◇ 予想外の問題
翌朝、ライオットはアタッシュケースを左手に、午前九時まえに一階のロビーへ降りる。
ロビーでは、ヒトミがすでにテーブルの椅子に座っていた。
ライオットを確認したヒトミが、手をふる。ライオットはフロントに部屋のキーをあずけると、ヒトミのそばまで足を進める。ヒトミは彼に、席に座るようほどこした。
彼女の顔に、困惑の色が浮き出てくる。
「ミスター・ライオット、ちょっと予想外のことが起きました」
「はい?」
「ルーデス協会をご存知ですか?」
「ああ、知っています、です」
ルーデス協会は、世界に埋もれている数々の宝を発掘するトレジャーハンターを、何人も擁する民間の会社である。アメリカの企業だ。
ヒトミたちの組織「春風」とも縁があり、現在その関係は良好といえる。
「そのルーデス協会が、巻物の存在を知っていて、わたしたち春風に交渉をもちかけているのです」
急な話だ。
「春風とルーデス協会は、以前から付き合いがあり、こちらは彼らのいうことを無下には断れないのです」
「………」
「とりあえず、春風の一員であるわたしたちと、ミスター・ライオットそしてルーデス協会の代表者と、三者会談をすることになりました」
良くない展開だ。ルーデス協会に巻物が渡ってしまうと、なんのために日本まで来たのかわからない。
だが、続くヒトミの言葉が、ライオットの懸念をやわらげる。
「巻物をイギリスに渡すことになっているのは、そちらとの交渉ですでに決定しています。三者会談は、それをルーデス協会に理解してもらうために行うのです」
MI6 と、クノイチ組織の春風とは、完全に話がついている。巻物がライオットに手渡されるのは間違いない。
──あとは、こちらとルーデス協会との交渉になるわけか
ところが
「そうする予定だったのですが……」
ヒトミのいう予想外とは、いま話したことではないらしい。
ライオットはヒトミに尋ねる。
「ヒトミ、なにが、いったい、あった、ですか?」
ヒトミの顔つきが険しくなる。盗聴器と思われるものは近くにはないようだが、万が一のことを考えると、やはり場所を変えた方がよい。
「くわしいことは、車の中でお話しします。行きましょう」
ライオットとヒトミは、あわただしくホテルを出ると、待たせてある車に乗り込むのだった。
街中を走る黒いセダンの後部座席に、ライオットとヒトミが座っている。
車の運転手は女性である。
ヒトミがライオットに伝える。
「ミスター・ライオット、車のドライバーはわたしたちの仲間なので、ご安心を」
カナエという名前の彼女も、クノイチだ。
「では、本題に入りますね」
ライオットは、ヒトミから事の詳細をきかされる。
まず、ルーデス協会と連絡をとる場合、こちらから協会の春風担当者である連絡員に電話を入れる。その連絡員を通して、はじめて協会本部の実力者たちと話ができるのだ。
それで春風は、今回の交渉について念のため確認をとるべく、連絡を入れようとしたのだが──
「三者会談の日どりを決めて以降、電話がつながらないのです」
担当者と連絡がとれない。真偽のほどを確かめることができないのだ。
さらにおかしいと思うのは、ずっと昔にルーデス協会が「この巻物は、われわれには価値が見出だせない」といっているのだ。巻物を春風が所持することに、なんの不満も抱いていなかったのである。
それなのに、なぜいまさら巻物を欲しがるのか?
MI6 、クノイチ集団の春風、そしてルーデス協会。この三団体とはまったく関係のない存在が、割り込もうとしているのを感じる。
ライオットは思う。
──ひと悶着、ありそうだな
スーツの内側に秘めている銃を使うことになるかもしれない。




