◇ ヘレン長官の人気
ワットは、うらやましそうな目をライオットに向ける。
「MI6 のヘレン長官は、優しいだろう」
ライオットは、ここでヘレンの名前が出てきたことにいささか驚いた。
まあ、世界に名だたる CIA だ。彼女の名前は知っていてもおかしくはない、というより知っているのが当然だろう。
ただ、長官である彼女のことをどこまで把握しているのか、気になるところだ。
「俺たち MI6 の長官は有名なのか?」
マーフィーが口をはさんでくる。
「上司のクレメンスさんにヘレン長官の若いころの写真を見せてもらったことがあるけど、すごく可愛いかったな」
アレックスが続く。
「自分は、サイモンさんに見せてもらいましたよ。ヘレンさんと結婚したかったといってました」
マーフィーが「そういえば」と、思い出したことを口にする。
「額に大きな絆創膏を貼ってるブライアンさんも、同じことをいってたな」
アレックスが彼に訊いた。
「あの絆創膏ですが、なにがあったんでしょうね。奥さんとケンカして、皿でもぶつけられたのかな?」
それには、ワットが答える。
「フォークが飛んできたらしいぞ。額に突き刺さったと話してた」
マーフィーとアレックスは、目を見開いて顔をひきつらせた。
「マジすか!」
「シャレになりませんよっ」
ワットが、捨てられた子犬を見るような瞳で語る。
「ブライアンさん、ヘレン長官の写真をしみじみと見てるんだよ。彼女と結婚していれば、幸せな人生を送っていただろうなあって」
ワットたちの話をきいて呆然となっていたライオットは、彼らに尋ねた。
「ヘレン長官は、そんなに人気があったのか?」
ワットの話によると、彼の上司の世代で絶大な人気を誇っていたらしい。
「世界中の女スパイのなかで、誰がいちばん可愛いか世界一決定戦が、俺の上司たちの間で開催されたんだ」
「………」
「その結果、ヘレンさんがダントツで優勝だったときいている」
ライオットは思った。
──あんたの上司たちは、なにを考えてるんだよ……
ワットはため息をつくと、ライオットに懇願するような顔をしていった。
「おまえのところのヘレン長官と、俺のところのペギー長官を交換することはできないかな」
ライオットは、残念な表情で答えた。
「たぶん無理だと思う」
いや、たぶんではなく絶対に無理だ。
ライオットは哀れむ目をして、CIA の男たちに言葉をかける。
「君たちも、たいへんなんだね」
疲れた顔をしている彼らは、そろって首を縦にふるのだった。




