◇ CIAの長官
そのころ、ビルの屋上にいるライオットたちは──
CIA のチームリーダーである主任のワットが、部下たちに伝える。
「降りよう。ここにいても意味がない」
部下のアレックスが、立てかけてある狙撃銃を指さしながら彼に尋ねた。
「この銃は、どうしますか?」
それにはライオットが応える。
「こっちで処理するよ。ベルベットと関わりが深いのは、あんたたちよりも俺たちだ」
ワットは、うなずいた。
「よけいな手間がはぶけて助かるよ」
ライオットは彼にいった。
「よかったな。これで、あんたたちも問題なく本国へ帰れるだろう」
ところが、ワットをはじめ CIA の彼らは消沈した顔になる。
──あれ?
不思議に思ったライオットは、彼らに訊いてみた。
「アメリカ本国で、なにかあったのか?」
「………」
返事がない。明らかに帰りたくなさそうな想いが、彼らの全身からにじみ出ている。
怪訝な顔つきをしたマーフィーが、みんなの心情を漏らすようにボソッと口に出した。
「本部に帰ると、ペギー長官が……なあ」
以前、その名を耳にしたことがあるライオットは、自分の記憶をまさぐってみる。
──ペギー? ペギーって、確か CIA の女長官だよな
アレックスがワットの方を向いて、気の毒そうにいった。
「下っ端の自分たちはまだしも、主任は大変でしょ」
ワットが苦い顔をする。
「かんべんしてほしいよ、まったく」
身内どうしで、いろいろあるようだ。
マーフィーとアレックスが、どうしようもないという声を響かせる。
「あの人、すぐにヒステリーを起こしますからね」
「いちいち、うちの部署まで来て文句をいいますからね。呼んでもいないのに」
ワットは、ため息をついた。
「二ヶ月前のオペレーション・ニードルには、まいったな」
「あれは疲れました」
「人使いが荒すぎます」
オペレーション・ニードル──その作戦は……の、まえに
ワットのチームによる「オペレーション・パンダちゃん」が、マレーシアで遂行された。
作戦名を考えたのは、長官のペギーだ。
その作戦名をきいたみんなは、全員がやる気を失ったが、どうにか気持ちを立て直して事に挑んだ。
まず、中国人のスパイであるワン・ダホーが CIA の女性職員のデータを盗み出した。その内容は彼女たちの趣味に関するもので、はっきりいってどうでもいい情報である。
また、ワン自身は、これを暗号化された非常に重要なデータだと勘違いしていた。
そのデータを収めたUSBメモリーを中国へ持ち逃げするのを阻止することが、オペレーション・パンダちゃんである。
──そんなくだらないUSBメモリーを、なんで俺たちが……
と、ワットたちは思ったが、長官の命令だから仕方ない。
空港で中国行きの搭乗ゲートを見張り、ワンが来れば捕らえる体制を整える。ワンは、さすがにゲートまで足を運べない。
彼は中国行きの飛行機に乗らずに、マレーシア行きの飛行機に切り替えた。
これは CIA の作戦で、ワンに「フィリピンや香港などの空港で、CIA の諜報員がワンを待ちぶせている」という情報を流し、マレーシアだけが安全だと思わせたのだ。
ワンが泊まるマレーシアのホテルは、すでに調べがついている。先回りした諜報員をそこへ送り込み、ワンの泊まる部屋を確認すると盗聴器を仕掛けた。
ワンが盗んだデータが収められているUSBメモリーは、中国から来るマー・イーヤンに渡されることがわかった。
CIA は、ワンとマーが落ち合う時間と酒場の店も把握した。
もちろん、ワンたち二人の顔や身体的特徴の情報も手に入れている。
そして当日、夜の酒場にワンとマーがあらわれ、彼らは同じテーブルで酒をオーダーすると、ワンがマーにUSBメモリーを渡した。
「あとは頼んだぞ、マー」
「中国へ帰れば、それで終わりだ。簡単なことだよ、ワン」
しばらくして彼らは店を出ると、各々が自分の泊まるホテルへもどって行った。
だが──ワンもマーも、ホテルへ帰り着くことはなかった。
ワンはナイフで首を切られ、マーは心臓を刺されて絶命する。
当然、USBメモリーは CIA の諜報員が取り返した。
警察は、二人の財布から現金が抜き取られていたことから、物取りの犯行と断定したのだった。




