っこされて「かわいーい」といいながらキスをされてしまいました。
その時また、変な音が柚里の耳に聞こえたのです。
今度は綺麗な金属音ではなく、『ちーん』という何やら悲しげな金属音でした。でも店員さんには聞こえなかったようで、アキくんを存分に頬ずりしていました。
その音を聞いたアキくんの顔ったらありません。
全身脱力でげんなりとして、頭の上に暗黒の雲が立ち込めたようになりました。
アキくんのあまりの悲しげな様に柚里は店員さんからアキくんを救出すべく、にっこりと最大の笑顔を張り付けて「可愛がってくださってありがとうございます」といいながら、店員さんに両手を差しだしました。大人の対応です。
店員さんは名残惜しげにアキくんを柚里に手渡しました。そしてアキくんに必要なものを吟味しようと、柚里といっしょに店内を歩き始めました。
店員さんの目を盗んでアキくんに「どう?」と確認をとっていた柚里ですが、アキくんは何を見ても縦に首を振ろうとはしませんでした。
困った柚里は店員さんに今回は見ているだけだと説明をして、結局何も買わず家に帰ることになりました。
どうしよう。アキくんのご飯がわからないよ。
しょんぼりしながら家に帰った柚里は、アキくんをカバンから出してあげるとそのままキッチンに行って水を汲みました。
するとどうでしょう。
アキくんがもの欲しそうにそのコップを見つめているではありませんか!
「もしかして、コップから……飲めるとか?」
驚いた柚里でしたが、不思議なうさぎのアキくんのことです。本当に飲めるかもしれません。
ですので、自分のコップではなくて、プラスチックのコップに水を汲んでやりアキくんの目の前に置いてあげました。
アキくんは目をキラキラとさせてそのコップを器用に前足を使って挟み込み、まるで赤ちゃんが初めてコップを使って飲むようにくいっとコップをあおって水をごくごくと飲み始めたではありませんか!
ぷは。
よほど喉が渇いていたのでしょう。
アキくんは満足げに前足で口元をぬぐいました。
柚里は、その有様に目がまんまるになってしまいました。




