◇ 疑惑
数日後──ホテルに泊まって寝ていたベルベットは、スマートフォンの着信音で目が覚めた。
そのスマートフォンは、雇い主のゴルドーから渡されたものだ。彼との連絡専用である。
「もしもし」
「俺だ」
まったく予想していなかったことをきかされる。おかげで、完全に目が覚めた。
「残念だったな、ベルベット。巻物は、俺の部下が奪い取ったよ。いま、俺の手元にある」
「………」
「成功報酬の一億円は、なしだ。悪く思うなよ。じゃあな」
通話が切れた。ベルベットは不審に思う。
「部下が奪い取った?」
巻物は、ロッドマンが持っていたにちがいない。
ベルベットはロッドマンの名前を知らないが、サイボーグの彼女が、やすやすと巻物を奪われるとは思えない。
いったい、なにがどうなっているのか?
雇い主のゴルドー、巻物、クノイチ、MI6 、自分を狙うロッソたち殺し屋……。
「すべてにおいて、最初から調べ直した方が良さそうだわ」
ベルベットは、まず目覚めのシャワーを浴びようと、全裸になった。
巻物が本当にゴルドーの手に渡ったのか確認したいベルベットだが、アメリカまで行くにはまだ厳しいようだ。
空港には相変わらずロッソたちの部下がいる上に、警察まで張り付いている。
ナナセとの一件でテロの情報が拡散し、成田国際空港は三日間、閉鎖となった。
このニュースに感化されたのか、羽田空港を爆破するという予告をネットで流したり、空港内で爆竹を鳴らす非常識な輩があらわれ、騒然となった。
現在は成田も羽田も飛行機は発着できるのだが、全国のどの空港も厳重警戒体制にあって、国際指名手配犯のベルベットは、おいそれと空港に足をのばせない。
「……まだ、しばらくは無理ね」
彼女は、ほとぼりが覚めるまでアメリカへ出立するのをひき延ばすのだった。
ベルベットは喫茶店に入り、コーヒーをオーダーする。自分のスマートフォンを取り出して、彼女のよく知っている男に電話する。
のんきそうな声がきこえてくる。
「あー、もしもしー」
「ベルベットよ」
「いい気分で寝てたのに、なんの用だ」
「調べてほしいことがあるの」
彼女の相手は、情報屋のシガーだ。確実な情報を提供してくれる、頼りになる人物だ。
「あのね、アメリカのシカゴにいるゴルドーっていうマフィアと、ロッソとバルゴっていう殺し屋。それから、日本のクノイチが保管している巻物も」
「注文が多いな」
「わたしの連絡先は、わかるわね。じゃあ、お願い」
ベルベットは通話を切った。自分が持っているそのスマートフォンで、できるかぎりのことを調べてみようと試みる。
しかし、ふだんから表に出ることのない人物たちなので、ほしい情報は簡単には得られない。巻物にしても、そうだ。
──やっぱり、待つしかないか
彼女はため息をつくと、コーヒーを口に運んだ。
喫茶店を出たベルベットは、東京の街をあちこちまわる。
そして確信した。自分の跡をつけてくる者がいる。ロッソたちの仲間だろうと見当はついた。
──よく、わたしを見つけたわね
簡単に自分だとわかるような、目立つ動きはしていないはずだ。背が高い彼女は、あまり身長差のちがわない男たちに寄り添うように行動していたのだが、偶然にとらえられたのかもしれない。
追跡者をまくことを考える。彼女は、地下鉄の駅に向かった。
ベルベットは駅に入ると電車に中に足をふみ入れる。そして、ドアに近い椅子に腰を下ろした。ベルベットを追っている男は、後ろのドアから乗って椅子に座らず立っている。
不意に、ベルベットが男の方に顔を向ける。
男はギクッとして、彼女から目をそらす。数秒後、ふたたびベルベットの方へ目を移したとき、男は愕然となった。
──いない……?
ベルベットの姿が消えている。




