第十八話
なんや
もしかして何かの遊び?
俺を驚かせようとしてるだけか?
ああ、ああ、そうやろなあ
せやなかったらこないに誰おらへんって、ないわ
誰もいなくなった国を高台から眺めて、王子はそう結論付けました。
そうでなくては説明がつかないと思ったからです。
早くみんな、帰ってけーへんかな
丘の上にある大きな木の木陰に腰を下ろして、国中のみんなが帰ってくるのを待っていました。
ところが
高かった陽がだんだんと威力を弱めて陰り始め、風が涼しげな空気を運び始めても
水平線の向こう側にゆっくりと陽が隠れようと歩いているときも
月の明かりが闇色の中に美しく光輝きだしても
誰一人として王子を驚かせに戻ってくることはありませんでした。
ここにきてようやく楽天的な王子もおかしいと感じ始めました。
夜も深まり、何一つ生きた声が聞こえてこないフィーヨルの国には、ただ風のびゅうびゅうと吹く音だけがありました。
気がつくと、王子は少し眠っていたようでした。
人間、緊張しすぎたりすると、眠ってしまうこともあります。
王子はまさにその状態でした。
『王子。アキエテラヴォリ王子』
王子の目の前がいきなり明るく光ったかと思うと、その中に人影が浮かびあがりました。そしてその人影は王子に優しく話しかけました。
『アキエテラヴォリ王子。起きてください』
まぶしいほどの光と聞き慣れた声に飛び上がるように起きた王子は、目の前に手をかざしながらその声の主を光の中に捜しました。
きらきらと光が飛び散った後、そこに現れたのは王子の教育係である魔法使いのマグニュスでした。
「マグニュス!これはいったいどういうことや?!なんで誰もおれへんねん」
『王子。これはフィーヨルの未来です。王子は今、フィーヨルの未来の夢をみていらっしゃいます』
「はあ?なにゆうてんねん。夢ならさっきまで見てたわ。俺がうさぎになってみたことのない世界にいた夢や」
『そちらが本当の現実です。王子は城を破壊されたので、罰としてうさぎにされ、世界を飛ばされました』
「なんやて……?ほな、さっきまで見てた夢が……非力なうさぎになって誰かに保護されんと生きていかれへん、犬や猫に怯える情けないうさぎが俺やっていうんか?」
『そうです。王子はうさぎになって何を学ばれましたか。人の優しさを学ばれましたか?人の弱さを学ばれましたか?粋がることばかりではなく、人とかかわりあうことの大切さを学ばれましたか?』
そうです。
王子がうさぎになったときから、王子の見る夢の中に魔法使いは現れて、王子がちゃんと成長しているかどうか確認をしていたのです。
そして今、フィーヨルの夢を見ている王子の意識の前に、魔法使いはわざと現れて本人の口から成果を聞こうとしているのでした。
『柚里さんは本当にいい方ですね。王子が偶然にしても柚里さんのようなかたに拾われて本当によかったと思いますよ』
「柚里……!そうや。柚里は?」
『柚里さんなら、ほら、眠っている王子を抱きながらものおもいにふけっていらっしゃいますよ』
魔法使いの手のひらの上がなにやらもやもやとしたかと思ったら、もやもやがひいた後にまあるい透明の珠が浮かび上がりました。その珠をよく見ると何かが映っていました。
それは青空の下、レジャーシートの上に座り、うさぎを膝の上に抱えてゆっくりとその背中を撫でている柚里でした。
――――――柚里!
王子はその珠に映る柚里をじっと見つめました。そうして撫でられているうさぎの自分も。
『王子の徳は随分と溜まっていますね。言葉もすぐに話せるようになったようですし。鈴の音が鳴るたびに私のもとに音がやってきましたので、その音を十個集めてこの鈴を作りました』
そういって懐から大きな銀色の鈴を取り出しました。
『この鈴を王子の左手で鳴らすと、人間になりますよ。ただしほんのひと時ですから気をつけてくださいね』
「……え?なにそれ。なんで……?」
『今までの王子だったら一年経っても学べなかったことをたった数週間のうちに習得したご褒美です。王さまも喜んでいましたよ。このままいくともうすぐ帰ってくることができるだろうって』
マグニュスから受け取った大きな銀色の鈴を、王子は両手で大事そうに受け取りました。そして試しに鈴を鳴らそうと右手で振ってみましたが、鈴はうんともすんとも鳴りませんでした。
『……王子。何にでも興味がおありなのはよいことですが、無防備すぎますよ。それが災いしてお城を壊されたということをゆめゆめわすれてはなりません』
「……ごめん。マグニュスの言うとおりやな。これは左手でしか鳴らんの?」
『そうです。うさぎの状態で左手をお使いいただいたときにしか鳴ることはありません。そして人間からうさぎには時間がたたないと戻れませんのでくれぐれも注意してください』
「わかった」
王子は魔法使いの目を見て、慎重に答えました。
その行動は今までの王子にはなかったことのなので、魔法使いは至極満足をして何度も何度も嬉しそうに頷きました。
そうして唐突に光が魔法使いを包み込んだと思うと、ぱんっと光がはじけ飛んで、そこにはまた暗闇が戻ったのです。
いってもうた
王子は魔法使いがいた空間を見つめていました。
するとその場所がなにやら暗闇がうねって渦巻き始めました。
その渦に引っ張られるように巻き込まれてしまって、王子は暗闇にのまれていきました。