第十四話
真新しいキャリーバックにちょこんと入ったアキくんを自転車の前かごに乗せて、柚里は外へと繰り出しました。
アキくんにとっては、あの雨の日に柚里に出会った翌日以来の、本当に久しぶりの外出になりました。
たった数週間外に出なかった間に、外の様子は随分と変わっていました。
初めてこの世界に来たときは、なんて薄暗い世界だとアキくんは感じました。
灰色の大きな箱のような建物が所狭しと並んで、あちこちに紐のようなものがぶら下がっていましたし、区画整理しているのでしょう、木々も規則正しく並んで雑草一つありませんでした。
そしてあの雨のせいか、人は皆足早に過ぎ去って誰一人足元にうずくまっていたアキくんを気にかけてはくれませんでした。
澱んだ空気、灰色の街、灰色の人。
この世界の印象は灰色でした。
ところがどうでしょう。
朝早いせいでしょうか。綺麗に空気は澄んでいました。
そして灰色の箱が集まった街だったはずが、太陽の光を浴びてきらきらと輝き、少しではありますが緑も見え隠れしていました。そして花も。
あのときにはなかった色彩が、今はまぶしいくらいに感じられました。
柚里が漕ぐ自転車は、びゅんびゅんと風を切って走ります。
アキくんはキャリーバックから顔を出して、その風を受けていました。
新緑の緑に萌える柔らかい空気が、風になってアキくんを通り過ぎていきます。
しあわせやなあ
こんなしあわせなことなんて、そうそうあらへん
風は気持ちええし、柚里もおるし
ほんま贅沢や
しやのに俺、何を急いでんねんろ
柚里は俺を大事にしてくれてる
今はそれで十分やん
こっから俺を見てもらって、俺のことを知ってもらったらええだけの話やん
あわてるな、あわてるな、俺
じっと部屋に閉じこもっていたら『閉じこもる』という言葉の通り考えも閉じこもってしまい暗くなりがちです。
同じ言葉をぐるぐると繰り返したり、だんだんと良くない方向に考えが向いてしまいます。
けれど、外に出たのが良かったのでしょう。
アキくんは前向きに考えるようになっていました。
明るい太陽の下で、暗く考えるのは難しいものなのです。
前のかごで楽しそうにあたりをきょろきょろしているアキくんを見ながら、柚里はだんだんと嬉しくなってきました。
柚里はうさぎを飼ったことはなかったのですが、草原の中を跳ねまわるイメージがありました。まあ、アキくんは正確に言えばうさぎではないのですが、見た目は100%うさぎです。しゃべれますが、歩けません。部屋の中をぴょんぴょんと飛び跳ねて移動しますが、十分な運動はとれていないだろうと思いました。
一日中狭い部屋で跳ねまわるだけでは絶対的に運動不足になります。
そりゃあもう家の中でくさるわけです。
それがどうでしょう。
自転車に乗ってちょっと走っただけで、アキくんは嬉しそうに風と戯れています。
たったこれだけでアキくんがあんなに喜んでくれるなんて
さっきのハプニングから立ち直るのがちょっと早いなとは思いながらも、それでも嬉しそうなアキ君を見て満足な柚里でした。