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雨の中のうさぎ  作者: れんじょう
『雨の中のうさぎ』
35/51

第三十五話

 

 大丈夫かな、寒くないかな

 まだ(たぶん)裸のままで座っているのかな

 ……何か羽織っててくれればいいけれど



 樹の言葉にあまりにも驚いたせいで足に力が入らなくなって自分から進んでカフェに入ったものの、樹が柚里の手を離すことなくカフェの奥まった席で向かい合って座っている状況に柚里はいたたまれなくなって、顔を俯けました。


 「……あのっ」

 「柚里さんは、アキエテラヴォリ王子とはどういった関係なのかな?」

 「それは、私のほうが聞きたいです。……樹さんはどうしてアキくんの本当の姿を知ってるんですかって」

 

 改めて思ったことですが、アキくんは柚里の世界に自分と同じ故郷を持つ人がいるなんて言ったこともないですし、話に出てくるマグニュスという魔術師もアキくんの夢の中に現れるだけでここにいるわけでもなんでもないのです。

 ですから樹がアキくんと同じ世界の住人だということが、柚里にはとても不思議でしたし、だいたい樹はどうみても日本人にしかみえませんから、向こうの世界の人だといわれても納得ができませんでした。


 「柚里さんは、フィーヨルの人?……でもさっきはフィーヨルのことを『アキくんの国』だといってたから、それは違うということか」

 

 考えを口に出してはまとめて、それを確認するように、樹は柚里をじっと見つめていました。


 「樹さん」

 「ん?何?」

 「樹さんの知りたいことも、私が知りたいこともたくさんあると思うんですけど。でも、もうちゃんと立てますから、買い物、行きたいんです」

 「この状況で、よくそういうことを言えるね?」

 「だって、アキくんが待ってるので」


 柚里はかなり焦っていました。

 樹に言ったように、柚里も樹がどうしてアキくんが王子であることとかフィーヨルのこととか、樹自身のことを知りたいのですが、今はそんなことはいっていられません。

 アキくんのことです。

 もしかしたら『早く帰る』という言葉をそのままに、洗面所で何もはおらずに座っているのかもしれません。

 恥ずかしくて恥ずかしくて、買い物という口実を作ってあの場から逃げ出した柚里ですが、今度は心配で心配でなりません。

 少しでも早く服を買って帰って、柚里をさびしげに見上げていたあの瞳に安心を与えてあげたいと思いました。

 それに目の前の樹から逃げ出したいというのもありました。

 いまだに離そうとしてくれない手が熱を持っているようで嫌でしたし、何もかも見透かすように見つめる目が恐ろしく感じました。


 「でも近所に住んでいるだけだろう?アキエテラヴォリ王子は」

 「いえ。一緒に住んでいます」

 「なんだって?王子と一緒に住んでいる?」

 「正確には、うさぎのアキくんと一緒に住んでいるんです。ですから、今アキくんは一人で家で待ってることになるんです。早く帰ってあげないと……」

 「お邪魔しても、いいかな?」


 ぐっと力を込めて手を握ると、身を乗り出して樹は柚里に頼みました。

 もちろん男の人が女の人の家を訪ねる時間ではないことぐらい百も承知している樹でしたが、今聞いた事実が樹の常識をなくしてしまいました。

 

 「……え?ええっと??」


 柚里はびっくりして目を白黒させました。

 樹は知らないことですが、柚里は一人暮らしです。ですから男の人を家に招くなんて考えたことすらなかったのです。


 「どうしても王子に会いたい。……無理を承知でお願いしたい」


 大きな体を折り曲げてまでも樹は王子に会いたいという気持ちを抑えることができませんでした。

 握られた手を引っ込めようとした柚里でしたが樹はそれを許しません。

 余計に力が入って、口ではお願いしつつも逃がすまいとしているようでした。

 それはたしかに効果がありました。

 柚里はすでにどうやって樹から逃げることができるのかと考えることができませんでしたから。


 「ええっと!!じゃ……じゃあ、初めの予定通りに選んでもいいですか?」

 「そんなに切羽詰まった買い物なんだ?」

 「そうですっ!」


 思わず力説した柚里でした。

 樹はくすくす笑いながら、がたんと音を鳴らして席を立つと、柚里の手を離すことなくカフェを後にしました。

 柚里は半ばあきれながら繋がれた手を見ていましたが、樹がぐいぐいと先を急ぐように歩くので、置いていかれないように必死で樹について行きました。

 その後の樹の行動は、素早いとしか言いようがありません。

 すたすた歩きながらもあれやこれやと柚里に話しかけては必要なものを選定して柚里が持つ買い物かごに入れて行き、あまりの素早さに柚里がはたと気が付いた時にはすでにキャッシャーでお会計。そのまま自転車置き場まで相変わらず手を繋いだままで歩いていき、荷物は樹の自転車のかごに入れて縛っていました。


 「荷物は俺が持つから、先導頼みます」

 「樹さんって、いつもそんなに強引なんですか?」

 「強引?」

 「強引、です」


 やっと離された手をハンドルに添えて、柚里はペダルをこぎ始めました。

 もちろんすぐ後ろには樹がいます。

 何度か後ろを振り返って樹がついてきていることを確認しました。

 そのたびに樹が柚里に気付いてにっこりとほほ笑み返すので、柚里はなんだか心がぽかぽか暖かくなって、火照った顔に切る風の冷たさが妙に心地よく感じるようになっていました。

 


 

 


 


 

 

 

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