表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨の中のうさぎ  作者: れんじょう
『雨の中のうさぎ』
21/51

第二十一話

 ひとしきりの悪態をどこにもいないマグニュスについたアキくんは、大きく一息吸いこんでゆっくりとその息を吐き出しました。

 そしてくるんと柚里に向き直って、先ほどとは違う落ちついた声で言いました。


 「ごめんな。急にわめいてもうて」





 柚里はといえば。

 アキくんが天井に向かって拳を握って叫んでいる姿を茫然と見ていました。

 さっきは光がはじけたと思ったらいきなり綺麗な裸の男の子が出てきたので、驚いてしまって何をしてるのか自分でもわからなかったのですが、とりあえず羞恥心が勝っていたようでアキくんに身体を隠すバスタオルを渡しました。

 それを腰に巻きつけたアキくんは、どこからどう見ても見知らぬ子供でした。

 ただ唯一、大阪弁で怒涛のごとく話しているのでアキくんだということが分かる程度でした。

 アキくんに何度ももともとは人間だと言われていたのですが、どうしても柚里にとってアキくんはうさぎのアキくんであって目の前の白い子供とは違いました。

 うさぎのアキくんの毛の色はきれいな焦げ茶色で瞳は真っ黒でしたが、人間の男の子姿では髪は銀色に限りなく近い月の光のような淡い金色の巻き毛が腰のあたりまで波打ち、瞳は透き通った薄い空色に金色の斑点が光っていました。

 それに肌の色もとっても薄く、まるでおとぎ話に出てくるお姫様のようにきめが細かく白いのです。


 「……ぷっ」


 白雪姫の話の下りを思い出して、柚里は目の前のアキくんの白雪姫姿を想像してしまい、思わず吹いてしまいました。


 似合うっ!!似合いすぎる!!

 これで身長が高ければ、完璧かも

 でも白雪姫は黒髪だから、どちらかというと灰かぶり姫のほうかな?


 目の前にいる、見慣れない、けれどもよく知っている男の子に変な想像をしている柚里でした。

 

 そんな柚里の(よこしま)な想像を知ることもなく、アキくんは謝ったきりじっと柚里を見つめていました。


 何がおかしんやろ?

 ってか、俺、いきなり喚いてもうて、また柚里に御小言喰らうかとおもたんやけどなあ

 けど、笑ってるくらいやから、大丈夫そうでよかったわ

 さっきのわけのわからん暗い顔も、のうなってるし


 河原からこっち、柚里が考えこんでいたのをずっと気にしていたアキくんは、笑っている柚里を見てほっとしていました。


 せやけどマグニュスのやつ

 いったいこれはどういうこっちゃ

 俺、ちいこいやん

 こんなにちいこかったら、柚里の目線までいかへんやん


 鈴を鳴らせば、うさぎの身体から人間に少しの間戻れるとマグニュスはいいました。

 実際その通りで、たしかに鈴を鳴らしたら人間になりました。

 けれどもその姿は本来の年齢とはかなり異なり、どうみても十歳前後のまだ少年と言っていいほどの体格だったのです。


 自分の身体に戸惑いを隠せないアキくんをひとしきり(こっそりと?)笑っていた柚里は、思い出したようにごそごそと何かを探し始めました。


 「たしか……このあたりにあったはずなんだけど」

 「?柚里、いったいなにしてんねん」

 「うーん?ほら、アキくんってば裸だし。恥ずかしいでしょ?だから私の服で小さいサイズのがあったはずだから……あ!あったあった」


 「どう、これ?」と手渡された服は、真っ白いTシャツとジーンズのハーフパンツでした。

 柚里がもともと小さくて細いので、Tシャツもがばがばどころかちょうどいいサイズでしたし、ハーフパンツもちょっと大きい程度で腰で履くのならば嫌みがない程度のものでした。

 ただ、チャックの締め方がわからないようだったのでそこは他の服を持ってきてこうするんだよと教えてあげた柚里でした。


 「アキくんの国にはこういう服はないの?」

 「ないなあ。こんなに柔こうて収縮がある素材の服なんて初めて着たわ」

 「へえ。じゃあいったいどういう服を着てるの?」

 「うーん。どんなんいわれても……ふつう?」


 たしかにフィーヨルとここでは服装というものが全く違いました。

 犬の飼い主が着ていた服も、風景越しで見た人々の服装も、なにより柚里が着ている服というのもかなり変わっているようにしか見えません。

 だいたい男でもないのに足の形が見えるほどの細身のズボンをはいているところからして、フィーヨルではありえませんでした。


 「フィーヨルでは女の人はものごっつう女の部分を強調する服を着るけど、柚里は女を隠すような服着てるよなあ……なんで?」

 「ええっ!?なんでっていわれても。これがこちらの普通だよ」

 「そうか?なんかちゃうと思うけど。足みせるようなスカート着てる人もおるやん……まああんな格好はフィーヨルでしたらあかんけどな」

 

 お城にいる女の人たちは誰もがくるぶしまであるスカートを着ていましたし、貴族になると細い腰や大きな胸を強調するようなドレスを着ることで富を見せびらかしていました。

 服というのはその人の所属する階級を表すものに等しいのです。

 けれども柚里やこの世界ではそれが違うようでした。

 みながみな変わった服を着ていますし、体の線の出し方もぜんぜんちがいます。髪の毛の長さも決まりごとがないように短かったり長かったりしていました。


 「まあ、所変われば品変わる?やったっけ。そんな感じやからしゃーないんやろうけど」

 「郷に()っては郷に従え」

 「?」

 「その土地で暮らすのならその土地の習慣に従いなさい、ということだよ」

 「あー、うん。そうやな。柚里のいうとおりやな」


 自分の姿をぐるっと見回してにかっと笑ったアキくんは、話しに聞く『やんちゃ』さんそのものでした。

 城を壊したやんちゃさんに、着心地のいい、それでいて動きやすい服を与えて本当によかったのかと柚里は自問自答してしまいました。

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ