◇ クノイチ・ヒトミ
飛行機が成田空港に到着し、空港の到着ロビーを歩いていたライオットは、出口付近にたたずむ。
ヒトミという女が出迎えに来ているはずだが、ざっと見渡したところ、それらしい人物は見あたらない。
──どんな女性なんだ?
そう思っていると、誰かがスーツの右側の裾をひっぱった。
ライオットは、あわてた。人の気配をまったく感じないまま、ここまで接近をゆるすのは、いまの自分には考えられないことだ。
驚いてそっちの方へ顔を向けると、日本人の子どもが自分を見上げている。中学生ぐらいの女の子だ。
──迷子か?
唖然となっているライオットに、彼との身長差が三十五センチほどもある彼女が、話しかけてくる。ライオットは彼女の言葉をきくなり、仰天する。
「ミスター・ライオット?」
彼は「ちょっと待て」と、いいたくなった。
──ま、まさか
信じられない目をして、その女の子に日本語で訊いてみる。
「あなた、ヒトミ、ですか?」
女の子は満面に笑みをたたえながら、うなずいた。
「イエス!」
ライオットは、動かぬ石像と化したように呆然となった。まさか子どもに出迎えられるとは、夢にも思っていなかった。
──こ、子ども……だよな?
おかっぱ頭でブレザーの学生服を着ている彼女は、「ニンジャ」や「クノイチ」という言葉と結びつかない。
戸惑うライオットに、ヒトミがふたたび話しかけようと口をひらいた。
「ミスター・ライオット、久しぶりに姪に会う叔父さんのように笑ってください」
彼女の声が、新聞で読んだ記憶を思い出させる。
──ヒトミに会えば、彼女が案内するので従うように
ライオットは、ヒトミにいわれるままに笑顔をつくる。
「ミスター、これからタクシーでホテルへ向かいます。わたしと御一緒に、どうぞ」
ヒトミはライオットの右腕に抱きつくように、自分の左腕をからませる。
ライオットはイギリス人で、ヒトミは日本人だが、本当に久しぶりに会った叔父と姪のようだ。
彼らはこのままタクシー乗り場まで歩き、そしてタクシーに乗り込んだ。
二人が出会ってからのやりとりは、ライオットが MI6 の諜報員だとバレないようにするためだ。彼の方でも、それはわかっている。
──まあ、ここまでする必要はないと思うが、念には念を入れるということだろうな
これが大正解となる。
この時間、双眼鏡で空港の出口を見張っている男がいた。痩せぎすで黒髪を伸ばした彼は、ライオットを見ながら、ぼそっとつぶやいた。
「あいつは、ちがうな。ガキといっしょだ」
冷酷な性格を感じさせる、低い響きだ。ネクタイは締めていないが、黒いスーツが一八五センチの身体に似合いすぎるというほど、さまになっている。
彼のとなりにいる身長二メートルの大男が、首をかしげる。
「変だな。飛行機の時間を間違えたか?」
そういいながら、茶色のスーツの内ポケットからスマートフォンをとり出し、情報を確認する。レスラーのような身体をした彼は、着ているスーツが窮屈そうだ。こちらもネクタイはしていない。
「時間どおりだ。日付もあってる」
双眼鏡の男が、ため息をついた。
「それなら、情報が間違っているってことだ」
彼の言葉をきいた大男は、髪の毛のないツルツルの頭に右手をあてると、その手を後頭部へすべらせる。
「やれやれだ」
スマートフォンをスーツのポケットにもどす。そして、痩せた男にいかつい顔を向けると眉をよせる。
「どうする?」
「ボスに報告しよう」
「ボスの機嫌が悪くなりそうだな」
「仕方ない」
大男はふたたびスマートフォンをとり出し、彼らのボスに連絡を入れるのだった。




